天災だったら諦めていた
とてつもなく強い風が木々を揺らし、薙ぎ倒していく。
弾丸のように降り注ぐ雨は、地面に溜まって次第に地面全体を池に変えていった。
猛威を振るい続ける台風が来てから三日目。未だに台風が過ぎていく気配はない。
「あっぶねッ!」
どこからか風に飛ばされて飛んでくる岩やら木やらを畑全体を覆う魔法で異空間に飛ばしていたのだが、水は排除するようにしていなかった為、雨によって作物たちが水に沈もうとしていた。それに気付くと、フィンスは慌てて大量の水を地面に設置した小さな闇へ吸い込むように排除していく。だが力加減を誤ると、作物まで排除してしまいそうだ。
「湖が溢れる……たすけてフィン……」
フィンスが悪戦苦闘していると、ぐったりとした様子のサラサの声が聞こえてきた。振り向けば、サラサは巨大な水の塊を持っていることがわかった。
「重い……落としそう……」
「ちょ、待て待て待て待て! もう少しだけ耐えてくれサラサ!」
フラフラとこちらに近付いてくるサラサは今にも水の重さに耐えきれずに倒れてしまいそうだ。しかしここでサラサが倒れてしまってはサラサも作物もただでは済まない。
フィンスは慌ててサラサに飛びかかるように手を伸ばす。それからサラサの持つ水の塊に触れると、それらを一気に闇の中へ消していった。
水の塊が無くなると、サラサは一気に脱力したのかその場にべちゃりと倒れこむ。本当に限界だったようだ。間一髪である。
「このままじゃラチがあかないな……悪い、サラサ。もう少しだけなんとか頑張ってくれないか?」
「頑張るけど……フィンは何をする気?」
サラサの問いに、フィンスは「嫌だが」と前置きをした上でこれからしようとしていることを答えた。それを聞くなりサラサはフリーズし、フィンスが「じゃ、言ってくるわ!」と出掛けてしばらく経った後でようやく反応らしい反応ができた。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
それは、未だかつて誰も聞いたことのないようなサラサの絶叫だったのだが、残念ながらそれを聞届ける者はどこにもいなかった。
◆
フィンスは自分の城を飛び出して、どころか地上から飛び立って空の上にいた。空を飛んでいるわけではなく、全力で空高くへジャンプして、その後魔力を足の下から噴射して滞空している。
こんな雨風ひどい中、空高く上って何をしているのかといえば、端的にいえば探し物だった。探し物、といっても台風の中心を探しているわけだが。
「あれか……?」
台風の中心と思わしき魔力が渦巻く方を睨む。そこは森のはずれにポツンとある洞窟のようだ。ここ(フィンスの城)からはやや距離がある。特に千里眼などを持っているわけでもないフィンスでは、そこに何があるのかまでは全く見えない。
まあ、今から台風を止める為にそこへ行く予定だったので、見えようが見えなかろうがどっちだって良かったのだが。
「よし、いくか」
そう、フィンスはこれからこの三日続いている台風を止めに行くのだ。そりゃあ、フィンスの言動に慣れているサラサだって驚くわけである。天候を変えるなんて、神でもない限り無理だ。
これが本当にただの天候によるものだったら、だが。
「おっるぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
気合の入ったシャウトと共にボールサイズの魔力の塊を台風の中心と思わしき場所目掛けて力一杯ぶん投げた。すると、ぶん投げられた魔力の軌道を遅れて描くように、そこだけ雨と風が切り裂かれていく。
フィンスは通りやすくなったその道をミサイルのように飛んで突っ切っていった。
「『虚ろな砂漠の夜』ッ!」
目的地である台風の中心と思わしき洞窟に突っ込むとほぼ同時に、フィンスはやや大きめの魔法をぶっ放した。
放たれた魔法は凄まじい勢いで爆発し、その爆風によって突っ込んできたフィンスの勢いが殺され、フィンスはゆっくりと地面に着地をする。
爆発が止むと、不意打ちを食らって目を白黒させる白と緑の龍の姿が見えた。ので、フィンスはそいつに真正面から向かっていく。
「テメェがこの台風の正体か」
ドスのきいた声で静かにフィンスが訊ねると、龍は一瞬キョトンとした後にフィンスの正体と吐いた言葉の意味を理解して豪快に笑った。
「誰かと思えば魔王様じゃねぇか! なんだ? 魔王に飽きて世界を守る勇者なんぞの真似事でも始めたか?」
「質問に答えろ」
「怖い怖い……ああそうさ、コイツはオレ様の仕業さ。ちょっと人間共が喧しかったんで、一度暴れてやって大人しくさせてやろうと思ってね。ほーら、アイツら最近なんでも自分たちの思い通りに世界が回ってると思ってやが」
得意げに語っている最中で、フィンスのアッパーが龍の顎にキマった。危うく舌を噛みちぎりそうになった龍は涙目でフィンスに抗議しようとするのだが、気づいた頃には地面に沈んでいた。
「あと何発殴ればこのクソ迷惑な台風がおさまるんだ? テメェを封印でもしとけばいいのか?」
「いや、魔王様あの──」
「『空虚なる物語の終焉』!」
問答無用。
作物たちを脅かすこの雨風がどうにかなりさえすれば、こんな龍の戯言などどうだってよかった。そもそも、この龍のお陰で時間はこれっぽっちも無いのだ。一刻も早く台風を止めたら、作物への被害を確認しつつそのリカバリーを行わなければならない。フィンスは最高に忙しいのだ。
「な──何故こんな──」
だが、流石は台風を巻き起こすだけはある。龍は相手の意識を一瞬で奪うフィンスの攻撃に耐えきり、フィンスに対して疑問を投げかける。人間へ害を与える為の行為をどうして魔王に咎められなきゃならないのか、龍にはこれっぽっちも分からなかった。
龍の知る限り、人間は魔族と敵対し、討伐すらしようとしており、魔族の頂点に君臨する魔王はそんな人間の行為を嘲笑い、人間の行いを破壊してきていた。だから今回の嵐だって、文句を言われることはないと、そう確信していたのだ。
龍は知らなかった。
その魔王が命よりも何よりも作物を大切にし、心から愛しているということを。
龍は知らなかった。
人間の営みを破壊する為の嵐が、魔王の愛するものすら破壊し、魔王の逆鱗に触れてしまうということを。
「何故って、野菜が! ダメに! なるからに! 決まってんだろうがッ!」
フィンスの拳が龍に何発も突き刺さり、フィンスの魂の叫びが届く前に龍は意識を失った。
肩で息をしながら後ろを振り返ると、洞窟の外から太陽の光が射し込んできているのが見えた。
「ああ……いい天気だ……」
龍が意識を失ったことで台風が消滅し、清々しい青空が広がっていた。青空を眩しそうに見上げると、フィンスは心の底から嬉しそうに呟く。
しかしのんびりもしていられない。フィンスには時間がないのだ。
よし、と意識を切り替えると、フィンスは勢いよく地を蹴り、全速力で森を駆け抜け城へと帰っていったのだった。
余談だが、その後魔族と人間の中では『魔王は天候を操ることができるらしい』という噂が広まったそうだ。