302 呆気なくも恐ろしい幕切れ
まだもう片方が残っているとはいえ、二日以上戦って勝てなかった、いや危うく負けかけていた相手に勝ったということで、戦闘に参加していたプレイヤーの人たちの興奮は最高潮に達していた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」
地鳴りのような歓声が響いている。
あ、あれ?援軍の魔族の人たちと合わせても五十人くらいのはずなんだけど、さすがにこれはおかしくない?
などと思っていたら、場の空気に当てられたアッシラさんがやや後方で咆哮を上げておりました。そりゃあうるさいはずだわ。
「ミロク君!」
「ああ!やったな!」
正面に立って豹騎士の攻撃を受けたり避けたりしているミロク君の顔にも笑顔が浮かんでいる。そして彼の動きは心なしかキレが良くなっているようにも見えたのだった。
「特に回復する暇を与えずに一気に押し切ったのが良かったな」
魔王様的にも今の戦いはかなり高評価だったようだ。
でも、それ以前に豹騎士の相手をしながらあちらの様子をうかがう余裕まであったということにびっくりですよ。ボクたちなんて嫌がらせのような攻撃を繰り返すのが精一杯だったというのに……。
「まあ、それもオレのあの一撃があったお陰だろうけどな!」
「そして最後は自画自賛!?」
しかもあれは予定外のミスだったはずだよね!?
あー、きっとこのポジティブさがあるからグドラク君はミロク君として魔王なんてものをやっていけているんだね……。
「さて、それじゃあこちらもいっちょ気合を入れてやりますかね!」
その大きな顎で食いちぎろうと飛びかかってきた豹の頭にカウンター気味に拳を撃ち込むと、ミロク君が叫んだ。
うわあ……。ボクたちがどれだけ攻撃してもほとんど減らなかったHPが目に見えて減ったよ。それまで防戦一方だった相手からのいきなりの攻撃に豹騎士――特に豹の部分――は驚き戸惑っていた。
「リュカリュカちゃんたちは下がって。間違って近付き過ぎるやつがいないようにだけ注意してくれ!」
「おっけー!ミロク君、ご武運を!」
「護衛の兵かよ!?帰っちゃうのかよ!?ちゃんと見ていてくれよう!」
一度は言ってみたいネタ台詞上位にランクインする例の一言を告げると、ミロク君は泣きそうな声でそう訴えてきたのだった。
成り行きとはいえ他のプレイヤーと絡むことができずに、ずっと一人でいた反動が出ているのかもしれない。
「あはは。邪魔が入らないように見張っているから頑張ってね」
半分はわざとのような気がしないでもなかったので笑って誤魔化すと、うちの子たちとティンクちゃん、シュレイちゃんを連れてミロク君の攻撃に巻き込まれることがないように距離を取ったのだった。
「このくらい離れていれば平気かな?」
「そうね。魔王様も手加減はするだろうし、ここならとりあえずは安全かしらね」
微妙に断定を避けているシュレイちゃんです。つまりそれだけミロク君の力は計り切れないということなのかもしれない。
「え?リュカリュカちゃん!?どうしてこんな所に?」
横合いから呼びかけられたと思ったら、先ほど他の神殿騎士さんたちを連れて行ってくれた姉御が驚いた顔で近づいて来ていた。
「あ、姉御!やりましたね!『ミュータント』の討伐おめでとうございます!」
「え?姉御??あ、うん。ありがとう。……じゃなくて!リュカリュカちゃんはもう一体の『ミュータント』を押さえて置いてくれているんじゃないの?」
ああ、この人はあの口約束を守ろうと、急いで戻って来てくれたんだね。
「大丈夫ですよ。ボクよりもよっぽど強い人が相手をしてくれていますから」
「強い人って……?は?え、う、嘘でしょ?『ミュータント』相手に一人で戦っている?」
たった一人で身の丈五メートルを超える猛獣――プラス鎧姿の上半身――の攻撃をいなし、時に反撃をするとか、リアルは元よりこの『アイなき世界』であっても異常な光景だ。
この二日間戦い通しで、この『ミュータント』の強さを嫌というほど体験してきた姉御たちにとっては特に信じられない絵面だろう。
「リュカリュカさん」
次いで現れたのは覆面姿の謎な人、魔族の誰かなのだろうけれど、わざわざボクに声をかけたということはまず間違いなくあの人だろう。
「ジョナさんもお疲れ様です。魔族の皆さんが神殿騎士さんたちの手助けと時間稼ぎをしてくれたお陰で、砦の方は上手く制圧することができましたよ」
「お役に立てたなら良かったっす。それより、あの人が一人で戦っているということは……?」
「ちょっかいを出してくる輩を減らすためにも、力の差を見せつけておくそうですよ」
「やっぱりそうっすか……」
ものすっごい秘密の情報なんだけど、幸い姉御は驚き過ぎてボクたちの言葉が耳に入っていないようだった。
まあ、どうせこの後色々バラしていく予定なので聞かれていたとしても問題はないのだけれど。
「なので、邪魔が入らないように人の誘導をお願いします」
「分かったっす。魔族の仲間と一緒にこれ以上は近づけないような雰囲気をそれらしく作っておくっす」
気付くと、ジョナサンはふわりと消えるようにいなくなっていた。これで多少ミロク君がお茶目をしても誰かが巻き込まれるということはないだろう。
しばらくすると蛸女との戦いに参加していた全ての人がボクたちの周りに集まって来て、ミロク君と豹騎士の戦いを固唾を飲んで見守っていた。
豹の牙や爪、そして騎士の放つ槍と、敵の攻撃は多彩だったけど、どれもミロク君を捉えることはできずに空振りに終わっている。
そんな当たれば一巻の終わりな――ように見える――危機的な状況を楽しむかのように、ミロク君はひらりひらりとかわしては時折痛撃を与えていたのだった。
ふと、彼がこちらへと視線を飛ばしてきたように感じられた。ボクは迷うことなく深く頷くことで返す。
そろそろ終わりにしよう、と。
「うりゃ!」
豹の鼻先へ、それまでとは違った強力な攻撃を与えて弾き飛ばす。何十倍もの大きさの『ミュータント』を吹き飛ばすその様は、あり得ないを通りこして悪い冗談のようにすら見えた。
「これで終わりだ」
差し伸ばされた彼の右腕の先から強い輝きが照射されたかと思うと、豹騎士が真っ赤な炎に包まれる。断末魔の悲鳴を上げさせることすらなく、炎は一際強く燃え上がると、
「消えろ」
というミロク君の言葉に従って消えていったのだった。
後には何も残すことなく。




