92 試練と言えば……
人間の気配か。何十年ぶりのことじゃろうか?
久方ぶりの来客の予感にわしの心は震えた。
「さて、今回の客は楽しませてくれるかのう」
そんなわしとは裏腹に、僕でもあり友でもある合成獣は、昼寝を邪魔されて不機嫌そうにしておる。
「こりゃこりゃ。たまの仕事の日くらい、しゃんとせんかい」
「ご主人と違って私は毎日仕事をしているんですが?」
注意すると即座に半眼で言い返してくる。……そうじゃった。年に一回程度建物の修繕をしているわしと違って、こやつは毎日周辺の魔物たちの管理をしているんじゃった。
重苦しい空気が立ち込める。
ま、まずいのう、このままでは主人としてのわしの立場や威厳というものががなくなってしまうぞい。
こういう時には、あれしかない!
「せっかく来た客を待たせるわけにはいかん!さあ、行くぞい!」
秘儀、誤魔化し。これでさっきの話題については有耶無耶にできたはずじゃ!
後ろでため息を吐いているような音がしたかもしれないが、きっと気のせいなのじゃ!
そしてわしらは私室のある区画から出て、来客者たちの元へと向かったのじゃった。
「ひょっひょっひょ。こんな僻地にまでよく来たのう」
姿を見せる前に、物陰からそう声をかける。この時、相手を小バカにしたように、そして事情を全て見透かしているように思わせることがポイントじゃ。
うん?もちろん演出じゃよ。毎日外に出ているキメラならいざ知らず、基本私室のある区画に引きこもっているわしは外で何が起きているかなんて知らんからのう。
しかし、ただの演出と侮ってはいかんぞ。中にはこういう雰囲気に当てられて自滅していくような情けない輩もいるのじゃ。
漫然と次期皇帝として育てられていた者や、野心ばかり先走った者などに、そうした胆力不足の者が多かったの。
まあ、要するに皇帝となるための試練は既に始まっているということじゃ。
さて、今回はどうかの?……今のところ、供を含めてわしの言葉に取り乱した者はいないようじゃな。それでは次代の皇帝――となるかもしれない人物――の顔を見に行くとしようか。
「ひょっひょっひょっ、ひょおっ!?」
なんじゃと!?こ、子ども!?
試練の間と呼ばれる広間には、十人の者たちがいたのじゃが、なんとその内の七人までもが少年と呼んで差支えのない風貌をしていたのじゃ!
(こりゃ!なんで教えておいてくれなかったのじゃ!?)
(百五十年前に、ご主人から「どんなやつか分からない方が面白いから、秘密にしておくように」と言われておりましたもので)
念話でキメラに尋ねると、飄々とした口調でそう返してきおった。しかも、わしの物まね付きという芸の細かさじゃ。
(そ、そうだったかのう……?では次からは聞くかどうかの確認をしてくれ)
(はいはい。分かりました)
最近、キメラが冷たいように感じるのは年寄りの僻みなのじゃろうか?
それはともかく、肝心の皇帝候補は……、やはり子どもの中の一人か。もしも三人の大人の一人だがそうなら、子どもを連れてくる理由がないからのう。
ああ、この地の管理者なんぞを任されておるのだから、そのくらいはわしにも分かるのじゃよ。皇帝の血筋の者を、魔法的な何かで見分けられるようになっておる、らしい。
詳しい理屈は知らんよ。
「あなたが、この試練の地の管理者ですか?」
その者は臆した様子もなく、一歩前に出てきてわしに尋ねてきた。ほほう。子どもだと侮っていたのはこちらの方だった――(ご主人と一緒にしないでください)(ええい、やかましい!)――ようじゃ。
こやつ、なかなか良い面構えをしている。
「いかにも」
「我が名はアルス・ズウォー。早速試練とやらを始めてもらいたい」
「ひょっひょ。覚悟はできているということかの。それではとっておきの試練でもてなしてやろう」
試練の間に緊迫した空気が張り詰めていく。こうした感覚も随分と久しぶりのことじゃな。
「ではいくぞ。朝は四本足、昼は二本足、夕方には三本足になる生き物の名を答えよ!」
「あ、それ知ってる」
と言ったのはアルスではなく、後方にいた子どもらの一人じゃった。その思わず口にしてしまった様子から、見栄を張っているようには思えない。
「ほほう。ならば答えてみよ」
「良いのですか?」
「仲間の力はそれを束ねて率いる者の力でもある。言ってみるがいい」
水を向けられたその子どもが示した答えは、
「えっと、人間」
「正解じゃ!ひょっひょっひょ。ただのお付きの子どもたちかと思っていたが、存外にやりおるな。しかし、その理由までは知らないじゃろう。実はこれは――」
「朝、昼、夕、というのは人間の一生のことで、四本足は赤ちゃんのハイハイのことで、そこから大きくなって二本足、だけど年を取ると杖を突くようになるから三本足になる、だったはすだよ」
な、なんじゃとー!?
朝、両手をついて起き上がるから四本足で、夕方、横になるときに片手をつくから三本足ではなかったのか!?
「ひょ、ひょひょ……。そ、それでは、この問題は分かるか!?道が交わる場所に立っている三つ目で一本足の怪物の名は!?」
答えは震豪鬼という恐ろしい化物で、逆らうものは全て呪いで事故に見せかけて殺してしまうという――
「ああ、信号機ね。だけど、この世界にはないから誰も分からないんじゃないの」
――は?信号機?
「シス、それは何だ?」
「えと、リアル……じゃなかった、昔人間が地上にいた頃に使われていた機械だよ。管理者のじいちゃんが言っていたように、道が交わる場所に立っていて、交互に人や車が流れるようにしていたんだ。その頃は今よりもずっと人の数が多かったから、そうやって流れを調整してやらないと、事故が起きてしまったという訳」
そ、そうじゃったのか……。
(ご主人の完敗ですね。……どうしますか、次は私が出ましょうか?)
(いや、ここは素直に負けを認めるべきじゃろう。負けた腹いせに、お主をけしかけたと思われるのも癪だからのう)
「アルス・ズウォーよ、お主に試練を乗り越えた証を預けよう」
「しかし、俺は何もしていない……」
「なにを言っておるか。ここまで無事にやって来ているではないか。それこそが本当の試練なのじゃ」
普通であれば、帝都近くにある試練の地に行けば済む話じゃからな。それができなかったということは何かしらの邪魔が入っていたということになる。
よってそれらを潜り抜けて、または蹴散らしてここまでやってくるというのは十分に試練に値する。
「それじゃあ、さっきのなぞなぞは?」
「わしの趣味じゃ!」
その後、なぜか小一時間ほどわしは子どもらに追いかけ回されることになった。
「はい。これで証の授与は終わりです」
そしてその間に、キメラのやつがアルスの左手の甲へと魔法スタンプを押して、試練突破の証が授けられたのじゃった。
試練と言えば……、なぞなぞです!異論は認める。




