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ほしいもの、ゆずれないもの

 この日、魔王と王女が対面した。


 そう言うと、とても不穏な空気が流れていそうだが、正確には会食のようなものをしただけである。

 やや長いテーブルの両端に座った二人は、運ばれてくる料理を楽しみながら他愛もない雑談をする。それは世界のことであったり、昔のことであったり、部下のことであったり、人間のことであったりした。

 勿論、今回の目的は仲良く昼飯を食べることではない。本来の目的は、以前、人間のせいで打ち切られてしまった交渉の続きである。


「こちら、プラートの幹の部分を使用しましたステーキでございます。お好みでソルトツリーの葉塩、またはダークベリーのソースでお召し上がりください」

「ほう、プラートの幹の」


 真っ赤なヒガンバチの女王、ラクリィの前に、鉄板に乗せられたステーキが運ばれた。

 鉄板に乗せられた直径十五センチ、厚さ四センチ程の真ん丸い形の肉はパチパチという音を奏でながら、食欲そそる匂いをのせて湯気を放っている。

 この肉はプラートという木である。

 木であり、肉である不思議な木。プラートは枝も葉も花も根も幹も全てが食べられるし、全てが肉である。食感は牛に近く、味は鳥に近い。

 幹の部分は希少性が高く、滅多に出回ることはない。幹の部分を食べようものなら、その木を斬り倒さなければならないからだ。


「中々食べれるものではない。じっくり味わうとしよう」

「ははは、喜んでもらえたようで何よりだ」


 料理を運んできたリーリエの説明を聞きながら笑みを浮かべたラクリィを見て、フィンスもご満悦の様子だ。ラクリィが来る旨を告げられた昨日から準備していた甲斐があったからだろう。丁度昨日、プラートの剪定をしていたのもよかった。お陰でこれだけの料理を用意できたのだから。


「こちらはプラートの花とシズク草のサラダ、シトラスローズ風でございます」

「すごいな!? これがサラダなのか!?」


 前に出された瞬間ラクリィが叫んだのは彩りよく盛り付けられたサラダ。彩りがいいというレベルを遥かに越えて、フラワーアレンジメントのようや印象を受ける。そして、それは決して間違っていない。シトラスローズ風というのは、アレンジメントをモチーフにしているという意味なのだから。

 サラダをアレンジメントのようにするアイディアを出したのはリーリエだ。いかにも花のフェアリーらしい考えである。

 どうやら、ラクリィが蜂であることを考慮して、蜂の好物である花を並べてみたかったようだ。

 その考えは見事上手くいき、ラクリィはあっという間に上機嫌である。

 ドリンクには空ソーダとホシクズのジュースを、デザートにはユキザクラのパイが出て、会食は終わった。最初から最後まで、調理から配膳まで、全てをリーリエ一人でこなしていたが、流石と言うべきなのか全くもたつく様子もなかった。やはりメイドとしてプロなのである。


「ふぅー、食べた食べた。いいのう。妾もこんな料理を毎日食べたいものだ。……さて、魔王よ。今日の本題に移ってもよいか?」

「ああ、そういえばそうだな。交渉の続きだったか……ラクリィの条件はなんだ?」

「色々考えたんだがの……ここにきて気が変わった」


 目をつぶってどこか幸せそうな笑みを浮かべるとラクリィは呟くように言う。一方でフィンスは全く構える様子もなく、余裕たっぷりにその条件とやらを待っていた。


「妾はそのメイドがほしい」


 一瞬の沈黙。次に、フィンスの脳内に疑問が渦巻いた。そのメイド? その、とは一体何を指しているのか。ラクリィはメイドがほしいのか。それともメイド服がほしいのか。イヤ流石にそんなわけがないかとかぐちゃぐちゃと色々と考える。


「部下がいっぱい居るんじゃないのか?」

「そんなものはどうだってよい。いや、どうだってよくはないんだが、その辺の部下はもう求めてない。妾が欲しいのは彼女だ」

「……私ィ!?」


 ニヤリと笑うラクリィの一言、指の先に、リーリエはすっとんきょうな声をあげた。まさか自分がここで関わってくるとは思っても見なかったのだ。それも、お前がほしいとご指名されるだなんて。


「見たところ花のフェアリーだろう? 妾たちは常に花を求めておってな。花を産み出せるというのは非常に魅力的だ。それに彼女はセンスもいい。大方、今回の料理を考えて作ったのも彼女であろう?」

「……まあ、そうだな」

「となると益々ほしい。どうだ? 私のところに来ればメイドとして働かなくともよいぞ? ちょっと花をつくってもらうことはあるだろうが、それ以外はなにもしなくていい。食事も用意するし、部屋も用意しよう。欲しいものがあればなんでも与えてやってもよいぞ。悪くはない条件のはずだ。

