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五十年続く贈り物

 何時ものようにリーリエが休憩用のドリンクを持ってフィンスを探しに畑を歩いていると、倉庫の近くでフィンスを見つけた。座り込んで、木箱とにらめっこしている。農作業をしていないフィンスは中々珍しいものがあった。


「フィンス様、どうされました?」

「ん? ああ、ちょっと悩んでいてな」


 話し掛けながら木箱の中身を覗いてみると、そこには最近収穫を迎えた野菜たちがつめられていた。端の方には瓶に入れられた白い液体もある。ウシ草の花から下の部分の乳汁だろう。


「これは……?」


 几帳面に野菜が並べられているところを見ると、贈り物だろうか。フィンスが野菜を贈る相手として真っ先に考えられるのはラクリィだが、ラクリィは野菜を自分で取りに来る。そのついでに蜂蜜を置いていくからだ。ということは、ラクリィではない。

 しかし、ラクリィ以外にフィンスの趣味を知っている者など居ただろうか? いや、居ない。少なくとも、リーリエが知る限りでは。

 沸き上がる疑問と好奇心は抑えられない。答えてもらえなかったらこの話題はそこまでにしておこう、と決めてリーリエは最終的にそう訪ねた。

 するとフィンスは、少し照れ臭そうにはにかみながら答えてくれた。


「二ヶ月に一回、野菜を贈ってる相手がいるんだ。アイツは……何て言ったらいいかな。元勇者、か」

「勇者!? ってことは人間なんですか?」

「ああ、人間だな。今で言うと、あのクソ勇者のポジションだ。五十年よりちょっと前、俺が不老不死になる前だな」


 相手が人間というだけでも驚きを隠せないのに、しかも勇者だったなんて。よくもまあ勇者に趣味を明かせたものだ、と思いながらリーリエはフィンスの言葉の続きを待つ。

 フィンスはしばらく悩んで、言いづらそうに口を開いたり閉じたりした。きっと、色々なことがあったのだろう。どこから話すのが一番いいのかを決めては止め、決めては止めを繰り返し、やっと言い出す。


「元勇者──アンファって言うんだけどな。アイツは、勇者という制度が成り立って一番最初の勇者だったんだ。そんで、アイツは本物だった」

「本物?」

「ああ。今思い出すだけでも恐ろしい……アンファは滅茶苦茶な強さを持ってたんだよ。マジで強かった。どれくらいかって聞かれると、俺が手も足もでなかったレベルだな……」

「強いって次元越えてませんか!?」


 周りがそうしてしまったとは言え、フィンスは魔王だ。人間からしてみればラスボスだ。そのラスボスが手も足もでない強さというのは、もう人間を止めてしまっているのではないだろうか。

 だがアンファのことを話すフィンスの顔は青い。トラウマとして刻まれつつある記憶なのだろう。本当に人間を辞めたレベルの強さのようだ。


「何度か死を覚悟した……んだが、俺が居なくなったら作物の面倒を誰が見るんだって思って死にきれなくて、そんで俺は不老不死になったんだ」

「あ、そこに繋がるんですね……」


 不老不死になった理由は一番最初に聞いていたが、まさか勇者が原因だったなんて。軽そうであまり軽くない話にリーリエは戸惑った。


「ま、不老不死になったからって強くなれる訳じゃないんだけどな。不老不死になったらむしろそれまで以上にアンファが強くなってな……不死になったのに死ぬんじゃないかとマジで思った」

「ち、ちなみに……その方は具体的にどのくらい強かったんでしょうか……?」


 とにかく強い、というのは伝わったのだが、フィンスがそこまで恐怖する理由が分からなく、ついリーリエは好奇心に任せて聞いてしまう。そのあとすぐ、聞いて後悔した。


「まず魔法を素手で弾く」

「素手で」

「魔力で強化した武器も素手でへし折る」

「素手で」

「正直、武器を持ってるよりも素手の方がアホみたいに強い」

「素手が」

「何度かこの城も素手で崩されかけた」

「素手ばっかじゃないですか!?」


 ちょっとイメージが崩れたような気がする。いくらなんでも素手を愛好しすぎだ。逆にどのレベルの強さなのかが分からなくなってしまった感が否めない。

「じゃあ、話を戻すな」と、フィンスは話の流れを切り替えた。そうだ、まだ本題に差し掛かっていない。一番聞きたいのは、『何故フィンスが最強の元勇者に野菜を贈るのか』だ。


「ボロッカスにやられて、城の壁も破壊されて、室内から室外へ吹っ飛ばされて、俺が落ちたのはこの畑だった。んで、俺を追って外に出てきたアンファは当然この畑を見たんだよ。

