52 ケーキセットと建設中ギルド
みなみちゃんさんから連絡があったのは、そろそろログアウトしようかなと思っていた時だった。
結局今日は狩りに出る気にもなれなくて、一日中街の中をうろうろするだけで終わってしまった。まあ、特にしなくちゃいけないことがある訳でもないから別にいいんだけどね。
おっと、忙しい合間を縫って連絡をしてくれたんだから、待たせちゃ悪いよね。
待ち合わせ場所に指定されていたのはオシャレなカフェだった。だけど実はここ、プレイヤーとNPCが共同で経営しているというちょっと変わったお店でもあるの。
そして変わっているのは経営体制だけでなく、ウェイトレスさんたちもだった。
いや、ウェイトレスさん自身は別になんの問題もないんだよ。可愛い獣人の子――プレイヤーは今のところ人種族しか選択できないので、つまりはNPCね――ばかり集めていて、ケモミミや尻尾を間近で堪能できる、というちょっと怪しいキャッチフレーズで売り込んではいるけれど、お店自体も真っ当なものだし。
変わっているのは彼女たちが着ているその衣装。どこかのお裁縫ギルドと協力して作られたそれは、なんちゃってメイド服だったのだ。
しかもリアルで全国展開しているメイド喫茶の衣装にとっても似ているのだ。だから色々と心配になっちゃうんだよね……。
「いらっしゃいませ!」
「あ、オープンテラスで人と待ち合わせをしているんですけど」
「それではオープンテラスまでご案内させて頂きます」
そんなボクの不心の内を知るはずもなく、ウェイトレスさんが席へと元気に案内してくれる。
こらこら男性諸君、いくらミニスカートや胸元が開いている露出の高い服だからってチラ見し過ぎだよ。そういう視線はバレバレなんだから。
ちなみに、メイド喫茶ならではのあのかけ声――来店時に「お帰りなさいませ」とか言うアレね――は、さすがに理解されなかったみたい。
オープンテラスに出ると、待ち合わせの相手がいる場所はすぐに分かった。男女を問わず、周りに座っている人たちが皆、その人のことを見ていたからだ。
少し気だるげな表情でカップに口を付ける仕草が絵になり過ぎている。思わずボクも見惚れてしまっていた。
そんなボクとは対照的に、イーノをはじめとするテイムモンスターたちは「ふご」「ごっご」「ぴ」「しゃあ」と、それぞれ鳴き声を上げてみなみちゃんさんの所へと向かっていった。
それを見た彼女は、一気に顔をほころばせた。アンニュイな曇り空が一変して、ニポン晴れの晴天になった感じだ。
わっしゃわっしゃとボクのテイムモンスターを撫でまわしている。
「こんにちは。忙しいのに呼び立ててしまってごめんなさい」
「なんのなんの。……んー。やっぱりちょっと疲れている?」
撫でまわす手を止めて、ボクの顔を見ながらみなみちゃんさんが言う。
「え?どうしてですか?」
内心を見透かされたような気がして、つい早口で聞き返していた。
「フミカさんから、昨日リュカリュカがすっごく疲れた顔で帰ってきたっていう話を聞いたのよ。それと、今日はやけにテンションが高かったとも言っていたわ。無理して明るくふるまっているんじゃないかって心配してた」
フミカさんからなら仕方がないか。あの人妙に鋭いところがあるからなあ。
他のNPCでもそうだけど、あの人を見ていると特に『アイなき世界』のNPCたちがコンピュータ上のデータの集合体とは思えなくなってくる。
実は中の人がいる、と言われたら信じてしまいそうだよ。
「昨日ちょっとショックなことがあって、まだ消化しきれていないんです」
そこまで知られているのなら、強がっても無駄だ。むしろ余計な心配をかけることになりかねないので、さっさと白状しておくことにした。
「そう。メールにあった相談したいということにも関わってくる?」
「むしろそれのことです。まずは見てもらいたい動画があるんですけど……。ってここではまずいですよね」
「そうねえ……。それじゃあ、まだ作っている最中だけど、未来の私たちの拠点に行ってみる?」
未来の拠点、ということは……、私たちのギルド!?
そういえばテイマーギルド――そろそろ誰か正式名称を決めようよ……――に入ることにはしたけれど、どこに本拠地となる建物を作っているのかは聞いていなかった。
「行く!行きたいです!」
いたずらっ子のようなお茶目な顔で尋ねてきたみなみちゃんさんに、ボクは身を乗り出すようにして答えた。
「いい返事ね。でも、せっかくお店に入っているのだから、お茶してからにしましょうか」
ボクは近くにいたウェイトレスのお姉さんに、本日のお勧めケーキセットを五つ――ボクとテイムモンスターたちの分です。誰!?ボクが一人で食べるのかって思った人!?――頼んだのだった。
さっき貰った報酬のボーナス分はこれで消えてしまいましたとさ。
「ええと……。隣に随分と見慣れた建物があるんですけど?」
「あるわね」
呆然とするボクに対して、みなみちゃんさんはさも当然のことという態度だ。
いや、まあ、彼女はギルド長になる人だから知っていて当たり前、むしろ知らなければ大問題な訳なのだけど、建設途中の我らがギルドの隣に建っていたのは、ボクたちテイマー御用達のお宿である『聞き耳のウサギ亭』だったのだ。
ぜ、全然知らなかった……。あ、でも、しばらく前から工事の音がしていたような気がしないでもなかったりしちゃったり?
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「だってリュカリュカったら、いつまで経ってもギルドについて詳しいことを尋ねてきてくれないんだもん」
なんと聞けばいつでも答えるつもりだったとのこと。どうして今まで待ちの体勢だったかというと、勧誘の時にちょっと強引に進めてしまったんじゃないかと思っていたからだって。
ボクとしては魅惑のモフモフワールドに惹き付けられてしまった感が強いので、思い返してみると、強引というよりも搦め手的だったかなっていう感じだ。
「全然ギルドの話が出てこないから、興味がないのか、それとも本当は入りたくないんじゃないかってビクビクしていたんだから」
そうだったんだ。大事なことは言葉にして伝えないと分からないものだね。なかなかツーカーにはなれないみたいだ。
というか、頬っぺたをぷくっと膨らませるのは反則です。みなみちゃんさんが可愛過ぎる!
ところで、どうしてこんな場所なのかというと、『聞き耳のウサギ亭』にはずっとお世話になってきたのに、疎遠になってしまうのはさみしいから、だった。テイマーはテイムモンスターだけじゃなく、いろんな人との縁も大切にするのです。
食堂の味にすっかり舌を馴らされていた、というのは内緒。
作りかけの建物の中に入ると、今はお休み中なのか静かなものだった。その内の一角の比較的出来上がっている部屋へと入る。
作業をしてくれている人たちの休憩室も兼ねているのか、テーブルが一つと数脚の椅子が置かれていた。
「それじゃあ、何があったのか教えてくれる?工事が再開しちゃうと、うるさくて話どころじゃなくなるからね」
ボクはみなみちゃんさんと並んで座ると、昨日撮った動画を再生し始めた。




