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この『アイなき世界』で僕らは  作者: 京 高
閑話 運営さんサイドのお話し
45/574

一 魔王誕生秘話

ネタばれを含みます。

最低一章部分に目を通してから、お読みください。

 カツカツカツカツ……。

 規則的な音がアスファルトの路面に響く。

 一人の女性が出社のために町を歩いていた。


 時刻は午後八時。

 すっかり夜の(とばり)が落ちたとはいえ、都会には光源が多い。

 その分明かりが届かない闇もそこここにあるのだが、そういった場所には近づかない、という基本であり究極の対処法を徹底していれば、ある程度の危険からは逃れることができるのであった。


 こんな時間から仕事だというのに、女性の顔には笑みが浮かんでいた。

 彼女が夜型の人間で、夜間の活動を苦にしないということもあるが、それ以上に先ほど朝食(・・)のために立ち寄った店が予想していた以上に良かったためである。


 まあ、客にカップルが多いという欠点はあったのだが。それでも酒に呑まれて周囲の迷惑も考えられずに大騒ぎする連中に比べれば遥かにマシというものだ。

 昼のランチもやっているということなので、機会があればそちらの時間帯でも利用してみたいと彼女に思わせるほど、素晴らしい出来栄えの料理の数々だった。


「ご苦労様です」

「どうも」


 大通り沿いにあるビルの中に入ると、昼夜問わず派遣されている警備会社の職員と挨拶を交わす。

 ほんの一言だが、そこには温かさと喜びが滲んでいた。彼らもまた人間なのだ。

 他人との関係が希薄になっている現代の風潮に則っているとはいえ、建物の備品であるかのように不干渉を決め込む者や、道具かなにかのように蔑む者が多過ぎる。


 自分たちの仕事がそんな人同士の関係性を修復して、今の風潮を変える一助になれれば。

 エレベーターの中で壮大な空想にふけるのだった。


 チン。と甲高い音がして目的の階への到着を知らせる。

 降りてすぐの場所にいる警備の者に身分証を提示する。


「はい。お通り下さい」

「いつも御苦労さま」


 建物の入り口にいた人は違って、こちらは身内の警備部門の者だ。区別するべきではないとは分かっていても、若干口調が柔らかくなっていた。

 扉の脇にある機械に暗証番号を打ち込んでカードを通す。


 ブー。

 エラー音が鳴り響く。


「あら?」

「ああ、申し訳ない。今日から番号が変わっていたんでした」


 先ほどの警備の男性が急いでやって来た。


「え?……あ!今日は水曜日だっけ!」


 面倒なことにこの暗証番号は毎週変更されているのだ。

 しかも五回以上間違えると、以降一回につき五百円が給料から天引きされるようになっている。

 ちなみに一日の出入りが多い者の方がこの天引き発生の割合が高いと思われがちだが、実際には一度中に入ったら就業時間まで出てこない者の方が多く発生している。

 しかし、出入りの回数が少ない分、天引きされる金額はごくわずかに納まっているので、今のところこのシステムが廃止される予定はない。


「伝え忘れたこちらのミスでもありますから、今回はカウントしないようにしておきますよ」

「先々週はリーチがかかっちゃったから、助かります」


 ホッと息を吐く。彼女は出入りの少ないタイプであり、天引きされたこと自体はないものの、毎週数回は間違えてしまっているのだった。

 余談だが、親友でもある同僚はこの常習者であり、一月で最大八千円の天引きを受けたこともある。


 正しい暗証番号を打ち込んで扉を開ける。

 その先にある小部屋で指紋と網膜の認証を経て、再度暗証番号を打ち込む。

 バカバカしいと思えるほどのセキュリティの数々を通り抜けてやっとのことで仕事場へと辿り着いた。

 導入当初は鬱陶しい、面倒くさいと非難轟々だったが、いつの間にか皆慣れてしまったらしい。


「お疲れさまでーす」

