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まだ見ぬ作物を求めて

 それは数日前のことだった。


「フィンさん、最近新しい作物ってやってるんですー?」

「ん? まあボチボチだが……どうした? なんか食いたいものでもあるのか?」


 いつものように配達をユマに依頼し、荷物を預けるとユマが唐突にそう言った。フィンスに問われるとユマは曖昧にはにかんで「まあ」と答える。


「昔々、本当に昔なんすけどね。前はよく食べてたコメを最近になってまた食べたくなって」

「コメ?」

「そう。コメっす。ちっちゃい白い粒なんすけど、炊いて食べると美味しいんすよ。畑に水を張った田んぼってので育てるんす」

「ほう……」


 新しい作物の育て方に興味を見せるフィンス。ユマは「まあ、こっちじゃ見たこともないから存在しないのかも知れないんすけどねぇ」なんて言って諦めたように締め括ったのだが、フィンスはそうじゃなかった。

 まだ無いのなら、これから作ればいい。

 みつかっていないのなら、探し出せばいい。

 幸いにしてここは魔王城。文献は溢れるほどあるし、集めようと思えば各地から集めることだってできる。そうと決まれば、すぐにでも取り掛かろう。


 なんて、様々な文献を調べ始めたのが五日前のこと。


「フィンス様……あの、最近眠っていらっしゃらないのでは……」

「……んあ? あ、あぁ……そんなこたぁ、ねぇよ」


 草むしりをしながらリーリエが遠慮がちに声を掛けると、フィンスが少し肩をビクつかせてからそう答える。もしかしたら半分寝ていたのかもしれない。顔を見れば目元には黒い隈がくっきりと見えていた。動作もなんだか違和感があって、草をむしる動作にいつものキレがない。いつもだったら根ごと駆逐されていく雑草も、なんだか今日はポツポツと残っているような気がした。


「コメ……麦に似た……金色の……水をはって生育……」


 ボーッとしているのかと思えば、今度はぶつぶつと独り言をしはじめるフィンス。それが作物のことであるのは分かったが、リーリエにとって聞いたこともない名前だった。植物の名前を聞いたことがないなんて、初めての経験だ。


「フィンス様、その……コメというのはどのようなものなのでしょうか? 私、初めて聞く名前で」

「……!? そうか……リーリエも知らないのか……」


 花のフェアリーであるリーリエですら知らない植物となると、この世界には存在していない説が脳裏によぎってしまう。だが、そうなるとユマはどこでそれを口にしたというのか。しかも、昔はよく食べていたと言っていた。ならば存在していたっていいはずなのに。

 ひとまずフィンスは、これまでの経緯をリーリエに説明した。『コメ』という名前を出してしまった以上、話をして一緒に探してもらった方が良いと考えたからである。どっちにせよ一人で調べていて行き詰まってしまったのだ。そろそろ別の目が必要である。


「なるほど、そういうことだったんですね……」


 草をむしる手は休めずに、リーリエは何かを考えているような表情でそう言った。それから少し間を置いて、普段より低い声でこう言った。


「だから徹夜されてたんですね……それも五日も」


 バレバレだった。ユマに『コメ』の話を聞いたのが五日前だという話をしていないのに、徹夜の日数までバレバレだった。農業趣味が露見してから、リーリエに対しての隠し事が下手くそすぎである。

 フィンスは一瞬ヒュッと喉を鳴らせて肩をびくつかせ、恐る恐るリーリエの方を見た。まるで悪戯が母親にばれてしまった子どもだ。草をむしる手は止まっている。

「ああ、いえ、咎めはしませんよ?」そんなフィンスの様子に気付いたのか、リーリエは慌てたようにパッと笑顔になってそう言った。「主人の行動に口を出そうとは思っておりません」

 でも、とリーリエは続ける。草をむしるのを止めて、立ち上がり、伸びをしながら普段は出していない蝶のような羽を広げた。


「主人が倒れてしまうほどの無理をなさるというのはいただけません。そして、主人の代わりを務めるというのがメイドたる者の役目です」


 そう言ってリーリエは近くにあったホシクズの葉に触れた。すると澄んだ鈴のような音が鳴って、一瞬だけ柔らかな光が灯った。

 ただ、それだけ。

 光が消えたあとは何も残らず、いつもの庭園(はたけ)の風景が広がっていた。


「本を開いて分からないのであれば、実際に聞いて回りましょう。今、この世界の全ての植物たちに『コメ』という植物を知っているか、『コメ』という植物がいないか、()()()います。恐らく、明後日には答えが返ってきますよ。ですので、フィンス様は徹夜せずに本日はゆっくりとお休みになってください」


 ポカンとフィンスは口を開けたまま固まっている。五徹で動きの鈍った脳では、リーリエの放った言葉の意味を理解しきれない。

 世界の全ての植物に聞いた、だって? 一体どんな量だと思ってるんだ。自分が何をしているのか分かっているのか、この娘は。

 なんて、やっと言葉の意味を理解して思った頃にはフィンスは自室のベッドで沈むような眠りに落ちていた。


「ありがとうございます、サラサ様」


 庭園(はたけ)に戻ると、リーリエは一足先に戻っていたサラサにそう頭を下げた。サラサはそれに対し、「まさかあんなところで寝ちゃうなんて思わなかったよー」と、カラカラと笑った。

 そう、フィンスはリーリエの言葉を聞いた直後、プツンと糸が切れてしまったのかその場にごろりと寝転がって(倒れたともいう)、すやすやと寝息をたて始めてしまったのだ。困り果てたリーリエは急いでサラサを呼び、大木をも持ち上げる程度の力を持つサラサがフィンスを部屋まで運んでいったのである。

「ん、そういえばリーリエ」ひとしきり笑った後でサラサは思い出したように言った。「頭の花、新しいの増やしたんだね。すごく可愛い」

 リーリエから生えている、髪飾りのような花たち。そのなかにこれまでは無かった、白いつぼ状の可愛らしい花が咲いている。楕円形の葉もその花のものだろうか。垂れるように咲くその花は、他の大輪の花の下に咲いていたので、つまみかんざしを着けているようにも見えた。


「その花はなんていうの?」

「アセビ、という花ですよ」

「へぇー」


 そっと新たに増えたアセビに触れる。そして小さくリーリエは「あちゃー」と呟いたのだが、その声は誰にも届かず溶けるように消えていった。

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