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影武者メイド

 ラクリィのところへ蜂蜜を取りに行った翌日。フィンスはリーリエの部屋(いえ)で寝込んでいた。

 正確に言うと、帰ってきた直後、人間に刺された矢を抜くとフィンスは倒れてしまい、それからずっと起き上がることができないでいた。


「昨日はなんとか誤魔化せましたが……今日はもう無理ですよね……どうしましょう……」


 矢に塗られていた毒をどうにかするのもままならず、フィンスの治癒力に任せるしかできない状況でリーリエは困り果てていた。

 フィンスが怪我をしていることを伝えれば、必ず攻撃をしてきた相手を聞かれてしまう。これ以上、人間との関係を悪化させないためにも、フィンスはそれをどうしても避けたかった。故にサラサにすら事情を話すことができない。だが、フィンスには畑仕事や魔王としての仕事がある。それを全てすっぽかして、しかもフィンスが一日姿を見せないとなると城内が混乱に陥ってしまう。

 ここはなんとしてでも誤魔化してやり過ごさなければならない。


「……フィンス様、少し、服をお借りしますね」

「……? ああ……いい、が、なんに使うんだ……?」

「フィンス様の体調がよくなるまで、私がフィンス様の代わりを務めさせていただきます」


 そう言うとリーリエはフィンスの服に着替え始めた。だがどう考えてもサイズが合わない。当たり前だ。体格が違いすぎるのだから、合うわけがない。


「……まあ、どうにかなるでしょう」


 なるのだろうか。

 リーリエはブカブカの服の裾や袖を大きく折って着ると、今度は自分の髪に手を伸ばした。すると、触れたところから黒く染まっていき、毛先はだんだん伸びていく。

 最終的に髪は背中の辺りまで伸び、髪を下ろしたときのフィンスに似た髪型になった。これは人間に擬態するときの技なのだが、思いの外上手くいって自分でも納得の出来のようだ。


「あとは花を小さくして……角はツルで作れば……」


 鏡を見ながらぶつぶつと考える。

 実は、リーリエのカチューシャの横に飾られている花は本当にリーリエから生えているのである。これが花のフェアリーの最大の特徴でり、端から見ていて花束のようだとフィンスもお気に入りのものなのだが、今はただただ邪魔なだけだ。

 しかし、幸か不幸か、その花は決して生やさないことは出来ないが、花を小さくすることなら出来る。

 リーリエは鏡を見ながら小さな花を隠すようにツルを生やし、それをぐるぐると巻いてフィンスのような角の形にする。そしてそれをもう一つつくると、髪型は完全にフィンスのものとなった。

 あとは仕上げに髪を黒くしたときの要領で、エメラルドの瞳をルビーに染めて完成である。

 しかし、顔も身体も完全にリーリエのままで、本当に誤魔化すことが出来るのだろうか?


「じゃあ、いってきます! フィンス様は寝ていてくださいね!」


 だがリーリエは自信たっぷりに部屋を飛び出していくのだった。



「フィンス……様……じゃ、ないな! 誰だお前!」


 庭園を出て城内へ入るなり兵士がそう叫んだ。当たり前だ。性別からして違うのだから。

 しかしそう言われることなど百も承知だったリーリエは全く動じなかった。そして、こんなことを言うのだった。


「いや、俺はフィンスだ。聞いてくれ、ちょっと薬をつくって遊んでいたら失敗しちまってな……作ってた薬をぶっかぶってこんな姿になっちまったんだ」


 ひどい理由だった。まずフィンスをなんだと思っているのだろうか。しかも勝手に失敗してしまったことにしているし。もっと言えば声はリーリエのままだ。こんな理由で騙されるやつがいるのだろうか。


「そ、それは大変失礼致しました! なんというか……大変可愛らしかったもので……!」

「はっはっは、ありがとうな」


 いる。この城に仕える兵士だ。

 そして兵士は若干顔を赤くさせながら「みんなに伝えておきますね!」と言うと足早に去っていってしまった。どうやら上手くいってしまったようである。

 その兵士のお陰で、ほかの兵士やメイド達への言い訳は一切不要となった。みんな信じすぎてそれでいいのかとリーリエ自身が不安になったレベルで上手くいきすぎていた。

 そんな中、リーリエ(フィンス)を探して猛スピードでやって来る影があった。


「よ、よう、メイド長……」


 思わずリーリエの顔がひきつった。

 そう、現れたのはリーリエの上司とも呼べる存在、メイド長だったのだ。

 二足歩行出来るようになったグリフォンのメイド長は、とても威圧感がありリーリエには苦手意識があった。その鷹のような顔のくちばしと鋭い目があまりにも怖すぎるのだ。

 メイド長はいつものように鋭い眼差しでフィンスに扮したリーリエを頭のてっぺんから爪先までじっくりと見る。流石にメイド長の眼は誤魔化せなかったか、とリーリエは冷や汗をかいていた。

