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出来ないこともあるのだから

 畑でとれたホシクズを二時間水に浸したもの。リーリエは、それを手に取ると、一つずつ丁寧にヘタを取り、別の容器に並べていく。

 一段並べ終えると、適量の酒を振りかけ、この前フィンスが焼いたソルトツリーの塩をかけ、蜂蜜を垂らし、またホシクズを並べる。

 そうやって動作を繰り返してホシクズを全部使いきると、蓋をしてその上に重石を乗っけた。それに布を被せると、ずるずると引きずりながら部屋の隅へ移動させる。これでしばらく放置すると、そのうちホシクズのハチミツ漬けが出来上がる。


「リーリエ、ちょっといいか」

「ひぇッ!? ……あ、フィンス様……いついらしてたんですか?」


 その一連の作業を終えたと同時に掛けられた声にリーリエは一瞬飛び上がったが、振り向きその声の主を確認するとすぐに落ち着きを取り戻した。


「んー? たしか、ホシクズのヘタを取ってる辺りだな」

「ほぼ最初からじゃないですか!」

「あ、俺ちゃんと『入るぞー』って言ったからな! リーリエも『どうぞー』って言ってたからな! 俺、部下の部屋に勝手に入るような王じゃないからな!!」

「あ、なんかすみません」


 勝手に入ってきたと思われるのが余程嫌なのか、全力で否定するフィンス。それに対し、かなり冷静に返事をしたリーリエだったが、フィンスの慌てっぷりが少し可愛く見えてしまって取り繕っていただけなのはここだけの話である。

 そしてよくよく考えれば、生返事をした挙げ句作業に没頭して主人を無視し続けるとは中々失礼なメイドであった。

 フィンスを立たせたままなのは何だと思い(遅い気もするが)、リーリエはとりあえずフィンスに座るよう勧める。それからハーブティを入れるとフィンスに出し、そこでようやく話を進めることにした。


「……それで、どうしてフィンス様は半裸なんでしょう……?」

「俺を座らせて茶を出してから突っ込むお前の精神ってすげぇな」


 リーリエの今さら過ぎる質問に、思わず突っ込みで返してしまうフィンス。確かに遅すぎる。フィンスはリーリエの部屋に入ってきたときからずっと上半身が裸の状態だったのだ。下半身も適当にズボンをはいただけでベルトはしていない。いつもはいているブーツもはいておらず、つっかけをはいていた。


「いや、俺な、茶を飲んでる場合じゃねぇんだよ。いれてもらったから飲んでるけどよ」

「あら、そうなんです? じゃあ、フィンス様は何故……」


 茶を飲んでる場合じゃないと言いながらも、足を組み優雅にハーブティを飲むフィンス。半裸の癖に、中々様になっているから腹立たしい。これがイケメンの力である。


「ちょっと魔王っぽい服を見立ててほしいんだ」


 たっぷりと時間をおいた上でフィンスの口から出た発言はそれだった。その顔はいつになく真剣だったという。


「え? フィンス様、魔王ですよね?」


 そして、それに対するリーリエの突っ込みは微妙にずれているような気がしなくもなかった。



 大きな襟のついた、内側が赤い黒のマント。Vネックで袖部分と胴体部分の生地が違うシャツ。細いベルトを両足に二本巻いた黒いパンツ。爪先の尖った編み上げのブーツ。手のひらの半分ほどまでしかないレザーの手袋。

 リーリエが見立てた()()()()()()はそんな感じでまとまった。ついでに、フィンスが普段隠している真っ黒な右の翼を出せば完璧だ。普段の服装よりも貴族っぽく、魔族っぽい仕上がりになっている。


「こんな感じでしょうか……あとはフィンス様ご自身がそれっぽくなっていただければ。あ、髪の毛は下ろしますね」

「ん? まとめてない方がいいのか?」

「そちらの方が良いかと。第一、フィンス様が髪をまとめてるのって作業の邪魔になるからじゃないですか」


 リーリエの指摘に「まあな」と笑いながらフィンスは髪留めを外した。それから手櫛で髪を整えつつ両目を軽く閉じた。

 そして次に目を開くと、白目の部分が黒く変色し、瞳は何時にも増して血色に輝いていた。それだけの変化で、普段とは全く違う凶悪なそれっぽい表情に仕上がる。


「……フィンス様って……魔王だったんですね……」


 仕上がったその姿を見てリーリエがこぼした感想は、とても王に仕えるメイドとは思えないような発言だった。



「ヒガンバチに会いに行くんだ」


 支度が整うと、城を出て森を歩きながらフィンスは今日の目的をやっと話した。

 ヒガンバチとは蜂型のモンスターでその身体は彼岸花のように紅い。首の辺りには彼岸花のような鮮やかで不気味な体毛が生えており、彼岸花の化身とまで言われている。死の象徴として扱われることもあるが、同時にヒガンバチの蜜は最高級品でもあるのだ。

