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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
1 『アイなき世界』の人々
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4 一般市民の憂鬱

「よお、居るかい?」


 そう言って俺の店『道具屋エナム』入ってきたのは、通りを挟んで斜向はすむかいで小物商を営んでいるアルコースだった。

 ちなみに初対面の相手に必ずやる「アルコールじゃないぜ」というネタが不評なことに気付いていない残念なやつでもある。


「おう、こっちだ。だけど夕課の鐘が鳴ったばかりだぞ。店を放っておいても平気なのか?」


 カウンターを出ながら返事をする。

 時計自体は普及していても、街の暮らしは神殿の鐘に合わせていることが多い。

 六時の早朝課で目覚めて、九時の朝課から仕事を始める。十二時の昼課で休憩した後、十八時の夕課までもうひと頑張り、といった具合だ。


 だからいくら斜向かいとはいえ、仕事を切り上げてからやって来るには早過ぎる時間帯だった。

 実際俺の方はやっと売り上げの計算を終えたところで、まだ在庫の確認などの仕事が残っている。


「うちはお前の店とは違って冒険者が来る頻度は少ないからな。事務作業も仕事の合間にちゃちゃっと終わらせられるのさ」


 そんなことを言っているが、こいつの作るアクセサリーは女性冒険者の間でなかなかに人気がある。

 アルコースの店よりも冒険者の来客が多いのは、回復薬などの消耗品を取り扱っているうちのような店か、武器屋、防具屋くらいなものだろう。


 ああ、酒場は別だ。

 酒好きのドワーフたちが呆れるほどに飲む連中も多いからな。冗談ではなく酒場を根城にして寝泊まりしているやつもいるほどだ。

 以前回復薬を買いに来た中年の冒険者なんて、「俺の血は酒でできているから、普通の回復薬では効かないかもしれない」とかぬかしやがった。

 もちろん「スライムに酒を吸われてから出直してこい!」って言って追い返してやったよ。


 余計なことを考えている間にアルコースが近くまでやって来ていた。

 その顔はいつになく真剣だ。


「悪いがこの後ちょっと付き合ってくれないか」


 当たり前だが告白などではない。

 俺もアルコースも妻帯者だ。妻から何の話も聞いていないので、アルコースの嫁さんが浮気をした、とかいう相談でもなさそうだ。

 そうすると、あの一件しかないだろうな。


「分かった。ロディーナの店で構わないか?」

「ああ。あいつの意見も聞きたいところだからな」


 さて、そういうことであれば急いで終わらせることにしよう。


「遅くなるかもしれないから、先に寝ていてくれ」


 そしてきっちり十五分で在庫確認を終えると、妻にそう言い残して店を出る。

 仕事を終えて家に帰る人たちで通りはごった返していた。


「知ってるか?地上ではこのくらいの時間になると、空が真っ赤に染まっているらしいぞ」


 アルコースが自慢げに空を指差して語り始めた。

 つられて空を見上げてみると、いつもと変わらない薄ぼんやりと輝く光が一面に広がっていた。


「どうした?今度は地上について調べているのか?」


 アクセサリー作りのヒントにするために、こいつは色々なことを調べている。そういえば嫁さんと知り合ったのも図書館だと言っていたな。


「まあな。でもこの街じゃあ碌な情報は手に入らなかったよ」

「冒険者に聞いてみるにしても、サウノーリカ大洞掘に行けるような凄腕の冒険者なら間違いなく帝都を本拠地にしているだろうしなあ」


 サウノーリカ大洞掘には、現状ただ一つの地上に続く道があるとされている。

 しかしそこは地上からやってきた『ミュータント』と呼ばれる怪物たちが跋扈ばっこする恐ろしい場所でもあるそうだ。


 数百年前に突然『ミュータント』たちに襲われて以来、サウノーリカに通じる道は封鎖されてしまっている。

 現在そこに行くことができるのは『神殿』か『賢人の集い』に認められた、上級の前に超の字が付いた一流の冒険者たちだけであると言われている。

 そしてそうした腕の良い冒険者たちは、様々な依頼がある帝都のような大都市に集中していたりするのだった。


