312 キャンペーン合戦
それから数日後、ボクたちが後押しするファルスさんたち『聖なる神々の教えを守る会派』、略して『聖神教』と『神殿』との間でキャンペーン合戦――主に相手を攻撃し合うネガティブキャンペーンというのがなんとも言えないものがあるけど――が始まっていた。
例えば、こちらが『神殿』上層部の人間が邪神の意のままに操られていることを訴えると、あちらは神の在り様に文句をつける悪逆の徒だと非難してきたのだ。
さらに神殿騎士という武力を用いて無理矢理に従えさせようとする非道の輩だと反撃してきた。これに対して、ファルスさんたちは各地の神殿で発見された賄賂や不正の証拠品を提示して『神殿』組織の腐敗している現状を公表にしていったのだった。
「はあ……」
「暗い顔をしてどうしたの、リュカリュカちゃん?」
泥沼化しそうな様相に思わずため息を吐いていると、横合いから現れた遥さんが心配そうな表情を浮かべていた。
ボクたちがいるのは『わんダー・テイみゃー』のギルドホームの奥、ギルドメンバーのみが使用できる部屋の一つだ。
とは言っても現在、ボクと留守番兼連絡係の遥さん以外の幹部は皆出払ってしまっている。みなみちゃんさんは棗さんと昌さんを連れて、市庁舎で市長さんを始めとしたお偉いさん方とお話し中だ。
『冒険者協会』だけでなく、古都ナウキとしても『聖神教』に協力をしてもらえるように要請を続けているそうだ。
他の幹部たちは『冒険者協会』の包囲を完全なものにするため、古都ナウキにホームを構える各ギルドにこれまた協力をお願いしに行っていた。
交渉材料として一口おにぎりをそれぞれのギルドごとに三個ずつ渡していたこともあり、着々とこちらの勢力は増大しているもようだ。
「ああ、遥さん。いえ、キャンペーン合戦がだんだんと子どもの口喧嘩のように見えてきちゃって……」
「まあ、人間年をとってもそうそう根本的な性質が変わる訳ではないから」
「うーん……。でも相手が口汚く言ってくるのは仕方がないとしても、それに合わせるようにこちらも汚い言葉で貶し落とすというのは、いかがなものかと考えてしまうんですよね」
「それは言えてる。改革を目指す側として、結局は同じ穴の狢だと思われるのは致命的だわ。本人たちがいくら違うと言い募っても、それを判断するのは外部の人間なのだと理解していないと、思わないところで足をすくわれてしまうかもしれないわね」
やっぱり。そもそも対外的に受け入れられる必要があるからこそ色々と工作をして味方を増やすなんて面倒なことをやってきたのだ。
それが無駄になってしまいそうなことは慎んでもらわないといけないよね。
「……あ!もしかしてスパイとして入り込まれた連中にそういう所を上手く利用されているとか!?」
「あり得るわね。リュカリュカちゃん、こういうのは時間が経てばたつほど不利になっていくわ。早めに警告を入れておくべきね」
遥さんに勧められてファルスさんたちに連絡を取るため、ボクはギルドホーム内の自室へと向かった。
ちなみにうちの子たち並びにティンクちゃんとシュレイちゃんのにゃんこコンビは入口すぐの大ホール、通称『触れ合い動物広場』で自由に遊ばせている。
アッシラさんやドラゴンの情報も解禁したのでエッ君も一緒だ。たまには他のプレイヤーのテイムモンスターたちとも遊ばせてあげないとね。
余談だけど、みなみちゃんさんたち幹部が出かける前にうちの子たちと遊びたいと駄々をこねて、遥さんからこっぴどく叱られていたりします。
久しぶりに彼女が怒る姿を見たけど、相変わらずものすごく怖かったよ……。
自室に指定されている部屋へと入り、さっそくミロク君に連絡を取ると、一分も経たない内にやって来た。
「いやあ、久々に屋台通りの食べ物を満喫したよ」
顔を合わせて早々楽しそうなミロク君とは対照的に、ボクは頭を抱えたくなってしまっていた。
「あのねえ、ミロク君……。ここがどこだか分かっているのかな?」
「うん?リュカリュカちゃんが所属している『わんダー・テイみゃー』っていうギルドホームの中にあるリュカリュカちゃんの部屋だろ。すごいよな、幹部待遇じゃないか」
ええ、そうです。本来ギルドメンバーしか入ることができないはずのギルドホームにあるお部屋なのです。
「曲がりなりにも女の子の部屋に無断で入って来て言う事はそれだけかー!!」
え?突っ込むところがおかしい?
だってミロク君だし。きっと本人はどれだけチートで非常識なことをしているのかなんて理解していないよ。なので、一般常識的にダメな部分を教えることにしておきました。
「これがラブコメ漫画だったら、ボクは着替え中で「きゃー!」って叫んでギルドメンバーが「どうした!?」となだれ込んできてはさらに「キャー!?」ってなって「みんな出て行けー!」の大騒ぎになっていたところだよ!」
え?例えがおかしい?
ソンナコトナイヨー。
「あ、ええと、はい。ごめんなさい……」
レベルが半分以下の小娘に叱られて正座で反省する魔王という、世にも珍しい光景が展開されることになったのだけど、幸いなことに誰にも見られることはなく闇へと葬り去られることとなったのでした。
「と、お説教はこのくらいにして。ちょっとキャンペーン合戦がまずい方向に行きそうになっているかもしれないんだよね」
先ほどの遥さんとの会話を簡潔にまとめて話す。
「確かに改革を謳いながらやっていることは同じだと、見ている方は興醒めになるな。急いでファルスさんに知らせることにするよ」
「お願い。それと――」
「分かってる。キャンペーンを打っているやつらの洗い直しだな。向こうの調査と合わせてオレの配下たちにやらせるから安心してくれ」
こういう部分は理解が早いんだよね、この人。
「ごめんね、後ろ暗いことばかりやらせてしまって」
「なんのなんの。これも普通の魔族たちが日の目を見るための必要経費さ」
ミロク君の言葉にチクリと針が刺さったように胸が痛くなる。
「どうかしたのか?」
「……今回の作戦が上手くいったとしても、本当に魔族への偏見がなくなるかな?」
「さて、どうだろうな。妙なところでこだわる部分があるから、リアルと同じようにそう簡単に上手くはいかないかもしれない」
そうなのだ。どうにもゲームだからと楽観的になり切れないのがこの『アイなき世界』だった。
「だけど、やらないままだと何も変わらない。それにオレたちはもう動き始めてしまっているんだ。良い方向へ転がっていくように頑張るしかないさ」
どうやらボクは自分の手を離れた所で物事が進んでいることに、不安になってしまっていたみたいだ。
大事件になってしまったのだから手の届かない所や誰かに任せるところが出てくるのは仕方がない。でも、だからといってできることがなくなってしまった訳ではないのだ。
「……そうだね。頑張るしかないよね!……だけど、屋台通りで食べ歩きをしていたミロク君に言われると釈然としない!」
「遊んでいたんじゃないぞ。魔族たちに新しい料理や味付けを伝えるために市場調査をしていたんだ!」
「そうなの?それじゃあシュレイちゃんにそう言って――」
「ごめんなさい、食べ歩きを満喫しておりました」
あっさりと白旗を上げるミロク君は、どこからどう見ても普通のプレイヤーのようにしか見えなかった。




