91 襲撃者を襲え!
「どわー!?」
「ぎゃーす!?」
「もぼす!?」
「はらみ!?」
「ろーす!?」
「かるび!?」
「たん!?」
「へぶち!?」
「はうんっ!?」
木立の向こうから多様な悲鳴が聞こえてくる。
ラジア大洞掘北西端にあるモーン帝国の皇帝直轄地は密林というほどではないが、それなりに木々が生い茂った土地だった。
外からざっと見渡すだけでもそこここに手が入っていたであろう気配が見受けられる。もしかすると、当初は霊廟だとか記念碑だとかが立つ予定だったのかもしれない。
そして現在、トスドノの辺境警備隊の者たちが襲撃者の仕掛けた罠にかかっては叫び声を上げていた。途中、肉の部位が連呼されていたようにも聞こえたが、きっと空耳だろう。
こういう訳が分からないことが起きた時には「あなた疲れているのよ……」と言ってくれる美女が隣にいて欲しくなるな。
「この悲鳴の何割かでもが襲撃者の上げているものだとすると、この後の展開が楽になるんですけどね」
「虫がいいことを考えていると、後で手痛いしっぺ返しを食らうことになるぞ」
願望を口にするロヴィンに一応釘を刺しておく。これからその襲撃者どもを潰して回らなくてはいけないからだ。残念ながらこれまで聞こえていた悲鳴は全て辺境警備隊のものばかりだった。
ただ、数だけはそれなりにいたので一人でもいいから道連れにして欲しいという気持ちは分からないでもないがな。
「さて、あらかた罠も潰れただろう。予定通り、俺とロヴィンは襲撃者たちを各個倒して回る。お前たちは死んでもアルスを守り切れ!」
「分かった!何があってもアルスは俺たちが絶対に守る!」
訓練を繰り返してきたとはいっても、森の中で対人戦を行うのはゼロたちには負担が大き過ぎる。それに、この先では皇帝となるための試練そのものも待ち構えているのだ。
そこで俺たちは、襲撃者たちを潰して回る組と、アルスたちに同行する組に分かれることにした。前者は俺とロヴィン、後者はゼロたち六人だ。
もしも試練の内容が手に負えないものであれば、一時撤退して合流、再度挑む予定だ。この辺の判断はアルスとハリューに任せることにしている。
「無茶だけはしないでくれ。武運を祈る」
「ありがとよ。お前も一人で抱え込むな。せっかくハリューさんなんていう有能な副官が付いているんだ。しっかりと使え」
帝国なんて言う巨大な組織は皇帝一人では到底回すことはできない。いかに人を動かすか、いかに人を使うかということが重要になってくるはずだ。
アルスの場合、なまじ優秀だから一人で抱え込む癖があるように見える。今からでも部下を使うことに慣れていかないと、いずれ許容量を超えて潰れてしまうだろう。
実は俺たちが別行動をとるのも、そうした点の一環でもあった。
「心配しないでも、ハリューにはこれまで以上に働いてもらうつもりだ」
「ははは。お手柔らかにお願いいたしますぞ」
ふむ。気負いもないようだし、悪くない雰囲気だ。
「それでは俺たちは先に出る」
「合流は試練の地の入り口だから」
アルスやゼロが何か言う前に森の中へと飛び込んでいく。あまりのんびりと話していると、「もしもの時は……」的な暗い話題に向いてしまいそうだからな。
そうした場合の手順は既に決めてあるから、いまさらどうこう言うべきではないのだ。
「いっちょ暴れるか!」
「お供しますよ。まずは正面百メートル先に一人。その右斜め奥にさらに一人です」
こういう時に「〇〇時の方向!」とか言えたら様になるのだろうが、残念ながら俺たちにはそこまでの知識はない。
いまいち締まらないことに二人して苦笑しながら、襲撃者の居場所を目指す。
そして、隣を走っていたロヴィンが急制動しておもむろに矢を放つ。
その矢は葉の間をすり抜けるようにして一直線に飛んでいき、
「ぐはっ!?」
敵の居場所を俺に教えた。手にした戦斧を構えて、声のした方にぶん投げる!
「ごぶふぉああ!!な、なんで斧、が……」
再び矢が飛んでくることには警戒していたようだが、大質量の斧が飛んでくるとは予想もしていなかったのだろう。
直接俺たちと相対することもなく一人目が脱落していった。
「お見事です!でも残念なお知らせ。右奥だけじゃなくて、左手にいた二人の敵にも気付かれました!」
「上等!どうせ全滅させるんだ。問題ない!」
地面に落ちた愛用の戦斧を拾い上げながら答える。
「その通りだけど、その言い方だとバックスさんの方が悪役みたいですよ!」
「いつまでもいい子じゃいられないってな!右奥の一人を頼む。俺は左の二人を潰しに行く!」
「了解、すぐに倒して合流しますよ。でも、そういう台詞は可愛い女の子の口から聞きたいですね!」
軽口をたたきあいながら、それぞれの獲物に向かって散開していく。
俺一人になったことが分かったのか、二人そろってこちらに向かってくる。俺の持つ周辺知覚の技能は、ロヴィンのものほど性能は良くないが、ここまで来ると俺にも敵の位置や動きがはっきり分かるようになる。
加えて予知技能があれば、高確率で敵の狙いが分かるようになるのだが、まあ、ないものねだりをしても仕方がない。
先手必勝、少々距離があるが外れても牽制にはなるはずだ。
「本邦初公開だ。いくぞ!せえええ、のっ!」
思いっ切り飛び上がって、落下と同時に地面へと戦斧を叩き付けると、衝撃波が発生して大地を抉って周囲に小石や土砂をまき散らしていく。
「ちぃっ!」
「うわっ!?」
ダメージ自体はほとんどなかったようだが、思惑通り足を止めさせることには成功した。
スキル衝撃波、本来カマイタチのような真空の刃を発生させるものなのだが、地面にぶつけると、このように環境破壊兵器と化す恐ろしい代物である。
あるプレイヤーが偶然発見したものなのだが、すぐに動画が拡散して『地裂斬』などという名前までついてしまった。
今ではプレイヤーが見つけたアレンジ技の一つとして公式に認められている。
「『暗幕』」
「うわ?な、なんだ!?」
連携されても厄介なので生活魔法の『暗幕』を、先に目についた方にぶつける。
「くそがっ!」
それを好機と見たのか、もう一人が躍りかかってくるが、短剣を上段から大振りってどうなんだ、それ?その攻撃を一歩後ろに下がるという必要最小限の動きで避けると、驚愕に目を見開いた――そんなにあの攻撃に自信があったのか……?――相手の顔に拳を叩き込む。
もんどりうって倒れたところに矢が飛んできてHPが消滅。その姿も溶けるように消えていった。このタイミングからすると、ロヴィンの相手は瞬殺だったのだろうな。
「余計なお世話でしたか?」
「いや、止めを刺す手間が省けた」
『暗幕』を顔に張り付かせたまま、下手くそなダンスを踊り続けていたもう一人をさっさと片付ける。
「発動までの時間に使用するMPを考えたら、生活魔法って反則ですよね」
「使い方次第だがな。さて、もう少し潰してから休憩にするか」
「はいはい。それじゃあ、このまま左側の一画の敵を殲滅しましょうか」
互いに獰猛な笑みを浮かべて、俺たちは次なる獲物を探しに歩き始めた。
相手は罠に嵌めてなんぼなので、PvPを繰り返していた二人の敵ではありませんでした。




