魔王と呼ばれた男
キョドノ王国。
人間を主とした様々な種族が住む王国。人間が作った村以外の場所に魔族などその他の種族が住み、それなりに平和な日々を営んでいた。
確かに影の部分はある。種族同士での争いも、人間が魔族に襲われる、或いは、魔族が人間に狩られる、なんてこともあった。
それでも、共存に近い状態にこの国はあったのだ。
しかし、そんなキョドノ王国を一変させる出来事が起きてしまう。
魔王、フィンス・ヴァルツェ。
闇を統べ、闇を纏い、そして闇に生きる彼がある日この王国に君臨した。そして、それ以来魔族たちは彼に従うようになり、人間とは明確な壁が出来た。人間と魔族の立場が入れ替わるのもそう遠くない状態だろう。
主導権を失うことを恐れた人間たちは、自分達の中から目覚めた勇者に希望を託し魔王討伐を試みる。
しかし、闇を統べる魔王はそう容易く討伐されてはくれない。
それどころか、逆に彼に力を与えることに繋がってしまい、魔王は不老不死の身体を得てしまった。 それから五十年。
今も尚、人間と魔王の戦いは続いている。
「クソ魔王!! 今日こそその仮面ひっぺがしたらァ!!」
「ざっけんな! さっさと帰れ!!」
魔王城で叫びながら拳を交わす二つの影があった。
一人は騎士が着けていそうな鎧を身に纏い、しかし軽やかな動きで拳や蹴りを放つ。武器などは持っていない。
一人は不気味な真っ黒い仮面を着け、真っ黒いマントを翻しながら放たれる拳や蹴りを受け流す。こちらも武器らしい武器は持っていない。
鎧の方の男は短い茶髪で、瞳は青い。そしてこの世の希望に溢れる光輝く目をしている。彼は今、人間代表の勇者としてここにいて、戦っている。
一方、仮面の方の男は漆黒の長い髪を後ろで一つに束ねている。彼は心の底から勇者を鬱陶しそうにしていた。これが厄災の魔王と呼ばれる男だ。
「つーか勇者なんだから剣とか使えよ! 魔王を殺すための剣とかあるだろ!? お前が素手だからこっちも魔法とか使いづれぇんだよ!」
理不尽なことを叫ぶ魔王。意外とフェアである。
「え? そんなんあんの? 俺そのまんまここ来てるから知らないんだよね」
「世界めぐって出直せ!」
魔王の渾身の一撃。見事勇者の顔面にヒットし、勇者は倒れて動かなくなった。
「やっと終わった……おい、誰かこいつを適当な村に置いてきてくれ。そっとな」
魔王はひとつため息をつくと、肩で息をしながらどこかにいるであろう部下にそう呼び掛けて、仮面を取り投げ捨て、死闘を繰り広げた部屋から出た。それからこの城の裏にある庭園に真っ直ぐ向かう。庭園が近づけば近付くほど、その足取りは軽くなっていった。
「今帰ったぞ!」
「あー、フィンだ。フィンおかえり」
「おう、待たせたな」
魔王ことフィンスが庭園につくと、一体のゴーストが彼を出迎えた。
ゴーストは名をサラサと言う。暗い赤のぼろ布のようなものをすっぽりと被っており、フードの部分からは暗闇しか見えない。布の下からは黒い何かが出ていて、それが彼の身体の一部だと分かる。
サラサも一応フィンスの部下なのだが、サラサは一度もフィンスに敬語を使ったことはない。それどころか、敬意を示したこともない。フィンス自身がそうであることを望んでいるようで、それに関してフィンスが何かを言ったことはない。二人は仲がよく、まるで親友のようだ。
「フィンが勇者と遊んでる間にドクマメとホシクズの水やりは終わったよ」
「あぁ……有り難う、サラサ。ここに影響がなくてよかった」
「叫び声はバッチリ聞こえてたけどね」
「ここを守るために俺は必死なんだよ」
眉を下げて苦く笑うフィンスと、カラカラと楽しそうに笑うサラサ(表情は見えないのだが)。二人は作物を育てるためここにいて、それを通じてこんなにも仲良くなったのだ。
そう、フィンスはサラサ以外の部下に内緒で趣味として農業を営んでいた。
「今年のドクマメは出来が良さそうだよ」
「本当か!」
サラサの報告にフィンスは顔を綻ばせた。そして、「今年のドクマメ茶が楽しみだ」と言う。
ドクマメはとても苦味のある豆で、よく薬に使われる。栄養価は高いのだ。しかしその苦味の影響で食用としては余り好まれていなかった。フィンスはそんなドクマメを煎って茶に加工したらいいのではないかと五年前に考え、そして作り始めた。最初は上手くいかなかったが、昨年、ようやく美味しく飲めるところまで持っていくことが出来た。果たして、今年はどんな出来になるだろうか。
「上手くできたら出荷してみたいんだけどな」
「んー……それは今年もホシクズがメインになるんじゃないかな」
サラサはそう言ってひとつ畑を指差した。そこには星の形をした黄色い小さな実がなった植物の畑がある。ちなみにそのすぐ隣にある黒い実をつけた黒っぽい植物がドクマメだ。この二つは一緒に育てると害虫よけになりとてもいいらしい。
ホシクズはとても甘い果物だ。そのまま生で食べることも出来るが、ジャムやジュースに加工することが多い。加工すると、まるで星を散りばめたようなとても美しい色合いを見せるからだ。フィンス達が育てているホシクズはその輝きの美しさからアマノガワという品種として知られている。
「いやぁ……収穫の春ってのは良いもんだなぁ」
そろそろ収穫となるホシクズを眺めてフィンスは染々と呟いた。彼は心の底から作物たちを愛していた。
「さて、今日は夏の苗植えるから手伝ってくれ」
「はーい」
ホシクズを堪能すると、フィンスはクワを持ってサラサに言った。そして、休めていた畑へと向かう。
「フィンス様ー! フィンス様!」
と、ここでフィンスの名を呼ぶ女の声が聞こえた。メイドだ。
この庭園には、メイドは勿論、サラサ以外の部下たちは一切はいることを禁じられている。フィンスが農業をやっていることを隠すためだ。流石に、魔王が農業をやっていては格好がつかないと考えたからだろう。
「何か用か」
フィンスは先程までサラサに向けていた笑顔を一変させ、表向きの魔王の顔になってメイドの元へ向かった。
漆黒の長い髪に赤い瞳。目付きは少々悪いが、とても整った顔立ちをしており、メイドたちにとても人気だ。
「フィンス様、お茶のご用意をーー」
彼女もフィンスを慕うメイドの一人であり、フィンスと少しでも会話をするためにお茶という用件を引っ提げてやって来ていた。だが、フィンスを見るなりその笑顔が固まる。
「ん? なんだ…………あっ」
固まったメイドにフィンスも異変を察知する。
そう、フィンスはクワを持ったままメイドのところへ来てしまっていたのだ。更に言えば、服は土まみれになっていて、この庭園で作業をしていた逃れようもない証拠をさらしていた。
「アアーッ!」
この日、フィンスの隠れた趣味は一人のメイドにバレた。