89 西端の町
今回で『魔王様のご近所征服大作戦』の九十話を超えて、僕の最長連載作品となりました。
読んでくれている方、ありがとうございます。
まだまだ続く予定ですので、これからもよろしくお願いいたします。
そう、俺たちは勘違いをしていたのだ。追われている立場だから、襲ってくるのは後ろからだとばかり思っていた。
「直轄地に先回りされているってことですか?」
「ああ。しかも罠や仕掛けをこれでもかと準備しているはずだ」
そうした中を進んでいくのは至難の業だ。しかも対処できる人間も限られている。身近なところだとユージロを始めとした『諜報局UG』のメンバーがそのエキスパートということになるが、今から連絡をとって人を派遣してもらうとなると、相当な時間がかかってしまうことになる。
帝国の権力争いがそう簡単に終わるとは思えないが、手が打てない時間が長いと、それだけで不利になってくるのも確かだ。
「とにかく、ゼロたちやアルスの体調が戻り次第出発しよう。後のことはトスドノに着いてからだ」
できるだけロスを減らしておくことが重要になってくる。場合によれば、途中の村で馬車を買い上げることも視野に入れておいた方が良いかもしれない。
幸いなことに帰りに返却することを条件に、近くにあった村で馬と荷台を借り受けることができた。アルスが普段いるズウォー領の領都から、この西側の各町や村を回っている行商人がいたのだ。
この時、恩を売っておきたい行商人――不幸なことにアルスの顔を知っていた――と、できるだけしがらみを持ちたくないアルス側との間で交渉バトルが勃発し、世にも珍しい、借り手が値を吊り上げるという事態となったのだが、それはまた別の話だ。
以降、荷台にアルスとゼロたちを交代で乗せることで、進行速度は上がり、予定から二日遅れでトスドノへと辿り着くことができたのだった。
「皆、ご苦労だった。これからが本番というべきなのだろうが、今は疲れを癒すことが先決だ。まずは宿へと向かおう」
一行のリーダーとしての責務を果たそうと、アルスは全員に向けて声をかけていたが、その顔には疲労がにじみ出ていた。これはあまり良い傾向とは言えないな。
漫然と休もうとしても、不安が邪魔をしていたずらに時間を浪費するだけになってしまいかねない。しっかりと心置きなく休養をとるためにも、実現できなくてもいいから、劣勢になっている盤面をひっくり返すことができるような、そんな妙案が必要になっていた。
しかし、不得手なことに没頭するとろくなことがない。ドンという衝撃とともに「痛え!」という叫び声が耳に飛び込んできた。どうやら考え事をしながら歩いていたせいか、前から歩いてくる一団の一人を避けきれなかったようだ。
「おい、こら!どこ見て歩いていやがる!」
ふむ。ある程度の規模の町であれば標準装備している下っ端小者感満載のチンピラだな。異なるのは分不相応に見える立派な鎧を身に着けていることか。
他の者たちも止めるつもりはないのか、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべており、周囲の人々は俺たちのことを気の毒そうな目で見ていた。
「すまない。疲れで少しぼんやりしていたようだ。怪我などはしていないだろうか?」
それでも、こちらにも落ち度があるのは確かだ。アルスやゼロたちもいるし、何より鎧姿に違和感を覚えていた。そこで、まずは下手に出ていた方がいいと判断したのだ。
「謝ってすむなら俺たち辺境警備隊はいらねえんだよ!」
「どうしてくれんだ!?ぶつかった拍子にこいつの骨が折れちまったぞ!」
「ぐわー!痛え!痛え!ぎゃはははは!」
そんな俺の態度に気を大きくしたのか、男たちは次々に言いがかかりをつけ始めた。わざわざ所属を口にしたのは、権力を振りかざせば逆らわれないと知っているからだろう。つまり日常的にこうしたことを繰り返しているということを物語っていた。
とりあえずロヴィンとハリューに目配せして、アルスたちが暴走しないように抑えにまわってもらう。騒ぎを起こせば直轄領に潜んでいるだろう連中に、アルスがこの町にいることが知られてしまいかねないからだ。
それにしてもよりにもよって、辺境警備隊とはな。文字通り辺境で目の届き難いことを利用して、散々好き勝手やっているという印象を受ける。
この分だと本来の仕事である直轄地への人の立ち入りの監視などをまともに行っているかどうかも怪しいところだ。後は組織のどこまで腐敗が進んでいるのかが重要になってくるが、最悪、トスドノの町長や徴税官といった役人までもが取り込まれている可能性も考慮しておくべきだろう。
「まあ、そっちが誠意を見せるって言うんなら、穏便に済ませてやってもいいぜ」
「なんと言っても俺たち辺境警備隊は、ズウォー領主様の直属の配下だからな」
と、その言葉に切れた者がいた。
「ふざけるな!お前みたいなやつがアルスの配下なわけがない!」
ゼロだ。友達であるアルスのことを持ちだされて、我慢できなくなったのだろう。見ると、他の五人も怒りに満ちた目で辺境警備隊のやつらを睨んでいた。
「何だとこのガキ。生意気なこと言ってると牢屋にぶち込むぞ!」
そんな恫喝でひるむくらいなら、最初からここにいない。頼もしくはあるのだが、今は間が悪い。俺は急いで間に割って入ることにした。
「止めないかお前たち!すまない、よく言って聞かせておく」
先頭にいた男に近づいて、その手に数枚のコインを握らせる。
「改めて詫びをさせてもらいたい。できれば御用達の店を教えてもらえないだろうか?」
人目があるので小難しく言っているが、要するに行きつけの酒場はどこかと聞いたのだ。
「はっ。分かっているじゃないか。俺たちに会いたいなら『酔い奴隷亭』に来るんだな」
酔いどれと中毒者の奴隷のような有様をかけているのだろうが、よくもまあ、そんなふざけた名前にしようと考えたものだ。
男は手の中の感触に機嫌を良くすると、「ガキの躾はちゃんとしておけよ!」と言い残して仲間たちと一緒に去っていった。
しかし、機嫌が悪いままのやつらもいた。
「バックスさん!なんで逃がしたんだよ!」
「そうだよ!あんなやつ、ぶっ飛ばしてやったら良かったのに!」
ゼロたちはいかにも小悪党な連中を取り逃がしたのが不満なようだ。
「全員、落ち着いて。ここで騒ぎを起こしたら、アルスがこの町にいるのが敵にバレるかもしれないんだよ」
ここに来るまでの間に、敵が直轄領に潜伏しているのではないかという予想は伝えてあった。
「それに直轄領のことを一番よく知っているのはあいつら辺境警備隊のはずだ。情報を仕入れるためにも、険悪な仲になる訳にはいかない」
と説明してみても、
「でもさあ……」
不満顔だ。頭ではある程度理解できても、感情がそれについていかないのだろう。すると、これまで黙っていたアルスが仲裁に入ってきた。
「ゼロ、今のはバックスやロヴィンが正しい」
「アルス!?」
「だが、お前たちが怒ってくれたことは嬉しく思う」
絶妙かつ巧妙なフォローだ。これを狙ってやっているんだから、先々が恐ろしくもある。
ただまあ、本音でもあるのが救いか。無表情を気取っていたが、照れてその顔は赤く染まっていた。
あれ?二、三人の小悪党が付近の盗賊たちと繋がっている、という予定だったのに、気が付けば辺境警備隊なる腐敗した組織が出来上がっている!?




