93 新天地を目指す?
待ち合わせに指定されていたのは、古都ナウキでも指折りの有名店だった。別に高級店だという訳じゃない。どちらかと言えば庶民のお財布にやさしい価格設定になっている。
それじゃあ、どうして有名なのか?
その理由は話題性にあった。
実はこのお店、リアルで全国展開している、とあるメイド喫茶の母体企業が経営しているのだ。
元々はこの企業の幹部が個人的にやっていた――社長か会長だという説が有力――のだけれど、大規模イベントが終わった後の目玉として正式に企業としての出店となったのだ。
まあ、衣装がそっくりだとか、メニューが似過ぎているだとか、色々とやばい状態だったらしい。さすがにこれは放置できない、だけど人気もあるので潰すとプレイヤーの反感を買ってしまう。
だったら正式に出店してしまおう、という英断になったのだとか。
あの大規模イベント前のお祭りでも、期間限定で似たようなお店が乱立していたのだけど、そちらは一時的なものだったので、冗談ですんだ――ただし、次はないと運営さんからブスリと釘を刺されたそうだ――みたい。
そんな具合で、晴れてこの店は『アイなき世界』でのメイド喫茶一号店となったわけなのだけど、
「おかえりなさいませ、お嬢様」
こうした挨拶まで、正式採用されることになってしまった。そして、ナウキの子どもたちの間ではメイド喫茶ごっこが流行っているらしい。文化的侵略にならないかちょっと心配になるわね。
それはさておき、待ち合わせだ。
「人と会う約束になっているのだけど――」
「あ!メイプルさん!こっちこっち!」
と応対してくれている犬耳メイドさんに言い終わる前に大きな声で呼ばれてしまった。その瞬間、
「『女王様』がいらっしゃっただと!?」
「え?『お姉さま』!?どこにいるの?」
「サインを!」
「罵ってもらわねば!」
「なにを言っている!踏んでもらうことこそが至高!」
蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまった。ちなみに生半可な装備や覚悟でやると突いた方が大騒ぎする羽目になるので、蜂退治をするときには十分に準備をすること。お姉さんとの約束よ。
それと、変な勘違いをする人がいたらいけないからきちんと言っておくけれど、サインを書いたこともなければ、罵ったこともないし、ましてや踏むなんてしたことは一度もない。
どうやら、『闇ギルド』の連中がおかしな噂を流したり、私の偽物に扮したりしている――メープルとかメエプルという名前を聞いたら用心してね――らしいのだ。
全く困ったものよね。
「あの、お客様?大丈夫ですか?」
思わず遠い目で現実逃避をしていると、犬耳メイドさんが心配そうに声をかけてくれた。だけど驚いているのか、台詞が前のものに戻っていた。そういうところも可愛くていい感じだわ。
だけど、このままじゃ収集が付かない。確かこのお店には仲間内だけで静かにお茶したい人たち用に、いくつかの個室が用意されていたはず。
「……ええ、大丈夫よ。騒がしくしてしまってごめんなさいね。このままだと治まりそうにもないから、奥の個室を用意してもらえる?ダメなら出直すけれど」
「ええと……、今のところ使用する予定は入っていませんので問題ありません。ですが、個室使用料を別途お支払い頂くことにはなってしまうのですが、構わないでしょうか?」
「いいわ。騒ぎの元凶に支払わせるから」
そう言って、キッと待ち合わせの相手であるジュンちゃんを睨みつけると、いつぞやのように黄色い悲鳴と野太い悲鳴が重なり合って、数人がテーブルへと突っ伏す。
そして肝心の彼女はその惨状に「あはは」と乾いた笑い声を上げていた。
そして数分後、私は小部屋の一つでゆったりとケーキセットに舌鼓を打っていた。もちろんお代は迷惑料としてジュンちゃん持ちだ。
「まさか、あんな大災害が起きるなんて思ってもみませんでしたよ」
茶化したような台詞だけど、その態度からしっかり反省しているのは見て取れたので、これ以上の要求はなしにしておこうか。
「本当に勘弁してね。それにしても、ユージロたちからこの話は聞いていなかったの?」
最近知ったのだけど、ジュンちゃんはユージロがギルド長をしている『諜報局UG』に所属していたのだ。優秀な薬師は引く手あまたなのに、よりにもよってすごいところを選んだものよね。
「聞いてないですよう!知っていたらこんな疲れる役に名乗り出たりしてませんよ!」
あの、その言い方だと私と会うこと自体が疲れることみたいに聞こえるんですけど……。
不用意に私の名前を口にしなければいいだけの話なのよ?
「まあ、でもそのお陰で、どうしてウチのギルマスがメイプルさんにこの話を伝えろと言っていたのかが分かりました」
「この話?」
「実はうちのギルド、別の大洞掘にも拠点を作ろうっていう話になっているんです」
「別の大洞掘に?どうして?」
「帝国に移動から物流から情報から、全部堰き止められちゃったじゃないですか。あれのせいでうちのギルドはかなりの制約を受けてしまったんですよ」
窮屈には感じていたけれど、それほどだったかしら?
「ほら、うちのギルドは情報が命でしたから、外部へのアクセス制限は他の人たちよりも厳しかったという訳」
「そういうことか。それは影響が大きかったわね。経緯については理解したわ。でもどうしてそのことを私に?」
「メイプルさん、別の、と言っても隣のロピア大洞掘になりますけど、私たちと一緒に行きませんか?」
これはまた、唐突でびっくりな提案ね。
「行ってみたいけれど、レベルが低すぎて足手まといになるわよ。大規模イベントからこっち、『闇ギルド』に狙われるわ、他のプレイヤーからは「女王様」とか「お姉さま」と、やたらと話しかけられてしまうようになって、まともにレベル上げができていないんだから」
「だからこそですよ。まともにゲームができないのなら、いっそのことまだプレイヤーの少ないロピア大洞掘に行くのも手だってことです。それと、レベルについては気にしなくていいですよ。まだ新人だったメイプルさんを巻き込んでしまった部分がありますから、向こうについてから責任持ってうちのギルドのメンバーがお手伝いしますから」
はっきり言って、至れり尽くせりの美味しすぎる話だ。
だからこそ裏がありそうな予感がする。
ジュンちゃんにではなく、彼女の後ろにいるユージロたちが何かこっそりと企んでいる気がしてならないのだ。
しかし、ほぼ詰んでいる状態なのもまた確かだ。それなりにロールプレイを楽しんではいるものの、やっぱりどこかにストレスを感じているし、もっと自由に動き回りたいとも思う。
「えっと、面倒をかけるけど、よろしくね」
結局のところ、ジュンちゃんの提案に乗るしか手はないのだった。
という訳で、舞台はロピア大洞掘へも広がっていきます。……もう少し先の話になりますけど。
問題は、ロピア大洞掘の設定を考えていないことですね。どないしよ?




