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力のみせどころ

 フィンスの畑にしては珍しい、何もない、何も育てていない、真四角の広い土地。

 クワを担ぎ、鎌を腰に引っかけたフィンスはその何もない土地の中心に立っていた。その表情はどこか浮かれているようにも見える。


「今日は随分と機嫌が良さそうですが……どうされたんですか?」


 そこに、通りかかった際にフィンスを見かけて駆け寄ってきたリーリエが問う。珍しく、今日はフィンスの近くにはサラサがいない。ユキザクラの実であるリンゴも見当たらない。なのに、フィンスの機嫌がとても良さげと言うのは不思議なことだった。


「いやぁな、今日は大事な日なんだ」

「いつも大事な日ですよね?」


 例えフィンスの機嫌がよくとも、リーリエの突っ込みの切れは鈍らない。今日も今日とて切り込んでいく。確かに、何かの作物を植えたり収穫したりと毎日が大事な日のように思える。


「確かにそうだが今日はさらに特別なんだ。なんてったって、シロムギを植えるための畑を作るんだからな! 畑を一から作るのは数年ぶりだ……数年間の成果を発揮するときがとうとうきたんだ!」

「いや、なんの成果ですか」

「鍛練に決まってるだろ? 耕し方一つで出来映えを左右すると言っても過言じゃないんだよ、シロムギは。なら、最高の畑にするための鍛練は詰まないとな!」

「あなたはどこを目指してるんですか、本当に……」


 キラキラと目を輝かせてフィンスは語る。最近リーリエはフィンスが魔王であることを疑い始めた。元々は魔王でなかったのだからその疑いはあながち間違いではない。


「ちなみにサラサとリンゴは水と肥料を用意してくれてるんだ。耕しながら撒いて、ムギの育ちやすい環境を作ってくんだ」

「なるほど……」


 リーリエはそう言ったが、決してそれはフィンスの考えを理解した上での『なるほど』ではなかった。ウキウキした顔で語るフィンスに対してかける言葉がなく、とりあえず相づちを打っておこうとして出た『なるほど』だった。勿論、フィンスはその違いに気づいていない。

 そしてそのまま、フィンスは「さて」と言ってクワを構えた。そろそろ耕し始めるらしい。


「見てろよ、リーリエ。今からこの雑草まみれの固い土を、最高のふわっふわの畑にしてやるからなァッ!」


 フィンスがそう叫んだ瞬間、リーリエはほぼ本能的に飛んで地面から離れるという回避行動に出た。どうしてそうしたのか、それはリーリエ本人にもその時は分からない。ただ、危ないと感じたから反射的にそうしたのだ。

 結果から言えば、その行為は正しかったことになる。

 フィンスは叫んだあと、クワを大きく振り上げて、そして勢いよく降り下ろした。軌道がぶれることなく、真っ直ぐ、垂直にクワは地面へ降りていき、固い土へと突き刺さる。するとどうだろうか、クワが触れた部分だけではなく、その周囲五メートル程の地面が波打ったではないか。もちろんその範囲には先程までリーリエが立っていた場所も含まれる。そのまま立ち続けていたらどうなっていたか分からない。単に足が土まみれになっただけかもしれないが。


「……こんなもん、か」

「…………」


 一振りで半径五メートルを耕したフィンスはフッと軽く息を吐きながら呟くように言った。その視線は地面に刺さったままのクワの先に向けられている。

 そんな影のある表情を浮かべたフィンスに対し、リーリエは突っ込みを放棄した。


「よーう! クソ魔王!!」


 黙ったリーリエの代わりに、敷地外にも響き渡りそうな音量で声がかけられた。フィンスは目を見開くと、勢いよく声のする方を向く。


「その声は、アホ勇ッ……!?」


 そして、フィンスはさらに驚愕することになる。

 勇者は城の二階の一室にあるベランダの柵の上に立っていた。そこまではいい。大方居場所を聞いて、庭園が一番よく見える場所を聞いていれてもらったのだろう。だが、その手に持っているものが明らかに異質だった。


「お前、それは……ッ!」

「ああ、テメェをぶっ倒す為にあちこちを探して手に入れてやったぞ!」


 そう言って勇者は右手に持ったそれを大きく振り回し、バットを構えるような姿勢でフィンスに向ける。そして、とびきり弾けるような笑顔で、嬉しそうに、誇らしそうに、言うのだった。


