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全戦全敗の黒い悪魔

「今年もこの時期が来やがったな……」

「だね……」


 真っ黒な実をつけた木の前で、フィンスとサラサは覚悟を決めていた。

 今、二人の前にあるのはダークベリーという果物。別名ブラッドベリーともいい、外側は見ての通り真っ黒なのだが、内側は鮮やかすぎるほど紅の実だ。潰れたときの汁が血に見間違えることからもその別名がついた。

 しかもこのダークベリー、育てるのがとても難しい。

 初心者ではまず実をつけることが出来ない。水の配分、土の質を少しでも誤れば成長が止まり、花すら咲かなくなってしまうのだ。そして、例え実をつけることに成功したとしても、大体の場合その実を食べることは出来ない。毒があるわけではないのだが、あまりの渋さと酸っぱさに地獄を見るそうだ。

 因みに、フィンスはこれまでずっとダークベリーの栽培に失敗し続けている。


「でも去年はちょっと甘くなるところまでいったからな……今年は……今年こそは……!」

「あ、お二人ともここにいらしたんですか?」


 祈りを込めながらフィンスはダークベリーに手を伸ばした。が、その実を摘み取る前に声を掛けられ手を止めた。

 妙なタイミングで声をかけたのは勿論リーリエだ。恐らく特に用があって声をかけたわけではない。二人の姿が見当たらなくて、それをやっと見つけたから声をかけただけだろう。


「これは……ダークベリーですか?」

「ああ、今日収穫しようと思ってな」

「ダークベリーまで育てるなんて本当にすごいですね……! 私もお手伝いしますね」


 心なしかリーリエの声が弾んでいた。普段、作物の収穫をするときに声を弾ませることがなかったリーリエだが、もしかしたらダークベリーが好物なのかもしれない。

 まあ、そんなことに気付くわけもなく、気付く筈もなく、フィンスは「まずは味の確認だな」と言って目の前にある一粒を手に取った。そしておもむろに摘み取ると、そのまま口へ運ぶ。


「えっ?」


 リーリエが驚いたような顔をした。が、それに気付く頃にはダークベリーはフィンスの口の中へ収まっていた。

 そして次の瞬間、フィンスは突然目を見開く。


「ッ!? すッ!! う、ぐッ……!?」


 脳天まで突き抜ける強烈な酸っぱさと渋みが一斉にフィンスの口内を襲ったのだ。しかもそれらは中々消えることなく、何時までも何時までも味覚を蹂躙(じゅうりん)し続ける。そのあまりの酸っぱさと渋みに、フィンスは地面に倒れもんどりうって転がった。相当である。


「あちゃー……今年もダメだったねー」


 そんなフィンスをサラサは慣れたように見守ってそう呟いた。ダークベリーが実をつけるようになってから、毎年恒例の光景だった。

「いや、あの……そうじゃなくて、ですね」だがリーリエだけは違った。その毎年恒例に異論を唱え始める。「収穫の仕方、違いますよ?」


「え?」

「え?」


 転げ回っていたフィンスの動きが止まった。サラサもフィンスを見守るのをやめて、リーリエが次に何を言うのかに注目する。

 まさかこんなに注目を受けると思わなかったリーリエはやや焦りながら、若干早口で説明を始めた。


「ダークベリーには収穫の仕方があるんです。正しいやり方でやらないと、フィンス様のように痛い目を見るようになってまして……えっと、実際にやってみますね。

 こうして、葉っぱ数枚と一緒に枝を折るんです。ダークベリーは枝の先っぽに幾つも出来るので、まとまってなってるとこの枝を折るだけでいいんですよ」


 そしてリーリエは折った十センチ程の枝とそこにくっついた実と葉をかごのなかにそっと置いた。そしてまた次の枝に手を伸ばす。


「ちなみに、折ってからすぐには食べられません。数分置いてから実を摘むんです。たしか、ダークベリーは葉の部分に甘味が凝縮されていて、枝と葉を一緒にとると、その葉の甘味が実の方へ流れていくんです。その時に渋みは枝の方へ行きます……このぐらいでいいでしょうか?」

「あ、ああ……ありがとう」


 慣れた手付きで枝を折り続けるリーリエに戸惑いを隠せないフィンス。今までの反応から、すっかりリーリエには農業に関する知識が無いものだと思い込んでいたのだ。そして、その戸惑いはリーリエに伝わっていた。だから、リーリエは少し照れてこう言うのだった。


「実は私、ダークベリーが大好きなんです。……だから、美味しい食べ方を聞きたくて、つい、聞いちゃったんです」


 それは植物の声を聞けるリーリエだからこそ成せた技だった。ダークベリー本人(人ではないが)に聞けばまず間違いはないだろう。


「どうぞ。もう最初に摘んだものは食べれるようになっているはずです。それからこの子から一言……『やっと貴方に、本当の私たちを食べてもらえる』だ、そうです。よかったですね」


 最初に折った枝から実を摘むと、フィンスに差し出してリーリエはにっこりと微笑んだ。勿論、『この子』というのはダークベリーである。

 地面に倒れたままのフィンスは、リーリエから真っ黒な実を受けとると、それを恐る恐る口へ運ぶ。そして驚いた。その実は、今までの全てが報われるほど甘酸っぱくて美味しかったのだった。



 夕食の支度をする、と言って去っていくリーリエの背中を見守りながら、甘いダークベリーをつまんで食べるサラサに、フィンスは言う。


「これは礼をしなきゃなんねぇな……!」

「そうだねー。リーリエが居なきゃ、ダークベリーは一生食べられなかったよねー。んー、おいしい」

「そうとなれば早速取りかかるぞ!」

「うん! ……うん?」


 キョトンとした表情を(恐らく)浮かべるサラサ。勿論フィンスはそんなもの見ちゃいない。拳をぐッと握って、己の思考回路を決意のこもった瞳で力強く言う。


「女性の喜ぶものと言えばスイーツ! スイーツと言えばケーキ! そしてリーリエの好きなものは」

「ダークベリー?」

「そう! これよりダークベリーのショートケーキを作製する!」


 そう宣言するフィンスの顔は、今までで最も王らしかったと後にサラサは語る。

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