32 お約束なトラブル
それはイグルポックの町で月の魔族の一族を配下として迎え入れから二日後のことだった。
「やいやいやいやい!魔王様の名を語るふてえやつはお前だな!」
アリィさんに連れられて町の中を散策していたオレはいきなり喧嘩を売られていた。ちなみに、不逞なやつ、つまり我が儘身勝手なやつ、と言っているようだ。
「また濃いのが出てきたな……」
江戸っ子みたいなべらんめえ口調に、つい思ったことを口に出してしまった。
「てんめぇ……、俺のことをバカにしてやがるのか!」
すると、いきなりブチ切れてしまった。
「お前は納豆のタレが入っている袋か!」
「はあ?何言ってやがる!」
「グドラク様、申し訳ありませんが、今のは私も理解ができませんでした」
ブチ切れ男だけでなく、アリィさんも首を傾げている。
えっと、『こちら側のどこからでも開けられます』だから、『切り口がなくても切れる』よって、『すぐに切れる沸点の低い連中』と言いたかったのだけれど分かり辛かったか……?
まあ、それ以前にリアルでのことだから、理解されなくても仕方がないよな!
「おい、止めろ!いくらどこの馬の骨だか分からないやつだからといって、無暗に喧嘩をふっかけるんじゃない!もしも本当に強かったりしたらどうするんだ!」
いつの間にかブチ切れ男の仲間らしき人物が現れていたんだけれど、それ、本気で止めるつもりあるのか?
微妙に煽っているような気がしないでもないんだが……。
「うるせえ!こんなどこの馬の骨かも分からないやつが俺よりも強いはずがねえ!」
お前ら馬の骨好きか!
ただしブチ切れ男の場合は意味もよく分からずに仲間が使った単語を繰り返し使っているだけ、ということなのかもしれない。
「こういう連中にはどう対処すればいいんだ?」
「私たちツキの魔族とは異なる者たちですから、気にせずドーンとやって下さい」
「いや、あんまり手加減なしでやると、周りの建物にも被害が出るんだけど……?」
オレの答えにアリィさんはしばし考え込む。
「それなら周囲に被害が出ない程度の力でトーンとやるか、もしくは周りに防御陣を張ってその中でドーンとやって下さい」
うん、つまりブチ切れ男の生死は問わない、と。
むしろ殺っちゃえ、と。
アリィさんの冷酷な言葉に気圧されたのか、ブチ切れ男の顔色が悪くなったような気がする。
「今回の件はこいつの独断です。私たち一族には何の関係もありません」
「あ、おい!?」
見捨てるの早いな!?
そしてその様にブチ切れ男が驚いていた。
だけど、早合点したというか、暴走したブチ切れ男とそれを止めに来た男という構図だから、俺との衝突が避けられないと分かれば、それ以上被害が広がらないように切り捨てるのは当然といえば当然のことだろう。
「できれば力で解決という脳筋な流れは回避したいんだけどな」
「ですが、こういった手合いはきっちりと力の差というものを思い知らさなければ、納得しないのではありませんか?」
それはあり得る話だ。しかも、一度では納得しない種類の可能性もある。
物語だと主人公の強さを際立たせるある意味おいしい役だけれど、実際それに遭遇すると鬱陶しいことこの上ないだろう。
そんなことを考えていると、人が集まって来ていた。……なんだかこの前からこの展開ばっかりな気がする。
「グドラク様、御意志には沿わないかもしれませんが、ここは皆の手前、その男との勝負を受けて下さい」
音もなく近づいてきたアリィさんがそう耳打ちしてくる。
「配下になった皆の前で情けない姿を見せるのは、良くないってことか?」
「それもありますが、この男たちがあることないことを喧伝して回る危険があります。そうなれば外に出た時に軽く扱われてしまいます。残念ながら私たち魔族も一枚岩という訳ではありませんので」
こんなギリギリに近い環境下――いつ『ミュータント』に、または迫害してきた他の種族に襲われるか分からないという精神面の話ね――でも、誰が、どこの集団がリーダーシップを取るのかという争いは起きてしまうようだ。
愚かしいことだと思うのは、オレがプレイヤーというこの世界から一歩引いた特別な存在だからなのかもしれない。
それに、ぐだぐだと悩んでしまい、肩を寄せ合ってオハナシで解決する機会を逃してしまったこともまた事実だ。
ツキの魔族たちのリーダーとして、果たさなくてはいけないことはきちんと果たすべきだろう。
「さて、観客も集まって来たことだし、始めるか」
「お、おおお。やったろうじゃねえか!」
と威勢よく声を上げているけど、思いっきり震えているし。
扇風機の前で宇宙人ごっこをしている子どもよりも震えた声になっていた。ブチ切れ男改めビビり男と言った方がいいかもしれないな。
「こっちは自陣だから……。そうだな、そちらから先に攻撃させてやるよ。魔法でも素手でも剣でも、何でもいいぞ」
可哀想だから、ここは一つハンデを与えるとしよう。
というのは建前で、本音としては向こうに言い訳をさせないようにするための処置だったりする。再戦なんてさせるつもりはない。
なぜなら人生は一回きりなのだから……。
冗談はさておき、ビビり男は上手く挑発に乗ってくれたようだ。
沸点が低いとこういう時は楽でいい。
「余裕ぶりやがって……!後悔させてやるからな!」
うん。小物感満載だね。
思わずサンシターの称号を与えたくなるな。ビビり男改めミスターサンシターは、さっきまでとは打って変わって攻撃のために意気揚々とオレから距離を取っていた。
その幅約十メートル。その場から魔法を放ってくるのか、それとも助走を付けて直接攻撃に出るか、どちらも可能な距離だといえる。
色々とアレな性格だが、戦闘に関してはそれなりの才能があるのかもしれない。
「覚悟はできたか?いくぞ!『極炎』!」
いきなり火属性最強魔法でくるか!?
違う?放った極大の炎に突っ込んでいく!?
「喰らえ!灼熱炎激焼却火災大と――」
「長いわ!『氷結』!」
カチン。
『極炎』を纏った突進攻撃を水属性魔法で消し去る。
一拍の後、そこには氷漬けにされたサンシターがいた。高い身体能力を持つ魔族ということもあって、命に別状はない。
それにしてもアホ面だ。思わずスクリーンショットで撮ってしまった。この感動を他のプレイヤーと分かち合えないのが残念でならない。
パチンと指を鳴らすと氷だけが砕けてサンシターが地面に倒れ伏す。
それと同時に歓声が上がった。
「さすがは魔王様です。改めてご挨拶に伺いますのでその時はよしなに。それでは私はこれで」
そしてサンシターの仲間らしき男は早口で言い募ると、彼を担いで去っていってしまった。
こうして、怒涛の勢いで襲撃?事件は幕を閉じたのだった。
サンシターって響きだけはカッコイイですよね!
それと、今回こっそりと重要な単語が出てきています。
答えは次回以降で分かります!