「この『古の剣(いにしえのつるぎ)』をな!!」


 古の剣(いにしえのつるぎ)。一振りで大地を揺るがし、恵みをもたらすというもの。並大抵の者では扱うことすらできない、土の加護を受けた魔王の剣。

 と、先日フィンスが勇者に(うそぶ)いた代物。そう、つまりそれはなんの変哲もない、どこにでもありふれたクワだった。正直探し回らなくてもすぐ手に入る。説明は、あながち間違ってはいないのだが。


「なっ……まさか、現代っ子はクワを知らんと言うのか……!?」

「驚くのそこじゃないですフィンス様」


 いや、もしかしたらあってるのかもしれない。知らないからこそ、それを『古の剣』だと信じ、あんなに嬉しそうな顔で掲げているのだから。

 しかし、それにしたってと言いたくなる様な光景である。誰も彼になにも言わなかったのだろうか。それとも、言ったとしても彼がなにも聞き入れなかっただけなのだろうか。

 なんにせよ、彼は知らなかった。知らないのだ。ならば、せめてその夢を壊さないようにしようと、自分でまいた種だというのに、フィンスはそんなことを思ってしまったのだった。


「手に入れたから、なんだ? 言った筈だ。それは並大抵の者では扱うことすら出来ないってな」

「それはやってみなきゃわからねェだろッ!!」


 挑発的な笑みを浮かべて低い声でフィンスが言うと、勇者はそう吠えながら柵の上から飛び降り、空中で両腕を上げ大きく弓のように体をしならせながらタメを作り、着地の直前で一気に両腕を降り下ろした。

 その着地点にはフィンスがいたのだが、フィンスは勇者が腕を振り下ろす前にそこから下がって回避していた。つまり、勇者の両腕に構えられていた『古の剣』が地面に直撃することになる。

 勇者の『古の剣』は地面に刺さるだけではその勢いを殺しきることはできず、いくらか地面を抉ることになる。だが、フィンス程ではない。

 地面が波打つことはないし、広範囲の地面を抉ることもない。せいぜい五十センチから一メートル程度を『古の剣』の幅だけ削ったぐらいだ。

 そう、並みのものが『古の剣』を扱ったとしてもこの程度なのである。これでは扱えているとはあまり言えないのかもしれない。

「ク……ククッ、クククククッ」口ほどでもない勇者の実力をみて、フィンスは嘲るように笑う。魔王のように、闇を統べる者のように(わら)う。「この程度か、勇者。残念だ、残念でならない」

 顔を右手で覆いながら笑い、左手で『古の剣』を持ち直すと、フィンスは、魔王は「俺が力の使い方を見せてやろう」と言って『古の剣』を高く振り上げた。すると、徐々に『古の剣』に真っ黒な魔力が込められていくのがわかる。

 真っ黒な魔力が最大まで込められると、『古の剣』は黒い輝きを放ち始めた。それは、絶望を告げる最後の光のように感じる。みるみるうちに空が曇っていくような、そんな気さえした。


「いくぞ――『旋律を奏でる大地(ハタケ・ヲ・タガヤス)』!」


 次の瞬間、 衝撃の余波が勇者を襲った。

 物凄い轟音と共に大地が、空気が、周囲の全てが揺れ、全てのものが状態を保てなくなる。

 衝撃の余波に襲われた勇者は五十メートル先にある庭園の外の森まで飛ばされ、そこにある一本の大木にぶち当たって意識を失った。

「いや――」勇者程の被害はなかったが、やはりその余波に襲われバランスを崩し地面に落ちたリーリエはふらふらと立ち上がりながら口を開く。「畑を耕すだけでなにやっちゃってるんですか! しかもなんですか、『旋律を奏でる大地(ハタケ・ヲ・タガヤス)』って!! 技名っぽく叫んでも無駄なんですけどッ!! っていうか、なんでクワを振っただけでこんな衝撃波とか出ちゃってるんですか!? 私、一瞬この世の終わりかと思いましたよッ!」

 突っ込みが止まらない。ボロボロと、ギャーギャーとリーリエの口から思ったことがこぼれていく。


「よく見たら畑耕し終わってるし! 一振りで!!」

「おう、見たか? これが鍛練の成果だ!」

「鍛練してもこうはなりません!!」


 しかも水も肥料もまいてないし、とリーリエの叫びが広い庭園(はたけ)に響き渡った。

 因みに、このあと合流したサラサとリンゴと共に水と肥料をまきながらもう一度耕し、無事シロムギは畑に植えられたという。

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