35 魔族たちの食糧事情
「困ったな……」
「困りましたね……」
それから三日後、オレとアリィさ、いやアリィはとても弱っていた。
……心の中で言い間違えた時にまで、そんな悲しそうな顔をしないでくれないかな。罪悪感が尋常じゃないんですけど……。
おっと、それはともかく一体何に弱っているのかというと、
「ミロク様、また移住希望者がやってきました」
どこから聞きつけたのか、サウノーリカ大洞掘中から魔王であるオレの庇護下に入れて欲しい、このイグルポックの町に住まわせて欲しいという魔族たちが押し寄せてきたのだ。
うん?ミロクって誰のことかだって?
もちろんオレのことだ。
全員にマスターと呼んでもらう訳にはいかないので、『魔王スキムミルク』の一部を少し変えて『ミロク』と呼んでもらうことにしたのだ。
「今度は何人?」
「三十名ほどです」
「とりあえず空いている広場に案内して。他の連中と喧嘩になってもいけないから、しばらくは余り出歩かないようにも伝えて。従わないなら追い出すって脅してもいいから」
「名前と人数だけは確認しておいて下さいね」
「分かりました」
オレたちの指示を受けて、連絡役の部下――ツキの魔族たちのことね――が走り去る。
「今の三十人を合わせて、総数は何人になったんだ?」
「正確な数は分かりませんが、千名前後ですね」
元々いたツキの魔族たちが百十三人だったから、わずか数日で約十倍に膨れ上がったことになる。
幸い、イグルポックは大きな町――の跡地――だ。手直しは必要だが、空き家は多いので住む場所に困ることはないだろう。
水源も豊富なのか町のあちこちには井戸が掘られているので、水の心配もない。それ以前に、魔族たちはその名の通り魔法が得意なので、生活に必要な水くらいは作り出せるらしい。
同様に身体能力も高い傾向にあるので、最悪粗末な衣服でも生きていく分には支障がないようだ。などといいながら、移住希望者は皆それなりに衣服を持ってきているので当面は気にする必要はないとのことだった。
このように衣と住に関しては問題がなかったが、残る食は大問題だった。
「時季が悪過ぎました。収穫直前で備蓄もない状態なのに、皆で揃ってやって来たようです」
当然、イグルポックもそれに含まれる。いくつかの調味料を用いて保存食も作られているが、当初の十倍を超える人数ともなると、数日から持って半月で尽きてしまうだろう。
「放置された田んぼや畑はどうなっているかな?」
「全てではないと思いますが、魔物に荒らされて多くは絶望的な状況になっているでしょう」
「今すぐに出発するならどうだ?」
「移住希望者の名簿などによれば、一番近い場所でもここから数時間はかかります。しかし実際に収穫できるのはもう少し先のことになりますから、それぞれ数人を常駐させればいくつかは確保できると思われます」
それを頼めるのはツキの魔族たちだけなのだけれど、現在ほとんどの者たちが移住希望者たちの世話に回ってしまっている。
収穫の時は仕方がないとしても、それまでは人を使わずに田畑を守る方法がないものだろうか?
「ん?これって?」
使えるものがないかと取得技能や魔法の一覧を眺めていたら、ある魔法が目に止まった。
「空間魔法『結界』か。なになに、ログアウトが可能なセーフティエリアの一時作成、か……」
これ使えるんじゃないか!?しかもオプションで出入り可能な者を選択できるようになっている。
「どうかなさいましたか?」
「アリィ!これならいけるかもしれない!」
不思議そうな顔をしている彼女に『結界』の魔法の説明をする。
「なるほど、空間魔法ですか。『転移』の魔法も併用すればかなりの数の田畑を守ることができるかもしれませんね。問題はマスターの魔力が持つかどうか、ということになりますが」
「それは試してみないことには分からないな」
「そうですね。ここで悩んでいたところで答えが出る訳でもありませんから。それではすぐに出立なさいますか?」
「ああ」
数人のツキの魔族たちに出かける旨を伝えて、オレとアリィ――「ほとんどの移住希望者の元居住地は確認済みです。私がいれば余計な『転移』をすることなく目的地へ行くことができますから」と押し切られてしまった――は早速近くの集落の畑へと移動していた。
季節のない地下世界ならではだが、稲穂が頭を垂れる田んぼと、天を突くように麦の穂が直立する畑が並んでいる光景は結構シュールなものだった。
「マスター、呆けていないで『結界』の魔法をお願いします」
「あ、はい」
あれ?オレがマスターだよね?
……ま、まあ、いいか。今はそれよりもやらなくちゃいけないことがあるし。
まずは目の前の田畑を覆ってしまえる規模で範囲を選択する。
次にその期間の設定だけど、うーん、一か月もあれば収穫は終わるかな。
最後に魔族の身を出入り可能にして、と。
「空間魔法『結界』発動!」
ちょっとカッコつけてみた。
アリィが冷たい目でこちらを見ている。
グドラクは後悔した!
「規模、持続時間ともに十分なようですね」
何事もなかったかのように進めるアリィさん、素敵ですね。
「それでマスター、これだけ大規模な魔法を使った後ですが、体調に変化はありませんか?」
かと思えば、ちゃんとこちらに気を使ってくれるとか補佐役の鑑だね!
「大丈夫。おかしなところはないよ」
使用したMPもこうやって話している間にどんどん回復している。これなら少しの休憩を入れるだけで続けて魔法をかけていけそうだ。
「それでは次の場所に行きましょう」
アリィに促され、オレは次々に『結界』の魔法をかけていくのだった。
たまに近くにいた運の悪い魔物を倒しながら、田畑に『結界』を施して回る。
全てが終わってイグルポックの町に帰って来たのは、日付が変わろうとする時刻になってのことだった。
『ライトクラウド』のお陰で明るさが変わらないので、ついつい切りのいいところまでと粘ってしまった。そろそろログアウトしないと明日に差し支えてしまう。
「悪いけど、後のことはお願いするよ」
「はい。皆に詳しい説明をしておきます。収穫の段取りも各集落の者を交えて行っておきますので、ご安心ください」
そう言ってアリィは絵になりそうなほどの綺麗な所作で頭を下げる。どこかで作法について学んだことでもあるのかな?
「任せる。それじゃあお休み」
「おやすみなさいませ」
やりきった心地良い疲労に包まれながらログアウトしたオレだったが、実は食糧問題はまだ解決していなかった。
翌日ログインした時にそのことを告げられて「なんですと!?」と叫んだのは言うまでもない。
グドラク君が呼び方を『ミロク』にしたのはミルクに語感が似ていたからと、なんとなくカッコよさげな感じだったからです。
深読みした人がいるかもしれませんが、それだけです。
あ、作者が新しい名前を考えるのが面倒だった、というのもありますね(笑)。




