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黒い悪魔を白い天使に

 場所は変わって庭園(はたけ)のなかにあるフィンスの隠れ部屋。秘密基地とでも言うべきだろうか。

 リーリエもまだ知らない、ひっそりと森のなかに佇むその中で、フィンスとサラサはリーリエのためのケーキ作りを始めていた。


「とりあえずサラサはウシ草を上下で分けててくれ。俺はその間にスポンジを作る」

「ん、わかったよー」


 言いながらフィンスが持ってきたのはカゴいっぱいに摘まれたタンポポのような草、ウシ草だ。

 ウシ草は花の部分をすりつぶすと生クリームが採れ、花から下の部分をすりつぶすと乳汁が採れるという草だ。雑草と間違えやすく、何度かむしってしまったこともあるが、列記としたフィンスの育てる作物のひとつである。

 そんなウシ草を分けて生クリームを作っている間に、フィンスは卵三つとクモノミというふわふわの甘ったるい実をボウルに入れて全力で泡立てていく。

 魔法を使わず、己の筋力のみでただひたすらにシャカシャカという音を奏でながら泡立てること数分、やがてシャカシャカという音はしなくなり、持ち上げると盛り上がり跡が残るようになってくる。

 そうなるとフィンスは泡立て器を流しにおいて、ボウルの中にシロムギの粉をふるいにかけながら入れていく。全部を入れ終えたら、ヘラで粉っぽさが無くなるまでさっくりと混ぜる。


「フィン、生クリーム出来たからホイップクリーム作ってるよー?」

「ああ、頼む」

「ん、いくよー『永遠に咲く雪華シャンデル・フルリール』!」


 サラサが唱えると、ボウルの下部が華のように凍った。ボウルの中の生クリームはキンキンに冷やされる。更にそこにクモノミを入れて、泡立て器を使ってシャカシャカと中身を混ぜ合わせる。泡立て器と一緒にサラサの袖がぐるぐると揺れた。


「んー……この状態だと袖が邪魔だなぁ……」

「街へ行くときみたいにすればいいんじゃないか?」

「そうだね、そうするよ」


 決して手を休めることなくぼやいたサラサは、フィンスの助言に従って、手を休めることなくその姿を変えていく。中身のない布の中に徐々に肌色が現れて、布だけだった袖の中はにょきにょきと人間のような腕が生えてくる。


「こっちのが動きやすいね! 疲れるけど!」


 最後に長い袖を捲ったサラサは嬉しそうにそう言って、ホイップクリームを作ることに専念するのだった。普段見ることのできないその表情はニコニコと笑っている。どうやらケーキ作りが楽しくて仕方ないようだ。

 一方、フィンスはボウルに皮を剥いたシャインアボカドというバターのような実を加えて更に混ぜ合わせていた。そして混ぜ終えると、出来上がった生地を用意していた丸形の型に流し入れ、そのまま()()()()へいく。

 生地の入った型を、予め描いておいた魔方陣の上に置くと、数歩離れて深呼吸。そして


「海と空、月と陽が交わりし時、大地のもたらす恵みを闇に捧げ、仇なす者へ報いを与え罪と穢れを闇夜の焔で清めたまえ──『射てし煉獄の薔薇ポルガトワール・フィナーレ』」


 塩を作ったときより大分短い詠唱を唱えると、紅蓮の炎が型を包む。実はこの炎、見た目ほど温度が高いわけではなく、じっくりとその対象を焼いていく。なるほど、スポンジケーキを焼くにはぴったりなのかもしれない。

 炎がついたのを確認すると、それを放置したままフィンスは部屋の中へ戻る。中ではホイップクリームを作り終え、シロップ作りを始めていたサラサの後ろ姿があった。


「交代だ、サラサ。あとは頼むぞ」

「あいあいさー。今煮詰めてる最中だよ。ヨロシクー」


 声をかけられると、火にかけていた鍋から目を離して振り向き、そのまま歩いてフィンスと入れ違いに部屋の外へ出ていく。ついでにその時、姿も人間のような姿から元の姿へと戻っていった。

 さて、先程までサラサが見ていた鍋の中では、水とクモノミとホシクズとダークベリーを煮たオレンジ色のシロップがあった。もう少し煮詰めれば、やがてホシクズとダークベリーの形が崩れていくだろう。その丁度いいタイミングを見計らって、バラオレンジの花弁を浮かべて香り付けをすればシロップは完成だ。あとは焼き上がったスポンジケーキを待つだけである。


「スポンジ出来たよー」

「よし、もうすぐ夕飯……間に合うな!」

「だね!」


 焼き上がったスポンジケーキをトレーに乗せたサラサが嬉しそうに部屋の中へ入ってくる。スポンジケーキはすっかり冷めていて、冷やしたホイップクリームを溶かしてしまうこともない。


「ほッ」


 スポンジケーキを台に乗せると、軽く魔力を放ってスポンジケーキを横で真っ二つに切る。上半分を脇に寄せて、まずは下半分に作ったシロップを塗っていく。

 シロップを塗り終えたら、次はサラサが作ったホイップクリームを塗る。あまり厚みがでないように塗ったら、その上に半分に切ったダークベリーを丁寧に敷き詰めていった。

 ダークベリーで埋めたら、もう一度ホイップクリームを塗りたくって脇に寄せた上半分のスポンジケーキを乗せ、またシロップとホイップクリームを塗っていく。

 速く、且つ丁寧に。シロップやダークベリーの風味を損なわない為にも一つ一つの行程を素早く仕上げていく。

 ホイップクリームを塗り終えると、フィンスはヘラを使って中心から外側へ、ホイップクリームを渦巻き状に描いた。その描かれた円の一部に半分に切ったダークベリーを並べて、最後にミントを乗せれば完成だ。


「よし、あとは空間を固定して箱に入れれば……完璧だな。これで崩れる心配もない」

「急いで届けにいこー」

「そうだな」


 そう言って二人は部屋を飛び出して、全速力でリーリエの家まで走るのだった。その目的は、リーリエの喜ぶ顔を見るため、というよりも、出来立ての一番おいしいときにケーキを味わって欲しいというものだ。


「あら、お二人とも。そんなに急いでどうされたんですか?」


 リーリエの家につくまで止まらない予定だった二人は、畑の途中で急停止した。リーリエがいたからだ。


「丁度よかった。リーリエ、お前に渡したいものがある」

「? なんでしょう?」


 息一つ切らしていないフィンスは、少しウキウキした表情を浮かべつつ、持っていた箱をリーリエに差し出した。

 キョトンとした顔のリーリエはその箱を受けとると、不思議そうに首をかしげながらも箱を開けた。

 箱から出てきたのは出来立てのダークベリーのショートケーキ。勿論、形が崩れていることなんてない。そう、フィンスの魔法なら。


「! ケーキ! えっ、あの……、これ!」

「ああ、リーリエに食べてほしくて作ったんだ」

「ありがとうございます!」


 ブワッと色とりどりの花が咲いた。そんな気がした。

 その時見たリーリエの笑顔は、今後忘れることが出来そうもないと、後々になってフィンスは自覚するのだった。

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