82 白昼の襲撃
帝国による、古都ナウキを中心とする特別自治区の封鎖が始まって二か月が過ぎる頃、上層部や事情を知る者たちが恐れていた事態が表面化し始めていた。
金属の不足だ。
特に武器や防具の修復に必須の鉄鉱石――もちろんゲーム内の物で、リアルのものとは異なる――が品薄になり始めたのだ。
修復は一度に一人一つまで。そんなお達しがされたことで、逼迫した状況だということが鮮明になってしまった。
物資購入の窓口である帝国のズウォー領には、行くことのできる人間が総出で出向き交渉を行っている最中のはずだけど、どこまで融通してもらえるかは不透明ではっきりしていない。
そしてそんな状況になると、自分だけは何とかしてくれと無茶を言う者が現れるのが世の常というものみたいで、ここ数日、街中での喧嘩やトラブルが増加していた。
そのため、有志のプレイヤーが警護隊や神殿騎士などのNPCと組んで治安維持にあたることになった。当然――と言えてしまうのが複雑なところ――僕もそれに駆り出されることになったのだけど……。
「そこのあなたたち!これ以上騒ぐのであれば詰所へ来てもらうことになりますよ」
「うるせえ!何が警護隊だ!偉そうに指図してくるんじゃねえ!」
「そーだ、そーだー!」
「はあ……。これが最後の警告です。騒ぐのをやめて大人しくしなさい。従わないのであれば実力で排除します」
「面白え、やってもらおうじゃねえか!」
「そーだ、そーだー!」
そして三十秒後、四人の男たちが伸されて地面に転がっていた。
「ロヴィンさん。申し訳ありませんが、抵抗できないように彼らを縄で縛っておいてください」
「あ、はい」
「私は近くの詰め所に後始末を依頼してきます」
と、こんな風に僕のパートナーとなった彼女、ミラさんはとてつもなく優秀だった。
基本、出る幕無し。
規則だから仕方なくパートナーを組んでいるという感じだ。それでいて本人は警護隊に入るつもりはなく、本当は花屋さんになりたかったのだとか。
なんでもご両親が元警護隊員で、知らない間に入隊の手続きをされていたのだそうだ。せめてもの反抗として、これまではずっと事務方として内勤で通してきたのだけど、今回はさすがに人手が足りずにこうして外回りをすることになってしまったのだそうだ。
こんな風に、NPC一人一人の生い立ちや経歴が事細かく設定されているのが、『アイなき世界』のすごくて微妙なところだ。
だって、それを僕たちプレイヤーが知る機会なんて、まずないのだから。
どちらかというと、その役になりきるための下地のようなものという方が、しっくりくる気がする。
そんな埒もないことを考えているうちに、ミラさんが数人の警護隊の人たちを連れて戻ってきた。もちろん言われたことはちゃんと終わらせている。気絶している男たちを縄で縛るだけの簡単なお仕事でした。
後のことを彼らに任せて、僕たちは見回りへと戻る。
混乱が大きくなればなるほど『闇ギルド』や帝国側の介入がしやすくなる。今は一つでも多くの騒ぎを小さなうちに鎮めることの方が重要なのだ。
そして、西門から冒険者協会のある広場へと続く大通りに出た時それは起きた。いきなり通りのど真ん中に極太の火柱が立ち昇ったのだ!
あっという間に逃げ惑う人たちで通りは恐慌状態となってしまった。すぐに近くの詰め所から警護隊がやってきて避難誘導に当たるものの、なかなかパニックは治まらない。
そんな中、僕たち二人は犯人を取り押さえるために、今も燃え盛る火柱の元へと向かった。
プレイヤーであれば街中で攻撃魔法を使うことはできなくなっている――ただし『闇ギルド』はどうなっているのか不明――ので、犯人は敵対するNPC、つまりは帝国の差し金である可能性が高い。できれば捕らえて、内情を探りたいところだ。
「ひっ!?」
火柱の元にいた者たちが見えた瞬間、ミラさんが小さく悲鳴を上げた。だけどそれも当然のことだ。そこにいたのは、狂ったように甲高い笑い声を上げ続けるやせ細った男と、二体の化物だった。
一体目は人間の体にハエの頭と羽が生えた異形で、そしてもう一体、こちらはさらにきつかった。スライム状の物体というところまでは問題なかったのだが、その核と思わしきものがゾンビっぽい生首だったのだ。
いくら優秀とはいっても、これまで内勤ばかりだった彼女には刺激が強すぎた。むしろ意識を保っていられたことを誉めてあげるべきだろう。
僕?やたらと造形にこだわったクリーチャーが出てくるホラーアクションシューティングゲームをやったことがあったから、まあ、耐えられた。
さりげなく彼女の前に出るようにして、高笑いを続ける男に向けて怒鳴る。
「すぐにこの炎を消して、化物たちを送還しろ!従うなら手荒な真似はしない。だけど、断るというなら容赦はしないぞ!」
その声が聞こえたのか、男は高笑いをやめて緩慢な動作でこちらを向いた。
そしてその目がこちらを見た途端、濁っていた瞳が急に鮮明になったように見えた。
「!!お前……!弓使い……!お前のせいで。返せ。我の力を返せ!!」
男の感情の爆発に合わせたように火柱もその勢いを増していく。おーう、舞台装置とかに使えたら、結構便利かもしれない。そんなちょっとずれた感想を持ったのは、激昂する男とは裏腹に、化物たちが全く動こうとはしなかったからだ。
「ロヴィンさん、あの男のことを知っているのですか?」
時間が経ったからか、ミラさんも少し持ち直してきたようだ。若干声が震えていたけど、そこは突っ込んじゃいけないところかな。
「さあ?初対面だと思うんですけどね。誰か別の人と勘違いしているんじゃないかな」
こんな化物を従えた放火魔なんて知り合いにはいない。というか、いてほしくもない。
ちなみに化物たちを送還しろと叫んだのは、見たこともない姿だったので、召喚術で呼んだのではないかと適当に思っただけであって、正体を知っていたとかいう訳じゃない。
彼女の気持ちを和らげるために軽く答えたのだけど、それに過剰とも思える反応を示したやつがいた。化物を連れた放火魔の男だ。
「我の力を奪っておきながら、知らないだと!会ったこともないだと!根暗で陰険な研究者は人気のないところに引きこもっていろだとお!!」
いやいやそこまでは言ってないから。
「許さん!絶対に許さんぞお!!」
こちらが何か言うよりも前に、男はさらに――勝手に――怒りを爆発させていくのだった。
そういえば、前ふりだけして書いてなかったことを思い出しまして……(汗)。