 俺はその時生まれて初めて命乞いをしたよ。『頼むから作物だけには手を出さないでくれ』ってな。命乞いをしたのは後にも先にもあのときだけだ」


 それは命乞いとはちょっと違うと思う。と、リーリエは心のなかで突っ込みかけたが特に何も言わずに続きを待った。


「アイツ、何を考えたんだろうな。俺に一言『この畑はお前のものなのか』って聞いて俺が答えると、『じゃ、定期的にここの野菜送ってくれ。俺はもうここには来ない』って言ってマジで来なくなったんだよ。それどころか勇者を引退してな」


 急展開だった。

 畑を目にして、作物を必死に守ろうとする魔王を見て、勇者は一体何を思ったのだろうか。その心境が想像つくようでつかない。だが、最初の印象よりもずっとマトモな人間なのだということは十二分に伝わった。

 そこまで語り終えると、フィンスはリーリエの持ってきたドリンクを一口飲んだ。そして目を見開く。


「え、なにこれうまっ」


 乳白色に赤みがやや混じった液体。その中には赤い果実が沈んでいるようにも見える。口に広がる仄かな甘味と酸味はフィンスにとって初めての衝撃だった。


「ダークベリーミルクです。この前採れたダークベリーを、ラクリィさんの蜂蜜に漬けて、それをウシ草の乳汁と混ぜたんです」

「ダークベリー……それだ!」


 リーリエの話を聞いて一瞬固まったフィンス。

 次に何かを思い付いたのか叫ぶと、丁寧に持っていたドリンクを置いてリーリエの手を握った。


「リーリエ!」

「は、はい!」

「蜂蜜漬けの作り方を俺に教えてくれ!」

「は、はい?」


 今度はリーリエがキョトンとした表情を浮かべる。真剣な表情で、今度は何を思い付いたのだろうか。


「ダークベリーをアンファに贈ろうと思ってたんだが、保存期間的に贈っても食べられない可能性があるんじゃないかと悩んでいたんだ。が、蜂蜜漬けなら解決できる! しかも美味い! 完璧だ!」

「な、なるほど。じゃあとりあえず今回はもう一瓶作ってあるのでそれを贈られますか? あと、ホシクズの蜂蜜漬けもありますけど……」

「いいのか!? 遠慮なく貰うぞ!」


 じゃあ、とリーリエは一度自室に戻り、瓶に詰められたダークベリーの蜂蜜漬けと、ホシクズの蜂蜜漬けをフィンスに手渡す。その二つの瓶を木箱に入れれば完成だ。今月のアンファへの贈り物が出来上がる。


「でもこれ、どうやって届けるんですか?」

「ああ、それはプロに任せてある。ユマ! 待たせたな!」


 フィンスが近くにあった木に呼び掛けると、「ふがっ」という間抜けた悲鳴が上がった後に木から一人の少女が落ちてきた。

 銀色の肩ぐらいの髪。髪と同じ色の三角形の耳。同じく髪と同じ色のふさふさの尻尾。金色の瞳に口から覗く可愛らしい八重歯。見たこともない少女だ。


「やー、フィンさん待ちましたよー。お荷物、まとまりました?」

「ああ。なんとかな」

「またアンファさんのとこに何時ものように届ければいいですね?」

「宜しく頼む」


 慣れたやり取り。どうやらリーリエがこの畑に来る前からの付き合いらしい。ユマと呼ばれた少女はニコニコしながらフィンスから先程の木箱を受け取った。


「ユマは宅配屋なんだ。かれこれ五十年くらいの付き合いになるな。アンファに荷物を送るのをいつも頼んでるんだ」

「どうも! 初めまして綺麗なお姉さん。俺はユマと言います。宅配は俺を呼んでくれれば大体いつでも承ってるんで」

「そうなんですね。私はフィンス様に使えておりますリーリエと申します」


 ペコリ、とお互いにお辞儀をして挨拶する。とても五十年前からフィンスの宅配を承ってるとは思えない、ハツラツとした少女だ。もしかして、物凄く寿命が長いだとか、フィンスと同じように不老不死だとか、そういった類いの人だろうか。

「あ、そうだ」ずっと木の上で待っていたのだろうか……と考え始めたところでリーリエは思い出したように言った。「ユマ様、ずっとお待ちいただいていて喉は渇いていませんか? よかったらどうぞ。休憩用に作ったものですが……」

 そう言ってリーリエは口をつけていないダークベリーミルクをユマに差し出した。

 ユマはそれを「いいの? ありがとう!」と素直に受け取り、尻尾をブンブンと振りながら一口飲む。


「こ、この懐かしい味は……ッ! フィンさん、俺、仕事なくてもここに入り浸っていいですかね」

「手伝ってくれるなら構わないぞ」


 この後、ユマはしばらくの間本気で悩んだという。

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