 そして当然、フィンスの目当てはその蜂蜜である。


「どうしても蜂蜜は作れないからな……だからせめて、取引をしたいんだ」

「取引、ですか」

「ああ。蜂蜜をどうしても売ってもらいたくてな……。そうすれば作物を食べるにも売るにも幅が出るし……」

「いや、どこを目指してるんです?」


 農家である。或いは商人だろうか。


「良いぞ」

「え?」


 なんて会話をしていると、唐突にリーリエのとなりから声がした。

 その聞き覚えの無い声に首をかしげつつ横を向くと、そこには紅色のドレスに身を包んだ紅色の髪の少女がふてぶてしい表情(かお)で立っていた。


「だから、(わらわ)の蜂蜜、貴様にくれてやると言っておるのだ」


 そう言って、ややひし形のつり目がフィンスの方を向いた。

 傲慢さが伺える態度だったが、フィンスはそんなもの気にも留めず、少女の発言に目を輝かせた。それと同時に折角黒く染めた目が白く戻る。


「本当か! 因みに条件はなんだ?」

「いやいやいや、その前に言うことがあるでしょう! いつから居たんですかとか!」

「話の最初からだな」

「森に入ったときから居たぞ」


 リーリエが突っ込むものの、なんてことはないと言った風にフィンスと少女は答えた。妙なところで気の合いそうな二人である。


「あ、いい忘れてたけど彼女はヒガンバチの女王な」

「ラクリィで良い。堅っ苦しいのはやめよ」

「そうか? んじゃあ宜しくな、ラクリィ。そんで、話の続きなんだが」


 相変わらずノリが軽い魔王である。サラサとのやり取りで慣れたのか、リーリエはなにも言わなかったが。

 そしてフィンスが話を本題に戻そうとすると、ラクリィはその言葉で思い出したような反応を見せた。


「ああ、此方の条件であったな。そうだな、此方は――」

「悪い、ちょっとタンマ」


 そのラクリィの言葉を遮って、自分から持ち出した話だというのに割り込んで、フィンスは一歩前に出てラクリィとリーリエの前に立つと、正面から二人を()()()()()

 二人に何かを言わせず小声で「静かにしろ」と言うと、その後すぐ一瞬だけ顔をしかめて二人を解放した。


「……ふむ。話はまた今度のようだな。次は妾が出向こう」

「ああ、助かる」

「助けられたのは妾の方よ。それには報いねばならんな」


 ラクリィは顎で『行け』と合図すると手を広げて針のようなものを無数に放った。針は三人の正面にある茂みへと向かっていく。「バレたぞ」と叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 だがフィンスはそれには気付いておらず、ラクリィが茂みを攻撃したのとほぼ同時に、状況を掴めていないリーリエを抱き抱えて思い切り地を蹴り、森から離脱した。



「っはー……なんとかなったな……」


 全力で走ること数秒。フィンスとリーリエは城の(はたけ)に辿り着いていた。

 リーリエを下ろすと、フィンスはその場に座り込み浅い呼吸を繰り返した。その背中から地面にかけて、じわじわと赤い染みが広がっていく。


「ッ!? フィンス様、それッ……!」

「あー、最初の三発喰らっちまってさー。しかも毒まで塗ってやがんの」


 俺死なないからいいんだけどね、とフィンスは困ったように笑った。全く笑えた話ではないのだが。


「悪いがリーリエ、誰にも言わないでおいてくれるか? サラサにも言わないでほしいな」

「で、でも治療が……」

「その辺はなんとかするさ。それよりも全面戦争になる方が嫌なんだよ」


 背中に刺さった三本の矢に触れながらフィンスは言う。これからどうするか、考えているようだ。


「勇者以外の人間がこっちの領域来るのがおかしいんだけどな」


 目を瞑りフィンスはそうぼやく。そう、三人を襲ったのは人間だったのだ。

 フィンスが魔王となってからこの国の共存は崩れた。だが、最低限は守ろうと人間と魔族の領域を作ったのである。そして、全面戦争を起こさないための勇者でもあったのだが、これでは全てが台無しである。


「どーしたもんかねぇ……」


 毒が回り始め熱に浮かされながらフィンスは呟く。多分どうしようもないだろうと考えながらゆっくりと目を閉じた。

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