 二人して駄弁だべりながら歩くこと三分、目的の『ロディーナ食堂』に到着する。


「いらっしゃーい!」


 客たちの喧騒に負けない大きな声で看板娘のサラサの声が店内に響く。

 彼女は新しくやってきたのが俺たちだと分かるとニコリと一つ笑顔を残して、山積みになった皿を抱えて奥へと引っ込んでいった。

 料理を作っているロディーナに俺たちのことを伝えに行ったのだろう。

 客と思われていないような気がしないでもないが、まあ、いつものことだ。


「座るか」

「そうだな」


 厨房が見えるカウンター席に並んで座る。

 ついでに「水貰うぞー」と声をかけて、水差しとコップを確保する。


「何だかいつもより騒がしい気がするな」

「そうなんですよ。どうも皆どこかで一杯飲んでからうちにやってきたみたいで……」


 アルコースの呟きにサラサが答える。

 言われてみれば酒類を提供していないはずの店内にアルコール臭が漂っているように感じられる。


「大丈夫かサラサちゃん?お尻触られたりしてないか?」

「アルコースさんじゃないんですから、そんなことしてくる人なんていませんよ」


 笑って返しているが危うい場面があったのだろう、その柳眉が八の字を描いていた。


「そうそう。ロディーナの店でそんな命知らずなことをする輩はいないさ」


 余りこういったセクハラめいた会話を続けるものではないな。そう思った俺は軽く流すことにした。

 が、


「言ってくれるわね。あんたのご飯は堅パンだけに決定ね」


 いつの間にやって来ていたのか店主であり、厨房の主でもあるロディーナに聞かれてしまっていたようだ。


「そんな!?せめてスープくらいは付けてくれ!」


 堅パンというのは冒険者たちが非常食として持っていく堅く焼きしめたパンのことだ。

 雑穀から作られているので栄養価は高いのだが、いかんせん堅い。

 堅過ぎる。

 砕いてスープやシチューに入れるしかまともに食べる方法がない、と言われているくらいだ。

 最終手段として水でふやかすという手がないではないのだが、とてつもなく不味い。


「冗談よ。注文は日替わり定食でいいわね。すぐに作って来るから少し待っていて」


 厨房へと引っ込む彼女の後姿を見てホッと息を吐く。


「あはは。エナムさん、大袈裟ですよ」


 辛うじて当初の目的だけは果たせたようだ。

 俺の必死な様子を見たサラサはいつもの明るい笑顔に戻っていた。


「まあ、要するに普段飲み慣れていないやつまで酒を飲んでいるってことだよな」


 他の客に呼ばれてサラサがいなくなるのを見計らってアルコースが口を開いた。


「それだけ皆、不安に思っているってことさ」

「そうだな。いきなり〈魔王誕生〉なんて聞かされたら、どうしていいか分からなくなるよな」


 やはり用件は魔王誕生そのことだったか。


 事の起こったのは二日前の昼のことだった。

 突然〈魔王が誕生した〉という天の声が世界中に響き渡ったのだ。


「しかもその報告だけときたもんだ。どこにいてどんな格好なのか、ついでにどういう目的なのかも全く不明。何のための天の声だったのかさっぱりだ」

「バカ正直に何も知らないって発表した『神殿』の対応も問題だったな。せめて「勇者たちよ、今こそ力を合わせて魔王を討つのだ」くらい言ってくれれば俺たち一般人は安心できるっていうのに」


 不安を煽るばかりの神様にその真意を測りかねている『神殿』、各国の王や指導者たちはどうしていいのか分からずに日和見状態だ。

 となれば酒に逃げる人が出ても何もおかしくはない。


「辛気臭い顔で何を話しているのかと思えば……。私らが頭ひねって何とかなる問題じゃあないんだから、ご飯食べて元気だしなよ!」


 ロディーナの声がしたと思ったら、ドンと音を立てて大盛りの定食が置かれた。


「おいおい、大盛りなんて頼んでないぞ?」

「サービスだよ。暗い顔した常連で幼馴染への、ね」


 そう言って笑う彼女は、思わす見惚れてしまいそうなくらい綺麗だった。


「食うか」

「そうだな」


 その笑顔につられて俺たちも笑いあうと、大盛りの定食を攻略しにかかるのだった。


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