 いくらかリーリエを観察すると、メイド長はようやく口を開いた。


「フィンス様……それでは動きづらいでしょう? お召し物をご用意致しましたので、着替えられてはいかがでしょう」


 そう言って鷹顔のメイド長は何処からか一着のドレスを取りだし広げて見せた。いつ用意したのだろうか。用意が早すぎる。メイド長の目を誤魔化すなんてのは杞憂だったのかもしれない。


「わ、悪いな。じゃあどっかで……」

「こちらの部屋でお着替えください」


 ドレスを受け取ろうとするリーリエの言葉を遮って、メイド長は素早い動きで近くの部屋の扉を開く。そして部屋にリーリエを押し入れると、着替えを手伝おうとメイド長も入ってこようとした。流石に着替えを見られてしまうと、正体がバレてしまいかねないので慎んで断り、リーリエは一人で部屋に入り着替えることになった。

 ドレスは前後の長さが違ういわゆるフィッシュテールタイプのものだった。前面は膝よりやや上までしか丈がなく、背面は床につくほど長い。薄いレース生地が何層にも重なっていて、それらが漆黒を産み出していた。足が大きく露出しているので、確かに動きやすそうではある。

 丁寧にパンプスまで用意されていて、足首でクロスするストラップのついた黒いパンプスはサイズがぴったりで、どこか当たって痛いだとか靴擦れしそうだとかそういうことが起こりそうもなかった。

 この短時間でどこまで何をしたというのだろうか。


「サイズは問題ないようですね」

「いや……あの、うん、ちょっと待て?」


 部屋から出てメイド長に自分の姿を見せつつ、頑張ってフィンスの口調が崩れてしまわないよう気を付けながらリーリエは頭を抱えた。言いたいことが山ほどあってどこから言えばいいのか分からない。


「普段、女性ものを作る機会が無いので腕によりをかけさせていただきました」


 そう言うメイド長の顔は、鷹顔ながら中々いい笑顔だったという。



「あ、フィン。おかえりー」


 庭園(はたけ)に帰ってくると、ブンブンと腕(袖)を振りながらサラサが出迎えた。そして「着替えたんだねー」なんて言う。


「あ、ああ、メイド長が用意してくれてな……」


 言いながらリーリエははたと気付いた。

 いくらメイド長が用意してくれたからとはいえ、こんなにあっさりとドレスを着てしまってよかったのだろうか。女になってしまったと言ってあるとはいえ、今リーリエが演じているのはフィンスなのだ。男であるフィンスがこんなになんの抵抗もなくドレスを着るだろうか。


「あのメイド長に迫られたら着ちゃうよねー。ふふ、そんな格好してたら、今度は男のファンまでできちゃいそうだねー」


 そんなリーリエの心配をよそにサラサはカラカラと笑いながらそんなことを言う。実のところ、できちゃいそうではなく、もうすでにできているのだが、今はまだ二人は知らない。


「……ま、ちゃんと身体が元に戻って力仕事が出来るまで畑は任せといてよー。フィンはそれまでその身体を楽しんでていいよ」

「流石に、楽しめないけど、な……まあ、助かる。今はサラサに甘えて俺は元に戻る方法を探してくるよ」

「ん、いってらっしゃーい」


 ボロが出てしまう前に、ドキドキしながらリーリエは会話を切り上げて庭園を出た。やはり事情を話すことが出来ない以上、庭園に居続けるのも危険だ。

 どこなら一人で過ごすことが出来るだろうか、と考えながら、リーリエはまた城内を徘徊することにするのだった。



「やあ、()()()()。今日は閉じ籠ってるんだね」


 リーリエが庭園から出ていくと、サラサはリーリエの家のドアを叩いた。当然ながら、家の中からリーリエの声がすることはない。中にいるのはフィンスだ。


()()()()。フィン、入るよ」

「……やっぱ、り、バレて、た……か……」


 扉をすり抜けて入ってきたサラサに、フィンスは苦笑しながらそう言った。サラサがこの家に来た時点でそう思っていたようだ。


「リーリエ頑張ってたけどねー。魔力の質が全然違うし、作物に対する愛情も足りてないし、わかっちゃったよー」


 そこなのか、と突っ込むものは居ない。フィンスはただただ苦々しく笑った。そして、「隠してて悪いな」と浅い呼吸を繰り返しながら言った。


「いいよー。リーリエの頑張りに免じて許してあげるよ。どうせ、人間絡みなんでしょー?」

「……ああ、毒にやられて……な」

「そんなことだろうと思ったよ」


 やれやれと言いたげなポーズでサラサは言うが、その声色はひどく冷たいものだった。

 もし、サラサの表情が目に見えるものだったなら。サラサは一体、今どんな顔をしていたのだろうか。

 それは誰にも分からない。

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