94 同行者ましまし
確認を終えた書類を束にしてファイルに閉じていく。心配だった大豆の育成状況も良好なようで一安心だ。
後は枝豆を寄越せと騒いでいる酒飲みたちをどう牽制するか、だ。ウチも塩ゆでした枝豆自体は好物だから、それ用に回すこと自体は問題ないのだけど……。
甘い顔を見せると際限なく要求してくるから、あらかじめきっちりと数量を決めておく必要がある。
それもこれも、大規模イベントの際に作物に被害が出なかったから言えることだ。
意外なことに、帝国軍はナウキ近郊に植えられていた作物には一切手を触れなかった。それどころか、ナウキ以外の村や町は素通りしていたのだ。
自治を認めているとはいっても同じ帝国の一部ということもあって、略奪などは行われなかったそうだ。作物の方は、住民感情に配慮したのと、将来的に特産品にできるかもしれないという皮算用があったからだと、皇帝のおじさんが言っていた。
「多恵ちゃん、もうすぐユージロさんがやってくる時間よ」
ノックの音とほぼ同時にマイっちが入ってくる。思春期男子なら大慌てしているタイミングだ。
「はーい。それにしても直接会って話したいことって何だろうね?」
「ロピア大洞掘に支部を作るっていう噂があるから、そのことについてだと思うわよ」
「支部かあ……。あると便利そうだけどねえ……」
支部を作ることによって、建物のホールに転移用のアイテムを設置することができるようになるのだ。ただし、ゲーム内通貨による一か月ごとのレンタルであり、その費用がとてつもなく高い。
しかもそのアイテム、一方通行なので行き来できるようにするためには、本部と支部のそれぞれに設置しなくてはいけないという鬼畜仕様なのだ。
それなら各町にある転移門を利用する方が、結果として安上がりになりそうだということで、今のところ設置に踏み切ったギルドはない。
あ、支部そのものは攻略組上位のいくつかのギルドが作っているよ。中でもトップを自称している『フロントライン』は、行く先々の町で支部を開設しては、次の町に到着すると閉鎖して、ということを繰り返している。
そのため安定した戦力にカウントし辛く、『冒険者協会』からはあまりよく思われていないのだとか。
「うちの場合だと無理して支部を作るよりも、他のギルドと協力関係になっていく方がいいと思うわよ」
そうだね。作りたい料理とか違うだろうし、情報交流とか技術交流とかが密にできるのであれば、それで十分な気がする。決して支部を作って規模が拡大したらウチらの仕事が増えるから、という理由ではない。
「ギルマス、サブマス、ユージロさんが来られていますよ」
支部についていろいろと思いを巡らせているうちに予定の時間が来てしまったようだ。受付を担当してくれているメンバーが呼びに来てくれた。
それにしても、ノックと同時に扉を開けるのはどうかと思う。思春期の男子なら以下略。
「第三応接室に通しておいて。お茶は私が出すからそう伝えておいてちょうだい」
「分かりました」
待たせても悪いし、ウチらも行かないと。でもその前に、マイっちに気になったことを聞いておこう。
「どうしたの?お茶代ケチった?」
「そんな訳ないでしょう。欲しくないものを出しても、かえって気を使わせるだけかと思ったのよ」
「欲しくないってどういうこと?」
これでも料理系の最大手ギルドの一つ――成り行きだけど――だから、お客に出すお茶はこだわって良いものを取り揃えている。そうしろとしつこく進言してきたのが当のマイっちなのだから、そのことを知らないはずがない。
「私の予想が当たっていたとしたら、ユージロはうちに来る前に何杯もお茶を飲んでいるはずよ」
ウチの疑問にそれだけ答えると、詳しい理由は告げずにマイっちは応接室へと向かい始めてしまったのだった。
「いらっしゃい」
「ああ。すまないな、時間をとらせてしまって」
「このくらいは何でもないよ。アルス君が旅立つ前だから、前に会ってから一週間くらい経っているわね。……顔色悪くない?ちょっと痩せた?ちゃんとご飯食べてる?」
リアルでの体も危険になるのか――真相は不明――、空腹に関係するバッドステータスはやや厳しめに設定されている。
反面、酒類でなければいくら飲み食いしても問題はない。ただし、食べ過ぎることによって金欠にはなってしまうけれど。
ちなみに連続ログインに関しては、健康に配慮して四時間で注意が、六時間で警告が出て、八時間経つと強制的にログアウトさせられてしまう。
「そちらほど良いものではないが、それなりに食べている」
「そうそう。疲れているのは『美味倶楽部』との話し合いが上手くいかなかったからでしょう」
苦笑しつつ答えるユージロに、マイっちが切り込んでいく。
「……さすがに耳が早いな」
苦笑に疲れがにじみ出てきた。なるほど、それならマイっちがお茶がいらないと言っていたのにも納得。ギルドの名前の通り、あそこは良いものを出してくるからつい飲み過ぎてしまうのだ。きっとユージロのお腹はお茶でちゃぽちゃぽになっているのだろう。
「まあね。と言いたいところだけれど、今回は本当に偶然よ。うちとあちらの両方に顔を出しているプレイヤーが『美味倶楽部』の建物内であなたのことを見かけていたのよ」
「そういうことか。しかし『二大美食ギルド』を行き来できるとなると、そのプレイヤーはかなりの腕なのか?」
「逆よ。まだ始めたばかりの新米プレイヤー。だから向こうも無理して取り込もうとしていないのよ」
将来的にどうなるか分からないから、関係だけは持っておこうという考えなのだろう。ウチらの場合は、去る者は追わずの来る者は拒まずだから、入りたい人はいつでも歓迎という感じだ。ギルドの名前を出して好き勝手やられても困るから、一応面接はするけどね。
「ところで『美味倶楽部』と話し合いって、何を相談していたの?」
「既に二人とも噂は聞いているだろう。俺たちは別の大洞掘に拠点を作るつもりでいる」
「それって支部を作るってこと?」
「支部になるか、それとも別のギルドになるかは未定だ。とりあえず二週間後を目途に、第一陣をロピア大洞掘へと向かわせるつもりでいる」
ははあ、読めてきたよ。ロピア大洞掘に行くには帝国の南西部、王弟派の土地を通る必要がある。
「大人数であればそれだけ手を出し難くなるから、安全に通り抜けるためにも何人かそれに同行する人間を出して欲しいって訳ね。そして『美味倶楽部』は自分たちのところから必要になる人数を出すから、ウチや他の料理関係のギルドには打診するなと言ってきた、という流れかな?」
他のギルドより一歩先んじて、ロピア大洞掘にある国々のお偉いさんたちと繋がりを作ろうとでもしているのだろう。
「正解。二人とも諜報系の技能を取ってみたらどうだ。案外活躍できるかもしれないぞ」
「ウチは料理を作っていたいから遠慮するわ」
「私も同感」
「そう言うとは思っていたがね。それで、どうだ?この計画に参加してはくれないだろうか?」
居住まいを正したユージロに対して、私たちも姿勢を正す。
「いいよ。『美味倶楽部』に好きにされても困ることになりそうだし、ロピア大洞掘で新しい食材が見つかるかもしれないし。だけど、腕っぷしには期待しないでよ?」
「それは問題ない。攻略系のギルドなどにも声をかけている。期待しているのは旅の間の美味い飯だ」
それなら得意分野だ。こうして『諜報局UG』主催のロピア大洞掘訪問団にウチらのギルからも参加することになったのだった。
今度のお話は、メイプルさんと多恵ちゃんの二人がメインで進行します。




