335 ヘブンまんじゅう
怪しい靄と一体化してズモモモ……、と怪物に変化していく邪神を前にして、ボクは先ほどまで行われていた会話を思い出していた。
「それにしても邪神の今のキレ方は、ちょっと唐突過ぎる気がするんだけど?」
そう、まるで何かからボクたちの視線を逸らさせるような意図があったように思えてきたのだ。
「まあ、あのまま話しているとやつの秘密というか、目的に辿り着いていただろうからな。それを強引に断ち切ったんだろうさ」
油断なく変化していく邪神を見据えたまま、ひょいと肩をすくめるミロク君。なんというか器用な真似をするものだね。
「ちょ、ちょっと二人とも!これから邪神と戦わなくちゃいけないっていうのに、そんなことを気にしている場合!?」
シュレイちゃんが慌てながらもとても真っ当な意見を口にする。
「まあ、ボクたちもそれなりに色々な相手と戦ってきたから」
狂将軍の怨念に始まりシンリンジャーたち。そしてケン・キューカのおじさんの所では……、破壊活動しただけだったかな。
「シュレイ、今から緊張していたのでは身がもたなくなるわよ」
相棒のティンクちゃんからも言われて、シュレイちゃんはプイと顔を背けている。素直じゃないなあ。仕方がないからみんなの押しくらまんじゅうでリラックスさせてあげて。
「な、なによ、あんたたち?」
ちらりと視線を向けただけでボクの考えを察してくれたうちの子たちがわらわらとシュレイちゃんの周りに集まっていく。
そして、
「ふ、ふにゃああああ!?」
モフモフとスベスベとツルツルとプニプニに飲み込まれていった。
「ふっ。これぞ必殺ヘブンまんじゅう。これで落ちない人はいないよ」
「いや、格好つけているところに割り込んですまないが、この後の戦いに間に合うのか?」
あ……。
「み、みんなストップ!?」
急いで止めたのだけど、時すでに遅し。白にゃんこさんはすっかり夢見心地となってしまっておりました。
「や、やり過ぎちゃった?てへり」
可愛く言ってみても、当然誰も誤魔化されてはくれない訳で……。ファルスさんたちを含めて全員から盛大なため息をいただいてしまいました。
ちなみに先輩さんは、いざという時には後方へと下げたファルスさん、ランドルさんの盾になれるような位置に立っていた。決して目立つ場所ではないけれど、重要なポイントをしっかりと押さえた、いぶし銀な動きをしてくれているお人です。
「と、とにかく、シュレイちゃんが戦闘に参加できるようになるまではボクが踏ん張るよ!」
うちの子たちのご主人様としても、そのくらいはやって見せようではないですか!
それと、他人任せのようだから口には出さないけれど、ミロク君がいるからきっと何とかなると思うのだ。むしろミロク君がどうにかできないほどの相手ならば、どれだけ多くのプレイヤーやNPCをかき集めてきたところで絶対に勝ち目はないだろう。
それほどに彼の力というものは突出してしまっているのだ。
なので、邪神の分身体と戦うことになったタクローさんたちや姉御、そしてその他の仲間たちの方が心配なんだよね。
連戦もあり得ると回復アイテムなどの消耗品の類は大量に配布してあるけど、足りているだろうか?
メールが届いたことを知らせる着信音が連続で鳴ったのはそんな時のことだった。
邪神の変身が未だ続いている――長いよね!?――のをいいことに届いたメールへと目を走らせた。
「あはは。心配するなんておこがましかったね」
言葉こそ一人一人違うものの、書かれている内容はどれも似通ったものだった。
要約すると「分身体のことは自分たちに任せて、邪神の本体を思いっきりぶん殴ってやれ!」だって。
ふふふ。こんな風に発破をかけられたら頑張らない訳にはいかないよね!
「お?やる気になっているみたいだけど、何かあったのか?」
「うん。皆から応援を貰った」
「応援?ああ、メールが送られてきたのか。いいなあ……。オレももっといろんなプレイヤーとメールのやり取りとかしてみたい」
そういえばミロク君の場合は成り行き上仕方なくであって、好きでボッチプレイをしていた訳ではないんだよね。
「それじゃあ、落ち着いたら他のプレイヤーと交流してみる?」
「うーん……。いまさら魔族たちを見捨てたり放っておいたりはできないからなあ。とりあえずは、その時の状況次第というところかな」
加えて、本人にその気はなくても傍から見ればミロク君の能力はチートそのものだ。同じプレイヤーだと公表することで、騒ぎ立てる人も出てくるかもしれない。
情報を囲い込むような形にはなるけれど、まずはボクの知り合いで口が堅くて信頼のおける人たちに紹介して様子見をした方がいいかもしれない。
まあ、全てはこの戦いが終わってからの話だ。もうじき始まるであろう激戦に、不安と緊張が高まりそうになるのを、うちの子たちや幸せそうな顔で「ふにゃあ……」と目を回しているシュレイちゃんを見ては散らしていく。
そんなことを繰り返すこと数回、
「ねえ」
「ああ」
ボクとミロク君は顔を見合わせて叫んだ。
「変身、長すぎだよね!?」
「いつまでかかっているんだよ!?」
なんと、邪神の変身はまだ続いていたのだ。
時折靄の中から「グゴゴ……」とか「ガガ……」といった呻き声のようなものが聞こえてくるばかりで、巨大化して怪物じみた輪郭になったまま突っ立っていた。
「これ、攻撃とかできないのかな?」
「どうだろ?マーカーはまだ青のままだから、攻撃全般が無効化されるかもしれない」
言われて確認してみれば、あら不思議。インフォさんからは倒せと言われたはずなのに、NPC扱いのままですわ。
「戦闘が始めると煽っておいて停滞とは……。これは演出なのか?それともバグ?」
先輩さんも思わすといった感じで呟いていたけど、残念ながらその問いに答えられる人間はこの場には一人もいなかった。
「ファルスさん、ランドルさん!邪神から何か感じることとかありませんか?」
同じNPCなら何か分かるのではないかと閃き、半分くらいはダメで元々という気持ちで尋ねてみた。
「強烈な圧力のようなものは感じますが、それ以外は分かりません」
「私も同じだ。邪神から発せられているのは全てを拒否するような威圧感、それのみだ」
なんだかとっても大事なことのような気もするけど、やっぱりよく分からない!?




