295 ものぐさドラゴン
「遅くなってしまって申し訳ない!」
改めて現行の『神殿』の壊滅をボクとミロク君が誓い合っていると、ようやく先輩さんが待ち人たるランドルさんを伴って現れたのだった。
「アッシラ様、ご挨拶が遅れたことをお許しください」
「構わぬよ。我らの登場が反撃の機であったことは明らかだからな。だが……、上に立つべき者がいつまでも先頭に立つというのはいかがなものか。その身に代わる信の置ける者を育てることもしておくべきであろうな」
「ご忠告、心に刻みます」
そのランドルさんはボクたちに軽く視線を向けたかと思うと、アッシラさんの前に跪いたのだった。
『神殿』ではスピリットドラゴンを、いずれは神至る存在だの神に次ぐ存在だとしているのでこれは仕方のないことだ。
「リュカリュカさん、この度のご助力、誠にありがとうございます。……しかし、アッシラ様とご一緒なのであれば一言告げておいて頂きたかったですな」
だけど、誰がこの絵を描いたのかはちゃんと理解しているようだ。
まあ、ドラゴンなんて超存在が介入してくることなんてほぼあり得ないことだし、アッシラさんとの繋がりを考えるとボクが絡んでいると考えるのは当然といえば当然のことだろうね。
「ボクにも色々と事情があったもので」
しれっと答えると苦笑して、今度はファルスさんの方へと向き直った。
「そして、ファルス様がここにいらしているということは、村の方は無事でありましたか」
「あなたがリュカリュカ殿を寄越してくれたお陰だ。誰も怪我一つ負ってはいない、おっと、子どもたちの何人かがはしゃいで擦り傷はこさえていたな」
冗談めかした言葉にふっと場の空気がやわらぐ。どうやらタクローさんたちも村が存在することは知らされていたようだ。『ミュータント』の意識を釘付けにするような戦い方をしていたのは、砦を攻められないようにするためと同時に村にも被害が及ばないようにするという理由があったのかもしれない。
「さて、冗談はここまでにして。ランドル殿――」
「分かっております。……立たれるのですね」
サウノーリカ――砦とその周辺という狭い区域ではあるけれど――の責任者なんて任に着く力があるだけに、ファルスさんの意図も理解できてしまうみたいだ。
「私が言えてことではないのだが、今の『神殿』のありようは目に余る。さらに今回の一件、裏には邪神を名乗る存在がいるというではないか。例え神であろうともそのような邪まなものに従っているなど、教主を始め上層部の権威などないに等しい。根本からありようを変えていくしかあるまい」
「しかし『神殿』の持つ力は絶大です。場合によっては『賢人の集い』も口を挟んでくるやもしれませんが?」
「元より『神殿』からは追われている身。覚悟はできている。それに負けるつもりは毛頭ない」
「その根拠が彼ら、そしてそちらの彼、ということですか」
ランドルさんはチラリと前線へと視線を向けた後、じっと見定めるようにミロク君のことを見据えた。睨むような圧力さえも感じるその視線を受けてもミロク君は平然としている。
さすがは魔王様、ボクなんて近くにいるだけなのに心臓がどきどきと早鐘のように脈打っているというのに。
ちなみに、ランドルさんの後方でなぜか先輩さんが座りが悪そう――いや、元々全員立って話をしていたのだけど――にしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と、そこにタクローさんが割って入った。世界規模の組織に喧嘩を売るという一種無謀な宣言の連続に、驚いているだけではいられなくなったらしい。
「リュカリュカちゃんはともかく、あなた方は『神殿』の人間でしょう?それなのに『神殿』に反旗を翻すというのですか!?」
ともかく、というのはアッシラさんと狂将軍の一件でボクが『神殿』に悪印象を持っているということだろう。
「君は……、リュカリュカ殿と一緒にアッシラ様を解き放つために狂将軍と戦ったそうだな」
「そうです」
「実は私も元同僚の罠にかけられ、そして『神殿』から裏切られたことがあるのだよ」
「!!!?」
「私以外にも『神殿』から無実の罪を着せられた者たちは少なからずいる。先ほど話に出た村にいるのはそうした人間だ」
「あの……、その中には子どもも?」
おずおずと手を上げてそう尋ねたのはキリナさんだった。
「うむ。赤子まで罪人に仕立て上げた件もある」
ああ、あの子たちの中には故郷の記憶すら持っていない子もいたのか。村や避難所での笑顔を思い出してやるせない気持ちになる。
そして質問をしたキリナさんを始めタクローさんたちはというと、これ以上ないというくらい怒っていた。
「変革が必要だというのはよく分かりました」
「私たちにも手伝わせてください!」
「こちらこそよろしく頼む」
上手く話がまとまったようで良かった。この調子で他の神殿騎士の人たちとも協力関係を築いていきたいところだ。だけどその前に、実績作りも兼ねてやるべきことをやってしまおう。
「それじゃあ、まずは砦を制圧しに行きますか」
「遊びに行くみたいに気楽に言うなあ……」
「だってボク、付いて行くだけだし」
同行するのが魔王様に神殿騎士さんたちだよ、戦闘になった場合でもボクに出る幕があるとはとても思えない。
「え?」
「え?」
なにゆえ皆して驚く!?
「ま、まあ、いざという時はフォローよろしく」
「そのくらいはするよ」
後は、うちの子たちにお願いして隠れている人がいないか程度のことはしておきますから。
「砦には総指揮官として派遣されてきた僧正位の者とその取り巻きがいるだけだと思われます。数としては少数ですが、護身用のための何らかの魔法の道具などを授けられているかもしれません。重々にご注意ください」
「それを言うなら邪神のやつが加護とかを与えているかもしれないな」
戦いが不得手そうだと油断はするなということだね。
「それでは我はここでそちらの連中と『ミュータント』を見張っておくことにしよう」
ああ、本隊は『神殿』側の人たちだったっけ。半壊したとはいっても既に魔法などで回復している。確かに余計な邪魔をされないように見張っておく必要はあるだろう。
まあ、アッシラさんがそう言い出した一番の理由はこれ以上働きたくないから、だろうけれどね。神に至るよりも前に、すっかり定着してしまったものぐさな性格をなんとかするべきだと心の中で思うボクなのでした。
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当初、本作と交互に投稿していた『世界渡りの死霊術師』が本日をもって完結しました。
『アイなき世界』とは少し違った風味の作品で、死霊術師が主人公ですが、悲しくも優しいヒューマンドラマ仕立て(になっているつもり)です。
興味がある方は覗いて頂けたら幸いです。