「あはははは!ははは!っはは……!だ、ダメ。お腹痛い……!」


 挨拶しながら部屋に入ると、モニターの前で大笑いしている女性がいた。いや、その女性しかいなかった。

 いくらフレックスタイム制度を導入しているからといっても、こんな時間に働く、またはこんな時間から働く者はまずいないのである。


「……一人で大笑いしているとか、ちょっと怖いわよ」

「はあ、はあ。ああ、可笑しい。おはよー。出社して早々の酷い言葉は聞かなかったことにしてあげるわ」

「はいはい。それで、一体何を見ていたの?」

「ん?これ」


 椅子をずらしてモニターの前を開けくれた。

 そこに映し出されていたのは、


『ふぅざけんなうんえいいいぃぃぃ!!!!』


 と彼女たち(・・・・)への呪詛の言葉を叫びながら、必死になって逃げるあるプレイヤーの姿だった。その背後には男性の数十倍の体積を誇るであろう何かが跳びはねていた。


「これ、もしかしてヒュージロックフロッグスライム?」


 同僚の一人が洒落っ気と茶目っ気を全開にして作り上げた逸品で、先月の社内コンペで見事『今月のおバカモンスター大賞』に輝き、実装が決まった魔物だ。


「そそ。プレイヤーの反応を見るために、ちょっと先行で使わせてもらったの」


 ニヤリと笑った女性は再びモニターへと視線を戻した。モニターの中では相変わらずプレイヤーとヒュージロックフロッグスライムの追い駆けっこが続いていた。


「あら?このプレイヤーってグドラク君じゃない」


 目を凝らすと、プレイヤーの頭上には『グドラク』というキャラクターネームが表示されていた。そしてその横には『魔王スキムミルク』とも書かれていた。


 一般プレイヤーからは見ることのできないはずのそれがなぜ見えているのか?


 それはマスター権限を用いた監視用モニターだからである。


 そう、彼女たちのいるこの場所こそ『アンダー ジ アース オンライン(Under the Earth On-line)』、通称『アイなき世界』の開発・運営を行っている『ライブラハンズ』の本社兼開発室なのである。

 ちなみにサーバーや二十四時間体制でゲーム内を監視している管理部などは別の場所に置かれている。


「あははは!見てよこの顔。我が弟ながらいいリアクションしてくれているわ」

「あんまりいじめちゃ可哀想よ」

「なに言ってるの!姉をバカにしたんだから、その償いはしっかりとしてもらわないといけないわ!」


 くわっと目を見開き、わなわなと震える女性。

 どうやらグドラクは触れてはいけないことに触れてしまっていたようだ。


「だからと言って記念イベント用に作られた魔王変身パッチを勝手に改造して、本当の魔王にしていいことにはならないわよ」


 お陰で開発部だけでなく、会社全体が大騒ぎになったのだ。


「う……!迷惑をかけたのは悪かったと思っているわよ。それにそのことは社長からもこってり絞られたし、お詫びの飲み会でチャラになったはずじゃない!」


 いくら社員全員分の飲み代を肩代わりしたとはいえ、普通ならそれで許されるものではない。解雇にならなかったのは彼女がそれだけの力量を持つが故のことである。


「はいはい。とにかく、やり過ぎないようにね」

「分かったわよぅ……」


 ふてくされる女性に苦笑いを噛み殺しながら自分の席へと戻る。

 そして事の始まりとなった、ある一言を思い出していた。


「姉ちゃん、仕事もいいけど、もう少ししゃんとしないと彼氏もできないぞ」


 仕事上がりで家のソファでごろりと横になっていた姉に、弟であるグドラクのプレイヤーがそう言ったのだそうだ。

 確かにそんなことを言われたら、自分だって怒り狂うと思う。

 彼の受難はまだまだ続くことだろう。口は災いの元だ、と思いながら彼女は仕事を始めるのだった。


グドラク君がなぜ魔王にされてしまったのか?

その答えがこれでした。本当、口は災いのもとですね……。

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