66 内部交渉
「無理を言っていることは重々承知しているが、どうか呑んで頂きたい」
会議用の大きな机を挟んで座る者たちに向けて、私は深々と頭を下げた。
帝国軍を撃退した翌日、ナウキの議事堂の一角にある会議室では、捕虜となった者たちの身柄をどうするのか、ということが話し合われていた。
その中で私は、例の高司祭を『神殿騎士団』の預かりにしてもらえるように交渉しているのである。
「テナ様、頭を上げてください。神殿騎士の皆さまには祭りの最中から、あの戦いまで、各方面でご協力頂きました。その御恩に報いることができるのであれば、そのくらいは無理でも何でもありませんよ。それに、私たちでは彼の御方のお世話は手に余るでしょうから」
そう返してきたのは市長のウッケン氏だった。ふむ、ナウキとしてもあのメタボを厄介払いできるのであればそれに越したことはない、ということか。さりげなくこれで今までの借りはなしだ、と言ってくる辺りなかなかに抜け目がない。
ちなみに『テナ』というのは私の名前ではなく、『神殿騎士団』の代表として交渉に臨む者に対する尊称のようなものだ。神殿騎士、すなわちテンプル・ナイトで『テナ』という安直なものである。
「反対です!仮にも相手は高司祭。ここは我々『神殿』が御身を引き受けるべきでしょう!」
大筋の合意はできたと思われたところに横槍を入れてきたのは、『神殿』からナウキに派遣されている司祭だった。
まさかこのタイミングで口を出してくるとは……。あの高司祭と繋がっている、と自白したようなものだということに理解しているのだろうか。
「あなたの言い分は至極もっとも、と言いたいところですが、それはできませんな」
「なんだと!?」
「彼は、戦場へと出てきていた。それは『神殿』の定める、特定の国や組織に必要以上に与してはならないという教義に反するものだ。」
それは『神殿』の中立性を損ない、権威を失墜させることにも繋がりかねない重大な違反である。そして、違反者への審問、処罰を行うのは『神殿騎士団』の役目なのである。
このような内部監査の役割を持っていることからも分かるように、『神殿騎士団』は単純に『神殿』の下部組織という訳ではない。正確なことを言うと、最高指導者である『代弁者』の直属の機関であり、神殿騎士団の長ともなると司教と同じかそれ以上の力を持つ。
この辺りのことは一般に公表こそされていないが、それなりの地位にある者には当然のように知られていることである。
「わ、我らの持つ回復魔法を目当てに、力づくで従軍させられていたのかもしれないではないか!」
「それならばもっと抗った痕跡が残っているはずだ。彼を捕らえたのは私だが、縄をかけられてもいなければ、口を塞がれてもいなかった。無理矢理というには待遇が良過ぎていた」
「そ、それは懐柔しようと――」
「宝石や何やらが贈られたとでも?清貧であることを強要はしていないが、華美に過ぎないようにというのが『神殿』の基本理念のはずだ。彼が身に纏っていたこれは華美に過ぎたものだと思われるのだが、どうだろうか?」
メタボが着ていた宝石や金糸銀糸で彩られた外套を机の上に放り投げると、周囲からは一様に険しい視線が注がれた。
「そういえば、今、司祭殿がお召しになっているその服も、かなり手の込んだ作りのようですなあ」
私に便乗してチクリと言ったのは商業組合の会長だった。日頃寄付を要求される仕返しといったところか。
しかし、そう言われても仕方がない。司祭が身に着けていたのは宝石こそないものの、大量の金糸や銀糸で飾りつけられていたからだ。
「こ、これはですな……」
「ふむ。孤児院への補助金の件もありますから、近い内に詳しい話を聞かせて頂きましょうか」
「も、申し訳ありませんが、急用を思い出したのでこれにて失礼いたします!」
副市長の言葉が止めとなり、司祭は文字通り逃げ出して行った。
「やれやれ。仮にも『神殿』の名代が相手なので、慎重に事を進めていたのですが……。こんなに簡単に尻尾を出すとは思いもよりませんでした。それでは私も急用ができてしまいましたので、失礼させて頂きます。テナ様、少々絞らせてもらいますがお許しいただけますでしょうか?」
「最終的に身柄をこちらに引き渡してもらえるのであれば、問題ありませんな」
それでも吸い上げた分には及ばない可能性が高いだろう。場合によっては『神殿騎士団』で補填をする必要があるかもしれない。
酷薄そうな笑みを浮かべながら去っていく副市長の姿を、数人が青い顔をして見送っていた。
「テナ様。ご協力ありがとうございます」
「いえ。身内の恥をさらすようで、まったくもって情けないことです。あのようなものを代表として派遣してしまい、申し訳ありません」
居並ぶ者たちに再度頭を下げる。
「先ほども言いましたが、テナ様を始め神殿騎士の皆さまには感謝しているのです。しかし、そうですな。もしも負い目に感じるというのであれば、『神殿騎士団』の名で、今回の一件のことを世に知らしめてもらいたいのですが」
このウッケンという男、図太いというか抜け目がないというか。帝国のど真ん中で自治区を切り盛りしているのは伊達ではないということなのだろう。
「このナウキが一方的に批判にさらされることがないように手を尽くすことを約束します。それと、皇帝たちから話を聞く際には審問に長けた者を同行させましょう。帝国は白を切るでしょうが、少なくとも世間を敵に回すことはなくなるはずです」
同時に情報を小出しにされたり、ナウキから捨て石にされたりという危険性も激減するだろう。それを分かった上で、ウッケンは大袈裟に感動してみせた。
「おお!それはありがたい!ぜひお願い致します」
まるで狐と狸の化かし合いだな。利がある間はしっかりと利用させてもらうとしよう。
まあ、そうは言いながらも、プレイヤーたちの一大拠点であるナウキと敵対する気はさらさらないのではあるが。
「話をまとめますと、捕らえた高司祭の身柄を『神殿騎士団』へとお渡しする代わりに、我々が皇帝たちを審問する際には同行して頂く、ということでよろしいですか?」
「結構です。これからも協力して帝国に立ち向かって参りましょう」
こうして、『神殿騎士団』は正式にナウキと協力して、帝国に対することになるのだった。
これまで数々の潜入捜査を成功させているという実績もあり、彼にはかなり大きな権限が与えられています。
なので、こんな同盟の真似事のようなこともできてしまうのでした。