 それに魔王、そちらはメイドやら部下やらをたくさん抱えておるのだろう? 管理できなくなるほど溢れる前に分けてしまってもよいと思うし、彼女一人で蜜がいくらでもいつでも、いつまでも、手に入るのだから安いものだろう。どうだ?」


 なんならもっとそちらの要求を増やしたって構わない、とラクリィは最後に言った。どうやら相当リーリエのことがお気に召したらしい。

 リーリエは雇い主であるフィンスが何も言わないことには下手に何かを言うことも出来ず、ただ戸惑いながら二人の会話の行く末を見守らなければならない。これから自分がどうなるのか、どこで暮らすのか、それは全てフィンスの返事にかかっていて、少しの不安がリーリエを侵食しつつあった。

 一方、雇い主であるフィンスと言えば、難しい顔で手をくんで考え込んでいる。眉間にシワもよっていて、元々よくなかった目付きがさらに悪くなった。中々凶悪な面になっている。何をそんなに考えているのだろうか。


「……なるほど、わかった」


 ややあって、ようやく口を開いたフィンスから出たのはそんな言葉だった。それから「ちょっとついてきてくれ」なんていって席を立つ。

 付いてきてほしいのはラクリィだけでなく、リーリエものようだ。

 フィンスの背中を追って歩き、辿り着いたのは庭園(はたけ)へと続く扉だった。


「ここはなんの部屋なのかの?」


 城の構造を全く知らないラクリィは無邪気な表情でそんなことを訊く。その口振りは、フィンスの返答が肯定的に聞こえるものであったからかとても明るい。ウキウキしているように見える。

 そんなラクリィに対してフィンスは「ここは……」と言いかけたが、それより見せた方が早いと判断して何も言わずに扉を開けた。

 扉を開けて視界に飛び込んでくるのは緑。草木の中に混じる色とりどりの花。そろそろ収穫を迎える果実。そしてその上に広がる青空。

 リーリエやフィンスには見慣れた景色だが、そうではないラクリィはそれを見るなり扉の外へ飛び出した。


「は! ははははっ! すごい、すごいなココ! これもそのメイドがやっているのか? 最高ではないかッ!」


 庭園(はたけ)を見渡しながら飛び上がり、くるくると踊りながら興奮したようにラクリィは笑う。それからリーリエの前に降りてくると、その手を両手で握って誘うように引っ張る。が、それはフィンスによって阻止された。

 扉を閉めたあとでラクリィとリーリエの間に割って入ったフィンスは、ラクリィの手をほどかせると低い声でささやく。


「ここは俺の畑だ」


 ラクリィの頭の上に疑問符がいくつも浮かんだ。何度も何度もその言葉を頭のなかで繰り返して、フィンスの意図することを理解しようとする。


「ん? ここ、貴様の畑か?」

「だからそうだといっている」

「育てているのもか?」

「ああ、俺だ」

「貴様何者ぞ!? 妾の蜜を欲しがってるときから変な奴だとは思っておったが、畑いじりをする魔王など聞いたことがないぞ! 貴様さては魔王ではないな!?」

「まあ……それは、あながち間違いでもないな」

「ですね」


 今更ながら驚きを隠せないラクリィの言葉にフィンスとリーリエはうなずいた。魔王になりたくてなったわけではない。周囲が勝手に魔王にしただけなのだから、魔王ではないにはない。魔王だが。

 なんて、そんなことはどうだっていい。フィンスは仕切り直して言った。


「花があればいいんだろ? ならいくらでもくれてやる。ほしい品種がなければ育てる。ここの作物はいつでも、どれでも、どの量でも、ほしいだけくれてやる。その代わり蜂蜜と交換だけどな。

 それがだめならこの話はなかったことにしてくれ。生憎だがリーリエを蜂蜜と交換する材料なんかにはできない」


 言いながらフィンスはリーリエを引き寄せてその肩を抱いていた。渡さないという意思の現れだろう。リーリエは突然のことにポカンとした顔をしていた。


「なんだ、そんなにそのメイドが大事か。あーあー、分かった分かった。そう睨まんでくれ。魔力を駄々もれにさせるのもやめよ。分かった。貴様が魔王であることも認めよう。その上で、その条件で交渉は成立だとこちらからお願いしたい。流石に、作物を逃すのは惜しい」


 それに、とラクリィは続けながら一歩近づいて、ラクリィの言葉で警戒の薄れたフィンスの隙を狙ってリーリエの頬に軽くキスをした。


「この娘との縁が切れてしまうのも惜しいので、な。それではまた今度会おう。次は蜂蜜を持ってくる。妾はその時に欲しいものを貰うとしよう」


 イタズラっぽく笑うとラクリィは身体を半回転し、そのまま飛んで森の中へと消えていった。

 ラクリィの背中を暫く睨むように見つめているフィンスは、真っ赤な顔のリーリエの心情に気付くことなく、その肩を暫く抱いていた。

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