77 情報と取引
ある日、ログインすると私宛に伝言が届けられていた。
「副市長殿からの呼び出しか……」
「どんな要件なんでしょうか?」
伝言を預かっていた部下の若い神殿騎士が怪訝そうな顔で尋ねてくる。
「恐らく、皇帝の審問が終わったから、こちらの持っている情報とすり合わせたいのだろう」
審問技能持ちを同席させているので、あちらの情報は筒抜けの状態となっている。一方、こちらがメタボの元高司祭――『神殿』から通達があり、高司祭位を剥奪されていた――から絞り出した情報はあちらには流れていない。
よって、裏を取るということを口実に、こちらだけが持っている情報を少しでも聞き出そうというつもりなのだろう。
「拒否した方が良いのではありませんか?」
「メタボの一件だけならそうするのだがな。小悪党のこともあるから今回は呑むしかないだろう」
小悪党というのは、この地に派遣されていた司祭のことだ。先日、この男が孤児院への補助金を着服したり、街の人たちからの寄付をちょろまかしたりしていたことが判明したばかりだ。
そしてそれを白日の下に晒したのが、他でもない私を呼び出している副市長その人だった。
「全く、近年の『神殿』の腐敗は目に余るものがありますね」
「その気持ちは分からないでもないが、ここで言うべきことではないな」
私たちが居るのは、古都ナウキにある神殿のど真ん中である礼拝の大広間だったからだ。
今は私たち以外誰もいないが、人の出入りが規制されていないこの場所では、どんな目や耳があるのかもわかったものではないのだ。
「あ!も、申し訳ありません……」
しかし、この若者は私の意図とは少し違う点で不謹慎だったと思ってしまったようだ。
それも仕方のないことではある。なにしろ彼はプレイヤーである私とは違って、神々が存在するこの世界の住人なのだから。
「とにかく、副市長に会ってくるとしよう。もしかすると、小悪党の出した損害の補填についての話かもしれないしな。残る者たちはいつも通り、街の警備の手伝いを頼む」
「分かりました。何もないとは思いますが、お気をつけて」
生真面目に敬礼で見送る部下の肩を軽く叩いて私は市庁舎へと向かった。
予想とは裏腹に、要件を告げるとすぐに副市長の部屋へと案内された。それだけ切羽詰まっているということの表れなのだろうが、その分、適当にごまかすという手は取り難いともいえるので、必ずしも有利ということではない。
「ああ、テナ様。このような場所までご足労頂き、ありがとうございます」
「我ら『神殿』の者がかけた迷惑を考えれば、如何ほどのものでもありませんよ」
笑顔であいさつを交わす。もちろん私も副市長も目は笑っていない。
「それで、人払いをするほどのお話とは一体何でしょうか?」
部屋に入る前に『感知』で周囲に人がいないことは確認済みだった。
「我々が皇帝から得た情報をお伝えしようと思いまして。こちらがその書類の写しとなります」
「これはご丁寧にありがとうございます」
既に知られているとはいえ、協力体制を取っている『神殿騎士団』に対して、正式に情報を渡す必要があったということだ。
そうすることで、あくまでも主導権は彼らにあるということを暗に主張しているという訳だ。
「拝見させて頂きます」
一言断りを入れてから、紙束に目を通していく。そこに記されていたのは同僚が持ち帰ったものとほとんど変わらないことばかりであった。
「彼らの最終的な目標は、魔王に対して打って出ること、でしたか」
回りくどいのは好みではないので、さっさと肝になる部分へと切り込んでいくことにした。
「ええ。そして肝心の魔王の居場所ですが、かの高司祭から『神殿』もしくは『神殿騎士団』が発見するだろうと聞かされていたそうです」
そう、メタボは『神殿騎士団』の『潜入者』や『神殿』の諜報部隊が魔王を探していることは知っていたが、その魔王がサウノーリカ大洞掘にいることを、そして魔族たちを配下にして――本人にその気はなくても――一大勢力を築き始めていることを知らなかった。
『神殿』の最高指導者である『代弁者』には話が通されているかもしれないが、エスラ神殿騎士団団長は、私の報告をまだ胸の内に秘めたままにしているようだ。
彼なりの思惑はあるのだろうが、メタボのような者に知られていなかったので、よい判断だったと言えるだろう。
そして帝国は、魔王と戦うための戦力として最近の成果が著しいナウキの冒険者、つまりはプレイヤーたちを取り込むつもりだったのである。
一方、メタボは帝国の強大な軍事力を背景に『神殿』内でさらなる地位を得ようと画策していたのだった。
「確かに、魔王の居場所については『神殿』も『神殿騎士団』も探索を行ってはいます。しかし、未だに見つかった、もしくはその予兆があった、という話は耳にしていませんな」
私自らの口からは出たことがあるが、他人から聞いたことはないので嘘は言っていない。
「そうですか。まあ、分かったところで一地方都市を管理するのが精一杯の我々には、どうすることもできないのですけれど」
それはそうだ。いくら数多くのプレイヤーが所属しているとはいっても、魔王討伐の主導的立場は荷が勝ちすぎている。
陰に日向に実務に従事している彼にはそのことがよく分かっているようだ。これがウッケン市長辺りであれば、その一見輝かしい名誉に目を奪われていたかもしれない。
「それで、帝国への対応はどうしていくおつもりですか?」
「当面はこれまでの主張を繰り返しながら、様子見となるでしょう。幸い、ズウォーの領主殿が窓口になってくれたお陰で、干上がる心配はしなくて済むようになりましたから」
ほう。『わんダー・テイみゃー』とかいう通行許可を持ったあの連中、上手く道を作ることができたのか。最悪、我ら神殿騎士が転移門を使って物資を運び込むことも覚悟していたから、正直言ってありがたい。
「そして、新たに皇帝を自称する者が現れた時には、彼に立ってもらうことになるでしょう」
捕らえている皇帝を担ぎ上げるつもりか!?
「失礼ですが、勝算はあるのですかな?」
「予定している策がすべて最上級の形で成れば、十分に勝機はあります」
「……分かりました。いざというときはその一手となることを誓いましょう」
「ありがとうございます。こんな素晴らしい協力が得られるとは思ってもみませんでした」
白々しい。もしも断ろうとすれば、小悪党の件を持ち出してくるつもりだったくせに。
全くもって面倒なことに巻き込まれてしまったものだ。この間に、魔王へと直接ちょっかいをかけようとする愚か者が現れないことを願うばかりである。
「それでは、あなたの考えている策とやらをすべて話してもらいましょうか」
「もちろんです。そのために人払いをして待っていたのですから」
本当に食えない男だ。現実味がありすぎるというのも問題だなと、自分のプレイスタイルを棚に上げつつ、私はそんなことを考えていた。
こちら側の動きその二。
この人たちは暗躍と言っても問題ないかもしれないですね。




