532 (準備のための)行動開始
「イベント進行のためのトリガーは引かれてしまっているわよね……」
レッサーヴァンパイアと本格的に戦闘を開始するにあたって、援軍と同時に逃げられないよう冒険者協会の建物の周囲に人を配置してもらった。
これだけ大掛かりな動きをしてしまった以上、敵方は少なくとも自分たちの計画に支障が出ていることに気が付いていることだろう。
「多分ね。そして『アイなき世界』も最近のゲームの御多分に漏れずに妙に現実的な描写や展開を追及している部分があるから、のんびりはしていられないはず」
「かといって、このまま何の準備せずに突っ込んでも勝てる見込みはない、か……」
こういう時には特定の人物に話しかけるだとか、特定の場所に移動するといったイベント進行のためのフラグを立てない限りは、どれだけ時間をかけて何をしても問題なかった一昔前のゲームが羨ましくなるわね。
ともかく、限られた時間でできる限りの準備をする、もしくは準備をするための時間を稼ぐことが必要になる。
「ジュンちゃん、手持ちの材料でどれくらいの薬を作ることができそう?」
「うーん……、通常時のメイプルさんと私の二人を全回復できる程度かな。ちなみに、残っているのは能力値を上昇させる薬が三個だけよ。ただし上昇幅は元の一割しかないから、ないよりマシでしかないけど」
限られた時間内だけではまともに準備することすらできないことが判明。
「後、ヴァンパイアがいるとなるとスレイブ状態の解除をできる薬が絶対に必要になるはずだけど、そっちは材料からして手持ちがないかな」
「なんてこったい!」
オーウ!と「欧米か!?」と突っ込みが入れられそうな盛大なリアクションをして見せたところ、微妙に冷ややかな視線が返って参りました。
ごめん、悪乗りしちゃったわ。
「素材の入手すら難しい?」
「レシピ公開板で確認する必要はあるけど、多分、一般的な店売り品で作ることはできたと思う」
ふむ。ということは製作自体はできるということになりそうね。
代金に関しては町中にレッサーヴァンパイアが潜入していたことを利用して、冒険者協会の不手際だったとごり押しして支払わせればいいだろう。
もしかすると建物内にある売店でも多少は取り扱っているかもしれない。
これは何がなんでも時間を稼がないといけないわね。
さらに言えば長年にわたりフェイクシャドウによって牛耳られていたこともあって、ワキラの冒険者協会は屋台骨がガタガタになってしまっているので人手も足りていない。
「シプドグ侯爵に協力を求めるしかないかしら」
「あれだけ赤裸々にノースフェル大公一派への批判を口にしていたから信頼はできると思うけど……。本当に頼りになる?」
そこは何とも言えないところではあるわね。同じく新興貴族である彼のゆかいな仲間たちに期待するより他はないだろう。
「最悪私たちがノースフェル大公家に乗り込んで、ラーラさんその他の人たちを助け出せる時間さえ作ってくれればいいと考えるしかなさそうね」
「おいおい!ノースフェル大公家は王家に連なる最有力貴族なんだぞ!?そんなお方の屋敷に突撃するなんて正気かよ!?」
それまで黙って私たちの話を聞いていた――単に理解が追いついていなかった可能性も大だけど――元兵士の彼がいきなり大声を上げる。
まあ、リアルのニポンで例えるなら、皇族のお屋敷にアポなしで突然訪問するようなものだ。しかもこちらはしっかりと強大な権力も持っている。ともすれば物理的にも社会的にもプチっとやられてしまうかもしれないのだから、驚くのも無理はないだろう。
若い子たちに至っては、唖然として目を見開いているか、それとも恐怖でガタガタと震えているかのどちらかだったくらいだ。
「正気よ。そして止まるつもりもないわ」
「そうよね。自分たちがどれだけ下手をうったのかを自覚させてやらないと」
ぱっと見は淡々としているようだが、怒りの波動が漏れ出てしまっているわ。
ラーラさんを人質に取るような真似をしてきた今回の件にはジュンちゃんもかなりご立腹のご様子。
「だが、大公家に喧嘩を売ったらこの国、いや北西地域で生きてはいけないぞ?」
「きっちり叩き潰すから大丈夫よ」
「まったく大丈夫じゃねえ!?」
「というか、それ以外にもう道がないのよ。前支部長がフェイクシャドウだと見破って、なおかつあの魔物たちの大侵攻を打ち破ってしまったのだから」
そう説明するも、これまでの騒動とこの一件が上手く結びつかないのか、首をひねっているNPC冒険者たち。
「あのね、フェイクシャドウとレッサーヴァンパイアという違いはあっても、魔物が町の中に入り込んでいたのよ。そんなことが何の関係もなく立て続けに起こると思う?」
「ま、まさか……!?」
「ノースフェル大公家が全ての黒幕、もしくは極めてそれに近い場所にいるはずよ」
亡くなった当主に代わり大公家を切り盛りしているというカルミルなる人物が、今のところ黒幕の第一候補ね。
現国王の妹ということで国家元首に成り代わるための血筋的にも問題ない。
それに、他にそれらしき人物で名前が出てきている人物はいないし。ほら、推理小説などでも登場人物の中にしか犯人はいないでしょう。それと同じという訳。
一応第二候補としては、彼女の夫で亡くなったとされている元当主が実は生きていて……。という展開も予想してはいるが、確率は低いように思われる。
どちらかと言えば、カルミルが成り上がるための踏み台にされたと考える方がすっきりするような気がするのだ。
「とにかく、時間がないから急いで行動するわよ。ジュンちゃん、スレイブ化解除のための薬のレシピは見つかった?」
「そっちはもう終わっていて、今はそれらの材料で製作できる回復系や能力アップ系のアイテムのピックアップをしているところ」
そう言いながらいくつもの素材や薬が書かれたリストを手渡してくる。
しかもそこに書かれていたのはNPCのお店で一般的に売りに出されている物ばかり、つまり代金さえ支払えばいくらでも買えてしまう物で統一されていた。
まあ、イベント扱いで購入制限が掛かっているかもしれないが、その時はまたその時である。
「さすがね。それじゃあ、あなたたちはこのリストに書かれている物を至急手に入れてきてちょうだい。職員は私が説得しておくから代金はワキラの冒険者協会持ちにしておいて。店の人に何か言われたらレッサーヴァンパイアが侵入していたことを話しても構わないわ。どこでどれだけ被害が出ているかも分からないと言えば、そうそう拒否もできないはずよ」
そう告げると、四人の若者たちは青い顔をしながらも急いで部屋を飛び出して行ったのだった。




