538 心を揺さぶられる!?
「わらわのことを無視するなど度し難い罪。その無礼への報いを受け、骨も残らず焼き尽くされるが良いわ!」
いきなり目の前が黒く染まり、全身に熱を感じる。
「きゃあ!?」
その突然の出来事に悲鳴を上げてしまう私とジュンちゃん。
どうやら謎の人物――自己紹介を受けた訳でもないので、あちらの正確な名前は分からないのだ――から攻撃を受けたらしい。覆い尽くすかのように周囲に黒い炎――そうとしか言いようがなかったのよ――が燃え盛っていた。
「……って、あら?」
不自然さに気が付いたのはそんな時のことだった。
前後左右は元より頭の上までも黒炎に取り巻かれていながら、私たちは何不自由なくその場に立ったままだったのだ。
しかもよくよく確認してみれば、HPがかけらも減少していない。
つまり無傷。
見た目重視の範囲攻撃という可能性も考えたが、それでも多少なりとはダメージを受けるはずである。これは明らかに異常事態だ。
「魔王様のせいだね」
「ミロク君の仕業よね」
ジュンちゃんと顔を見合わせて異常の大元を言い当てる。
どう考えてもあの非常識なバフによる影響だろう。まったくこれだから公認チートは。無自覚にとんでもないことをやらかすから困る。
その元凶はというと、何やらやたらと感心したように、周囲の黒煙を眺めていた。
「いやあ、黒い炎とかアニメとかゲームではまあまあ見たことがあったけど、こうやって実際に見ると結構な迫力があるなあ。やっぱりこの見通しの悪さが圧迫感を与えるのかね?……やべえ。封印していたはずの中二な衝動が疼きだしそうだ」
お願いだからその衝動は未来永劫確実に封印しておいてちょうだい。下手に解放されてしまっては本格的に『アイなき世界』が滅びてしまいそうよ。
例え冗談だったとしても、そうできるだけの力が彼にはある分だけ性質が悪くなってしまうのだ。
「黒い炎だけに黒歴史の製造になりかねないから、くれぐれも抑えてね」
「あ、うん。何かそう言われると一気に冷めたわ。でもさっきのは別に上手くはないと思う」
一言多いわよ。だが、魔王様が常識的な思考の持ち主で助かった。
考えてみると何だかおかしな言いようだけれど、そう言う他ないのだから仕方がない。
そういえば、彼の職業はランダムで決まったといっていたわね。もしかすると単に乱数で選ばれるのではなく、プレイヤーの性質や性格を考慮するように設定されているのかもしれない。
しかし、暢気に他事を考えていられるのもそこまでだった。
「くそっ!なんだよこいつ。オレに恨みでもあるっていうのか」
これまで飄々としていたミロク君が、途端に苦し気な様子を見せ始めたからだ。
彼の視線を追っていくと、揺らめく黒い炎の向こう側にちらちらと見えるカルミルとおぼしき人物、その頭上へと行き当たった。
「どうしてオレの中二心を引き出そうとするんだ!」
悲痛な声を上げる彼には悪いが、私たちは心が冷めて半眼になっていくのを止めることができなかった。
攻撃を受けたことで本格的に敵と認識されたのだろう。そこにはHPのゲージと共にこう記されていた。
『悠久に存在せし者』と。
「ああ、まあ、そうね。あの素敵ネームは見る人によっては激しく心を揺さぶられてしまうのかもね……」
ジュンちゃんの台詞も微妙に精彩を欠いているように思える。
ただ、いつまでも物思いにふけってはいられないというのが困ったところでして。
「ミロク君、正気に戻って。というかあれ、あなたの予想通りレイドボスみたいよ」
そう告げた瞬間、レイドボス戦が始まったことを示すインフォメーションが流れた。
同時に、私たちを取り巻いていた黒い炎が薄くなっていく。
「そろそろ黒き炎に魂すらも食らい尽くされたか。今頃はあの世で己の愚かさを悔いていることであろう。ほーほっほっほ!」
随分と長い間残っていたけれど、なるほど。単なる魔法による攻撃ではなくイベントのような扱いだったみたいね。
悠久に存在せし者はすっかり私たちを排除した気になっているようで、ベタベタな高笑いを上げていた。
やがて炎が消えてしまい、彼女の前に無傷の私たちが姿を現すことになる。
「ほーほっほ、……ほお!?そ、そんなバカな!なぜ生きていられるのじゃ!?」
と、ある種定番の台詞を口走っているわね。
高笑いから驚愕への流れは予想できていたとはいえ、思わず吹き出してしまいそうになってしまった。
しかし、いきなりの攻撃だったことから、もしかするとHPが半減するなど不利な状態で戦闘が始まるという演出だったのかもしれない。
まあ、ミロク君のイレギュラーでチートなバフによって私たちは完全どころか普段よりも何倍も強い状態になっている訳だけれど。
「ぐぬぬ……。わらわに逆らうとは生意気な!今度こそ地獄へと叩き落してくれるわ!」
あちらも本気になったようだ。こちらへと一歩踏み出してきた瞬間、その姿が異形のものへと変化していく。
縦横ともに体格が大きくなり、それに伴い着ていた貴族的な豪華な服が千切れて代わりに妖艶な衣装がその下から出現した。
「戦隊モノとかでお色気担当の悪の女幹部みたいな格好だな」
うん。お色気担当なんて言葉が出てくるあたり、ミロク君もやっぱり男の子よね。しかしながらその指摘は言い得て妙で、的確にその存在を表しているように思えた。
ちなみに、種族はこれまた予想していた通りヴァンパイアだった。体格が良くなったことで、オーガのように思えてしまったことは秘密です。
つまりラーラさんは生け贄というか眷属化というか、ともかく美味しくいただかれてしまう直前の大ピンチだったもよう。
いや、目覚める気配もなく横たえられたままなので、既に吸血されてスレイブ化が始まっている可能性もある。早急に戦いを終わらせて診察と治療行うべきだろう。
「戦闘でのミロク君のスタンスは?」
「基本は二人のフォローかな。明らかにやばそうな攻撃は止めるけど、基本的にはもしもの時の保険、くらいに思っておいて欲しいかな」
彼が本格的に参戦してしまうと、まともな戦いにならない確率が大なので、無難な選択でしょうね。
当然、攻撃面も私たち二人が中心になるということだから、そのつもりでいないと。
ちなみに……、これは後から分かったことなのだが、この悠久に存在せし者は名前の通りといいますか、本当に太古の昔から生き続けてきたという設定になっているらしく、遡ること地上時代からルーマ国の前身となる地域や人々を支配していたのだという。
いやはや、無駄に壮大なスケールなことで。




