325 秘中にして切り札
最後の足掻きとばかりに暴れ回るソウルイーターはとんでもなく強かった。
エッ君が尻尾の一撃を受けて空高く飛ばされてしまった時なんて本当に焦った。ワトが上手く落ちてくるところを受け止めてくれたから事なきを得たけど、それでもHPが半減していたくらいだ。
当たれば即死という緊張感の中で敵の目前に立つのはとても苦しいもので、改めて接近戦をする人たちのすごさを思い知ったよ。
うちの子たちの中でも特に頑丈なイーノやニーノですら傷だらけになりながら、ようやくソウルイーターを倒しきったのはティンクちゃんたちが『極炎』の魔法を使ってから十分以上経った後のことだった。
HPが二割を切ったあの時点でどうやら攻撃力だけでなく防御力も上がっていたらしい。ボスにありがちな仕様だったのに確認していなかったボクのミスだ。
次からは気を付けなくちゃいけないね。
反省はこのくらいにして、と。
倒れ伏したソウルイーターが徐々に消えて行くと、きらりと光るものだけが残された。大きさは人の頭くらいで球状。
漫画やアニメで出てくる占い師の水晶玉を思い浮かべてもらうといいかな。そんな感じだ。ただし、ほんのりと光を放っていたけれど。
「それがソウルイーターの核というやつなのね」
「光っているのは、中に魂が封じられているからでしょうか?」
近付いてきたシュレイちゃんとティンクちゃんが不思議そうに、しかしどことなく嫌悪感を滲ませながら核なる球体を覗き込んでいる。
「うん。ファルスさんたちの話の通りだとそういうことみたいだね」
だけどそれも仕方のないことだ。なにせその玉の中には生きている人間の魂が封じ込められているというのだから。
「人の魂を動力にして怪物を動かすなんて……。『神殿』の抱える闇は一体どこまで深くて濃いのやら」
核の球体をそうっと拾い上げながら、ボクはソウルイーターと戦うことになった出来事を思い出していた。
それは『神殿』との決着をどのようにしてつけるべきかと議論している時のことだった。
ちなみに最大の論点は、聖地ホルリアに数多く集められている教義に忠実なだけで悪事に加担したことのない下級の神官や司祭たちに関することで、彼らをどのように説得、もしくは無害化するべきかで連日、あーでもない、こーでもないと話し合われていたのだ。
そして話が煮詰まって膠着してしまいかけたその時、その一報はもたらされた。
「魔族の方から緊急の報告が入っています!」
はい、この時点で既に嫌な予感がビンビンしていました。脳内ではけたたましく緊急警戒警報が鳴り響いていたよ。程度の違いはあっても、それは部屋にいた全員に共通していたことだろうと思う。
「会議中失礼いたします」
「前置きはいいっすから、本題を」
入ってきた魔族さんの挨拶を早々に切り上げさせて、ジョナさんは先を述べるように促した。
「はっ!聖地ホルリアを監視していた者からの連絡によると、先ほど神殿区画のすぐ北側に巨大な魔物のようなものが数体姿を現したとのことです」
ホルリアは大きく南の一般区画と北の神殿区画に分けることができるので、報告のあった場所は町そのものの北側ということになる。
「それは突然現れたのですか?どこかからやって来たのではなく?」
「突然現れました。ホルリアの周囲では我々魔族が目を光らせております。もしも外部から近付いてきたのであれば察知していたはずですから、その点については間違いないと言えます」
先輩さんの質問に報告に来た魔族さんは淡々と、しかし自信を持って答えていた。
あれ?……なんだろう?どうにも微かな違和感を覚える。しかし、その正体を突き止めるよりも前に話題は先へと進んでいた。
「聖地ホルリアをも張っている者たちには、魔王様より脅威となりそうな存在が近づいた場合には排除するように命を受けているっす。さらにお互いを監視できる位置にいるので見逃してしまったとは考え難いっす」
「だとすると、『神殿』側の新しい動きということ?」
姉御の問いにジョナさんが深く頷く。
「多分そういうことだと思うっす。今、急いでその魔物らしきものの情報を集めているっすから、少しだけ待っていて欲しいっす」
彼の言葉にハッとして魔族さんたちが座っている方へと目を向けると、いつの間にやらミロク君の姿がなくなっていた。
相変わらずフットワークが軽い魔王様だ。でもまあ、彼が動いてくれているのならば、少しの時間で情報が上がって来ることだろう。
さすがに魔物らしきものの正体までは掴めないかもしれないけどね。
しばらく休憩ということで、お茶を飲んだり会議をしている部屋から出てうちの子たちをなでりこなでりこしたりしている間に情報収集部隊が戻ってきたらしい。何と休憩に入ってから三十分も経っていない。
予想以上に早かったね。急いで部屋に戻ると、ボク以外の人は既に全員揃っており、報告役なのだろう新しい魔族さんが三人ほど増えている。
ぺこりと頭を下げながら席に着くと、さっそく追加の報告が始まった。
まず、出現した魔物のようなそれは五体いて、ぱっと見では違いが見つけられないほどそっくりだったそうだ。
それが身動き一つせずに、町の壁に沿って同じ間隔で整然と並んでいたらしい。
「魔力など感知できたものも、一般的な魔物とは異なっているように思いました」
差異のない姿形の上に身動きしないその様子から、魔物というよりもゴーレムなどの被造物のように感じられたのだとか。
その感想に思い当たる節があったのかファルスさんたちの体がピクリと動いた。が、何も言わないところを見ると確信を持ててはいないのだろう。
とりあえず報告の続きを聞くことにしよう。
「どのような反応を示すのか分からなかったのであくまで遠目から見たものにはなりますが、これがその姿になります」
急いで描いたのか、回されてきた紙には特徴を捉えながらも簡素な絵が描かれていた。
それによると、魔物のようなゴーレムのようなそいつは二足歩行であり、前足は小さいながらも鋭く長い鉤爪をそなえているようだ。
前傾姿勢というよりは水平に近いほど体を倒しており、そのバランスをとるためなのか長い尻尾が後方へと伸ばされていた。
頭部はそれなりに大きく、ほんの少し開けられた口元からは何本もの牙が覗いている。
早い話がティラノサウルスのような肉食恐竜に近い形だった。
「ぬう……!これは!」
「やはり話に聞いていたあれを動かしたということなのか!」
そしてその絵を見たファルスさんたちNPCの面々が次々と苦々しい声を上げていく。どうやら思い当たっていた節が見事に的中していたみたいだ。
「後はファルスさんたちに聞いた方が詳しいことが分かりそうだね」
「……はい。ここから先の説明は私が引き受けましょう。魔族の皆さまが見たこの怪物は『神殿』の秘中にして切り札だとされる『魂喰らい』で間違いないでしょう」
何やら特定の病を引き起こしそうな物騒な名前が登場してきましたよ……。




