36 魔族の故郷
ああ、頭痛が痛い……。
おかしなニポン語であることは分かっているが、その時のオレはまさにそんな状態だった。
「ええと……、もう一度言ってくれないか?」
「ですから、このままのペースでいくと二週間後には食料が尽きます」
「昨日、田畑が荒らされないように結界を施して回ったじゃないか!?」
「ですから、それを収穫できるようになるのはもう少し先、具体的には早いところで三週間先になります」
要するに、現状一週間分の食料が足りないということだった。
「えっと、魔族は色々な能力が高いから、いざとなれば一週間くらい何も食べなくても平気ということは――」
「ありません。むしろ高い能力を維持するためか、他の種族よりもたくさん食べる者が多いです」
燃費が悪い方だったか!
「狩りをして食い繋ぐことはできないのか?」
「既に移住希望の者を含めて、狩りの得意な者たちには動いてもらっていますが、千を超える人数を食べさせていくとなると、獲物となる魔物が死に絶える恐れがあります」
そうなると、生態系にどんな影響が出るか分からないという。
餌を求めて肉食系の大型の魔物が町を襲う可能性もあれば、イナゴのような作物を食い荒らす魔物が大量発生してしまう可能性もある。
「外部から食べ物を手に入れるしかないか……」
「お言葉ですが、マスター。私たちにはそのための商品というべき物がありません」
他の種族からの迫害から逃れてこのサウノーリカ大洞掘へとやってきた魔族たちは、当然のように外部との交易などは行っていない。
そのためお金はもちろんのこと、商品になる物もないと思っているようなのだ。
「大丈夫、食料を仕入れるための代価となるものには当てがある」
代価は別に物である必要はない。そして取引を行う相手はこの世界の人々、つまりはNPCでなくてはいけない訳ではない。
オレはプレイヤーを相手に、ある情報と引き換えに食料を確保しようと考えたのだった。
そのためにはいくつか確認しなくてはいけないことがある。
「アリィ、魔族たちに米などの生産方法や、ミソなどの作り方が伝わったのはいつのことだ?」
「サウノーリカ大洞窟へと逃げてくる前のことになりますね」
「その、元いた場所というのは分かるか?」
「大まかな位置で構わないのであれば分かりますが?」
「よし!今すぐ行くぞ」
と、オレたちが『転移』の魔法で飛んだ先はロピア大洞掘だった。
だったのだけれど、
「よりにもよって聖地ホルリアかよ……」
聖地ホルリアは『神殿』の総本山のある場所だ。
モーン帝国がそのほとんどを支配するがあるラジア大洞掘――『始まりの地』である古都ナウキがあるのもこの大洞掘だ――とは異なり、ロピア大洞掘は小・中規模の国が乱立している。
そうした国々よりも強い力を持っているのが『神殿』である。ホルリアはいわばそのお膝元に当たる町なのだ。
余談だけど、『神殿騎士団』が超国家的な治安維持組織として活動しているのは、こうしたロピア大洞窟の社会状況に由来するものだったりする。
「だけど裏話を聞いたせいか、なんとなく納得できるものがあるな」
各種能力の高い魔族は、遺伝子操作によって生み出された者たちの中では神々に次ぐ存在ともいえる。彼らへの迫害は危機感を感じた神々が行わせたものだったのかもしれない。
あくまでオレの勝手な推測だけど、それほど大きく外れてはいないのではないかと思う。異なっているとすれば、誰が首謀者だったのか、という点くらいだろう。
いずれにしても今の段階で真実を知るのは運営さんだけ、ということには変わりはない。
その内明らかにされるかもしれないので楽しみに待っておくとしよう。
「マスター、ここへは一体何をしに来たのですか?」
理由も言わないまま連れてきたので、アリィは頭上に大量の?を浮かべていた。
「米とかの作り方を教わったのはこちらに住んでいた時だって言っていただろ。だから今でも誰か育てている人がいないかと思ってさ。野性化しているのでもいいんだけど、さすがにそんなうまい話はないだろうしな」
「そういうことだったのですか。しかし、それを買うためのお金などがありませんよ?」
「元から買うつもりはないよ。米やミソ、ショウユの元になる大豆がありさえすればそれでいいんだ」
「そう、なのですか?」
いくら賢いアリィでも、説明していないからオレの意図は分からないみたいだ。
「オレの狙いは、米や大豆の在りかを情報をプレイヤーたちに売りつけることさ」
現在、この『アイなき世界』のプレイヤーはニポン国籍者に限られている。そしてオレがサウノーリカ大洞掘にやって来る以前には、まだ米も大豆も発見されていなかった。
つまり彼らはゲーム内限定ではあるものの、和食に飢えているはずなのだ。
だから具体的な情報があれば、間違いなく高値で売れる。
イグルポックから実物を持ちだすと、そこからサウノーリカ大洞窟や魔族の状況が漏れる可能性があるかもしれない。
『神殿騎士』とかなら、魔法で来歴を調べるくらいできそうだし。
だからできるだけ、プレイヤーが問題なく行き来できる場所にあるのが望ましいのだ。
「確かにワショクは美味しいですが、マスターが言うほど上手くいくとは思えません」
「大丈夫だって!オレを信じろ!」
ものっすごい不安そうな顔ですね、アリィさん。まあ、NPCである彼女にプレイヤーのことを理解しろというのも難しいのかもしれないけれど。
それにしても彼女のオレの扱いが段々と軽くなっているような気がするのだけれど?
出会った当初が懐かしい。
まだ一週間も経っていないはずなんだけどなあ……。
いつまでも愚痴っていても仕方がない。気を取り直して探索を進めよう。
オレはアリィを伴ってホルリアの町へと入っていくことにした。幸い今回は隠密系の技能がしっかりと役目を果たしたので、簡単に中へと入ることができた。
「聖地って言っても、他の町と変わらないな」
「そうですね。強いて言えば聖職者の数が多いくらいでしょうか」
真っ直ぐ商業区へとやってきたせいか、余計にそう感じるのかもしれない。
あ、あっちの青果店で神官らしき人が店主と値下げ交渉をしている。
「お二人さん、旅の人かい?良かったらこの辺りの特産品を見ていかないか?」
キョロキョロとお上りさん丸出しで歩いていると、脇から呼び声がする。
振り返ると人の良さそうな顔をした人物がニコニコと笑顔を浮かべていた。
そして彼の背後には、小麦などの穀物類といっしょに大豆らしきものが山を作っていた。




