86 ナウキ参戦
リアルで言えば、大会社の支店長たちが様々な伝手からどうしてもと頼み込まれて、仕方なくライバル関係にある中堅の会社を訪ねてみれば、そこに自身の会社の社長が現れたようなものだ。
三人が驚いて硬直してしまったのは当然のことだと言えるだろう。
「へ、陛下!?」
「止めよ。形の上では帝国内とはいえ、ここナウキは特別自治区だ。堅苦しい態度をとる必要はない」
俺たちと一緒に入ってきた皇帝は、自分に向かって臣下の礼を取ろうとするアルスたち三人の領主たちを、片手を上げることで制していた。そして、その様子にさらに戸惑う三人。
先ほど、久しぶりに見た時にも感じたが、皇帝はどこか憑き物が落ちたような晴れやかな表情をしている。それは反対に言えば、皇帝という責務には戻れない、戻るつもりはないという意思表示のようにも感じられた。
恐らく、アルスたち三人も彼から同じようなことを感じ取ったのではないだろうか。だからこそ困惑したのだ。
「聞きたいことが多いとは思いますが、まずはお座りください」
副市長がそんな彼らに再び着席を促す。渋々といった感じで席に着く三人に対して、この場にいたプレイヤー一同は「どういうことだバックス。説明しやがれこのやろう」と目で訴えかけてくる。
それに「俺は何も知らない。詳しい話は市長たちがする」と返して――上手く伝わったかどうかは不明だ。そして本当に彼らが一緒にいる理由は知らない――、市長たちの後ろに少し離れて立つ。
今の俺は冒険者協会を通して副市長から――特に皇帝の――護衛を依頼された身だ。その仕事を完遂させることを第一に考えなくてはいけない。
「まずはこのような状況の中、この古都ナウキを訪れて頂いた三人の領主の方々に厚く御礼を申し上げます」
ウッケン市長が深々と頭を下げているが、これは決して社交辞令ではない。ズウォーのアルスはともかく、転移門が使えない中での残る二領からのお忍びの旅は、かなりの危険が伴う命がけのものだったからだ。
護衛にはそれぞれ大塩湖畔と大地柱を拠点にしているトップレベルのプレイヤーが付くことになったのだが、そんな彼らですら「もう二度とやりたくない」と愚痴をこぼすほどの過酷さだった。
いつ来るか分からない襲撃に備えるというのは、それだけでストレスになるらしい。
その分、実際に襲撃があったときは、それまでの鬱憤を晴らすように暴れまわったのだとか。その鬼気迫る様に、護衛対象の領主たちがドン引きしていたそうだ。
あいさつを終えた後、ウッケン市長は今に至る経緯を話し始めた。そこには皇帝自身から聞き出したのか、俺たちも知らなかったナウキへの侵攻の理由なども含まれていた。
しかし俺たちは政治家ではなく冒険者だ。その点に対する不平や不満の声を上げる者はいなかった。物語の登場人物たちが、事件の背景から何から全てを知っているのは不自然だということもある。
皆、それぞれ自分のキャラクターを演じているのだ。
「――と、帝国内の状況については皆様の方が詳しい点も多々ありましょう。にもかかわらず、現状こちらが知りうる全てのことをお話したのは、我々ナウキを信じてもらいたいがためであります!この言葉に二心はございません。どうかそのことだけは心に留め置いて頂きたい。
さて、あまり長々と話していても仕方がありません。本題に移ることにしましょう」
ウッケン氏を除く全員が「いや十分長かったから!」と心の中で突っ込みを入れたところで、副市長と交代になる。
そしてその横には皇帝が並んだ。そのことで再び部屋の中にざわめきが走る。
「それでは、帝国内で起きている動乱に対どのように対処していくべきなのか。そのことについて話していきたいと思います。我らナウキは、皇帝陛下から頂いた指示に基づき、行動することを決定しました。これは既に議会での承認も得ています」
んな!?攻めてきた相手の指示に従うだと!?どういうつもりだ!?
俺を含め、あの戦いに参加したプレイヤーたちの目に剣呑な光が宿り始めた。
「勘違いしないでいもらいたいのですが、帝国に所属するだとか、先の侵攻をなかったことにするだとかいうつもりは一切ありません。今現在も行われている物流網の封鎖を含めて、この騒動が終わった後でしっかりと請求していくつもりです。もちろん、明に暗に協力していただいている冒険者の方々にも、しっかりとした報酬をと考えています」
それなら先に言っておいてもらいたいものだな。……ああ、今のは俺たちプレイヤーに向かって言いながらも、その実、帝国の領主たちに対してナウキの方針を明確にしたのか。
内向きへの話とすることで、譲るつもりはない、交渉の余地はないと示したのだ。
「詳しい指示の内容ですが……。陛下、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。それは我の役目だな。……最初に我の短慮によって皆に多大な苦痛を与えてしまっていることを詫びさせてもらいたい。アルス、お前の言う通り、いや、それ以上の混沌とした事態になってしまった。進言を聞き入れなかった愚かな我を許してくれ」
「陛下……。もったいないお言葉です。しかし、今はこれからのことを考える時です。後悔に反省はこの騒乱を平らげてからに致しましょう」
おい、こいつ本当に十代前半か?呪いか何かで老化が止まっていて、実は五十台のおっさんだと言われた方がしっくりくるんだが……。
「そうだな……。そのために恥をさらしながらも、こうしてお前たちの前に立ったのだからな。権力争いを始めた愚か者どもを止めるために、我はやつらの間に割って入ることにした。みなにはその後押しとなってもらいたい。ナウキも協力を確約してくれている」
皇帝の言葉に市長と副市長ははっきりと頷いた。
「陛下、お言葉を遮る様で申し訳ないのですが」
と、全くもって申し訳なさそうには見えない態度で、大塩湖のある北東の領、ベリルの領主が手を上げた。
「何だ?」
「ナウキが協力を申し出た条件をお聞かせ願いたいのです」
もっともな疑問だな。もしも自分の持つ土地や権利を寄越せというものであれば、いくら皇帝の頼みとは言っても、とてもではないが協力できたものではないだろう。
「我らナウキの望みはただ一つ、自治権の永久認定です」
「こちらが陛下と交わす予定の約定を記したものになります。どうぞご覧ください」
副市長の配下の者が領主たちへと契約書を持っていく。
「……ふむ。確かに書かれているのは自治権の永久認定のみだな」
「おかしな個所も見当たらない。おっと、今のは失礼な物言いだったな。申し訳ない」
「いえ。疑われるのは当然のことでしょう」
大地柱のある東のヒトイ領主が頭を下げると、副市長がすぐにフォローに回った。
「帝国の皆様の助力もあってのことですが、ナウキはこれまで大きな問題もなく自治を続けてきました。それを今後も認めてもらいたい。我らの望みはその一点に尽きるのです」
さすがは長年ナウキの顔として立ってきただけのことはあるな。ウッケン市長の言葉は領主たちの心に染み入っているように見受けられた。
しかしこの後、今日一番の衝撃が走ることになった。
「もちろん我もこの争いを終わらせた後には、端緒を開いた責をとるため、帝位を辞するつもりでいる。そしてその後を、アルス。お前に継いでもらいたい」




