63 東門外の戦い 下
メタボの懐を漁ると、例の魔道具らしきものはすぐに見つかった。これで逃げられる心配はない。
男のHPを見てみると……、残り三割ほどまで減っていた。想定以上の貧弱さだ。危なく魔道具が自動発動して逃げられてしまうところだった。
そしてこの魔道具は、男の身柄を我々『神殿騎士団』預かりにするための交渉の際には役に立ちそうだ。ナウキの連中に差し出すのは少々惜しいが、魔王の情報が拡散することは避けるべきだ。
それでは縄をかけて縛るとするか。魔法を使われないように口にも縄をかけ、目も特殊な布で巻いて見えないようにする。これで誰も喜ばないボンレスハムの完成だ。
まあ、ぶくぶくと肥え太っているから魔物なら喜ぶかもしれないな。それと身に付けた服や装飾品は、売ればかなりの額になりそうだ。イリーガルなプレイヤーやNPCにも美味しい存在かもしれない。
そうこうしている間に、帝国兵は一人残らず倒されていた。最初はどうなることかと思ったが、終わってみれば一人の脱落者も出ない完勝だったな。
経験が少ないだけで、皆なかなかに優秀だった。ギルドに所属していないのであれば『神殿騎士団』にスカウトするのも良いかもしれない。同僚たちもそう思っているのか、誰に声をかけるべきか真剣に見定めていた。
そんな折、私を始めとしたこの場にいるプレイヤー全員にインフォメーションが届いた。
〈東門攻防戦限定イベント『堕ちた聖職者』を見事捕縛しました。おめでとうございます。参加プレイヤーには後日ボーナスが支給されます〉
「な、なんだってーーーーーー!!!?」
私を除くプレイヤーたちが一斉に叫ぶ。その声が木々に反響して非常にやかましい。同僚たちはそのうるささに顔をしかめている者と、何が起きているのか分からず眉をひそめている者の二種類に分かれていた。
「皆、落ち着け」
「落ち着けって言われても、落ち着けるものじゃないですよ!むしろ師匠は何でそんなに落ち着いているんですか!?」
誰が師匠か。まあ、いい。名前を明かせない――今後の潜入に支障が出る可能性がある――ため、好きに呼べと言ったのは私の方だからな。
「慣れだな。あー、悪いが皆を落ち着かせている間、周囲の警戒を頼む」
NPCである同僚たちにそれらしい用件を言いつけて距離を取ると、私はプレイヤーたちを集めて小声で話し始めた。
「至るところに隠しクエストを潜ませているような運営だから、イベント中にさらにイベントを重ねてきても不思議はないとは思っている」
「あー、ここの運営なら嬉々としてやってそうっすね」
揃いも揃ってげんなりした顔つきになっていた。過去に隠しクエスト関連で酷い目にあったことがあるのかもしれない。
もっとも一番の被害者は、隠しクエストについて調べていたが、結局さじを投げることになった検証チームだろう。
「でも師匠、それってある意味、諦めの境地ですよね?」
「せめて字面良く悟りの境地と言ってくれ。それはともかく、イベントの内容も理解できるものだった。あの男の被っている帽子を見てくれ。あそこに描かれている紋章は『神殿』を示すもので、更に男の身分である高司祭を現している。あの派手な服装にあの体型だ、恐らくモーン帝国で贅沢三昧をしていたんだろう」
「なるほど。だから『堕ちた聖職者』ですか……。でも、どうして師匠が縛った時にはインフォが流れなかったんでしょうか?」
「推測と言うか、私の予想に過ぎないものだが、達成条件に絶対に逃げられない状況を作ること、とかそういった意味合いの物があったのではないかと思っている。奴の周囲数十メートル以内に例の魔道具がなくなること、だったのかもしれないな」
当たらずしも遠からず、と言ったところではないだろうか。
「そういう訳だから、ボーナスはこの作戦に参加した全員に与えられるべきものだ。遠慮することなく受け取っておけ」
そう言うと、完全には納得ができないものの、皆一応頷いてくれた。やはり限定イベントに対しては、自分たちは何もしていないという思いが強かったようだ。
しかし、私が奴を捕まえられたのは偶然の要素も強い。場合によっては同僚の誰かが直接の功労者となっていただろう。
まあ、彼らの謙虚な一面を見ることができたのは良かったと言える。神殿騎士になると、他のプレイヤーとは比べ物にならないほどの権力を持つことになる。中にはそうした力の誘惑に耐えきれなくなる者も出てくる。
育て方次第という部分はあるが、彼らにはその誘惑に打ち勝つための下地はあるように思えた。
「周囲に怪しい気配はない。この男以外は全て倒しきったようだ」
丁度いいタイミングで――実際は、機会を伺っていたのだろうが――同僚たちが戻ってきた。
ふむ。防衛戦イベント完了のインフォメーションは流れてこないということは、別の門ではまだ戦いが続いている、ということなのだろう。
実は何かの手違いがあったらしく、我々東門の外で戦っていた者の中には、他のグループに連絡が取れる者、つまりはフレンド登録をしている者が一人もいなかった。
その分、私を始め数名の神殿騎士が割り振られることになったのである。そうした事情もあって、我々は残る三門での戦闘の状況を全く知らない。
「手助けが必要なところがあるのかもしれないな」
反対に我々が勝利したことも伝えなくてはいけない。広場には連絡係がいたはずなので、色々と聞くことができるはずだ。
加えて、帝国軍の広場への侵入が敗北条件なので、もしも残存兵がいたとしても水際で対処できるだろう。
「一旦、東地区の広場に戻っておくべきだな」
「え?街の外を回って南門か北門にいる敵を攻撃しに行かないんすか?」
「それも一つの策ではあるが、我々には他のグループの状況を知る方法がない。情報がない状態で動いてしまうと、かえって邪魔になることもある。それに戦闘が終わっていた場合、文字通り無駄足になってしまう」
「邪魔になるくらいならまだいいが、こちらは助けに行ったつもりでも、向こうからすれば獲物を横取りされたと感じるかもしれない。我らは既に自分たちの果たすべき役割を果たしている。欲を出すと、思わぬ失敗に繋がるかもしれないのだ」
私の言葉に続いて、同僚の一人が説明を加える。作戦に参加する人数が多くなるほど、情報の共有が重要になってくる。
私たちプレイヤーにはフレンドへのメール機能という反則的な能力があるのだから、それを最大限利用すべきだ。
なにやら尊敬のまなざしを向けてくるプレイヤー一同と共に、私は東地区の広場へと向かったのだった。
分からない人はいないと思いますが、前回と今回は、魔王のところに潜入しているあの人の視点でお送りしました。




