こだわりへの道
フィンスが山に住むという農家の元を訪れているころ、城の庭園にはヒガンバチの女王であるラクリィが来ていた。
「リーリエ、久しぶりだな」
相変わらずリーリエのことが大好きなラクリィは、リーリエを見るなり心の底から嬉しそうな満面の笑みを浮かべながらリーリエに抱きついた。そんなラクリィが大変可愛らしいので悪い気はしないリーリエは、特にそれを引き離そうともせず「はい、お久しぶりです、ラクリィ様」と笑顔で応じた。
「ですが」ラクリィが一度離れてから、リーリエは申し訳なさそうに口を開く。「申し訳ございません、只今フィンス様は外に出ておられるのです」
「なんだ、それなら一層好都合……でもないな。いない方が妾的に嬉しいが、いないと蜜の代わりにどれをもらっていっていいのか分からぬ……ふむ、出直すか。また後日作物をもらおう」
今日はリーリエに会えたしな、なんてラクリィははにかんだ。
「あれー? リーリエ、お客さん?」
そうしてラクリィが持ってきた蜂蜜を仕舞おうとすると、収穫した作物をカゴいっぱいに入れたサラサがやってきた。サラサよりも大きいカゴに入れられた作物の量を考えると、見るからに重そうである。
しかしリーリエは知っている。サラサがとても力持ちで、その程度の重さならものともしないということを。だからリーリエは普通に返答した。
「ええ、そうなんです。蜂蜜をいただける代わりに作物をお渡ししているのですが、フィンス様が出掛けてしまったので……」
「ああ、彼女がフィンの言ってたヒガンバチの女王様なんだねー。それなら大丈夫だよ、来たらフィンが好きなの渡していいよって言ってたから。あ、今採ってきたのでもいいよ?」
ドスン、とサラサは持っていたカゴを下ろしてフワフワとラクリィの近くに寄りながらそんなことを言った。フィンスはいつラクリィが来てもいいようにしていたようだ。
それを聞くとラクリィの表情がぱぁっと晴れた。リーリエと一緒に切られる時間が増える口実ができたのが余程嬉しいと見える。
「実はな」ラクリィは嬉しそうにしながら、いそいそと自分が持ってきた荷物からいくつかの小瓶を取り出した。「今日はいつもの蜜以外のものも持ってきておっての。いつもと同じものを持ち続けても張り合いがないであろう? だから、妾なりにこだわって作ってみたものを持ってきてやったのだ」
「こだわり、ですか」
ラクリィから小瓶を受け取ると、まだラクリィの言葉の意味を理解できないでいるリーリエは困惑しつつ小瓶を眺めた。するとあることに気付く。
「……? なんだかちょっとだけ色合いが違うような……」
一つは薄い色をしていて、一つはそれとは比べ物にならないくらい濃い。かと思えば一つは赤っぽい色をしているようにも見える。目の錯覚でも無いようだ。
フタを開けてみてもいいというので小瓶のうちの一つを開けてみると、ふわりといつもとは違った蜜の香りが漂った。
「このスーッとした香り……ハーブでしょうか」
「ふふふ、当たりだ。それはこの前貰っていったスノウミントから採った蜜だけで作ったものでな。味もスノウミントに近いものを感じるぞ。それから、そっちの濃いのはモルテローズから作ってみた。毒を抜くのに苦労したが、その分これまでに無いものが出来上がったぞ。で、赤っぽいのは妾たちの象徴でもあるヒガンバナだ。もう少し赤くしたかったが……まあ、今はそんなものだな」
得意げに言うラクリィの目はすっかり職人の目だ。
新たに作った蜂蜜はこれだけではないらしく、荷物からまたいくつか取り出しては得意げな表情で語る。どれも全て蜂蜜なのに、どうしてかその説明に飽きることはなくリーリエとサラサは興味津々にラクリィの話を聞き続けた。
そして、ラクリィの本当の目的は作った蜂蜜の説明をするだけではなかったらしい。
「それでな、是非リーリエに妾の渾身の蜂蜜を味わってもらいたいと思っての。ああ、サラサといったか。お主も一緒にどうだ? せっかく魔王殿がいないのだ、妾と女子会でもせぬか?」
そう、ラクリィは女子会がしたかったのだ。フィンスが居ないと聞いた時から女子会をしてやろうと目論んでいたのである。
リーリエとサラサにはそれを断る理由はなかった。むしろ二つ返事で女子会の準備を始めに行く程だった。どう考えても、あれだけの蜂蜜の説明を受けたら目の前の蜂蜜を味わいたくなる。むしろ、ここまできて味わえないだなんて酷な話があってたまるか、というものだ。
「やっぱりハーブの香りがするのなら、ハーブティーに合わせるのが一番でしょうか! パンケーキにかけるのも捨てがたいですね……」
「ホシクズの蜂蜜漬けを色んな種類で作ってみたら色んな味が出来そうだよねー。あ、ユキザクラの実が少し余ってた気がするよー」
「じゃあ今日はユキザクラも使いましょう。あと……時間がかかってしまいますが、お肉を煮るのに使ってもいいかもしれません。作ったら今度ラクリィさんのところへお持ちしますね」
「うむ。待っておるぞ」
三人は和気藹々とこの後の蜂蜜料理に思いを馳せながら、足はいそいそとリーリエの家に向かっていた。その頭の中には、蜂蜜と作物の交換だとか、フィンスへの報告だとか、そもそもフィンスの存在だとかそういうものは一切無く、いかにして蜂蜜を堪能するかということしかない。
後日、蜂蜜を楽しむ女子会が開かれたことを知り、フィンスが珍しく悔しそうにしながら落ち込むことになるのだが、それはまた別の話である。




