292 衝撃の登場
デスペナルティ回復のための休憩時間を利用して、私は後輩の神殿騎士であるタクローと雑談に興じていた。
ちなみに彼の仲間である女性陣三人は中の人不在で後方支援に従事しているそうだ。
「そういえば、運営から問い合わせていた件の返信があったそうです」
ふと、表情を真剣なものに戻してタクローがそう言った。
「そうか。結果はやはり……」
「はい。不具合等の問題は見つからなかった、だそうです」
我々が相手取っている二体の『ミュータント』が異常な強さを誇っているというのは既に何度も記している通りである。
そのため、プレイヤーの中には運営の調整ミスではないかと疑念――と言いながらも、その実間違いであって欲しいという淡い期待だろう――を持つ者も出ていたのだった。
「弱体化フラグの回収忘れでしょうか?特殊なイベント扱いなので外部に相談できないのが痛いですよね」
サウノーリカ大洞掘マップが実装されていることは正式には公表されていない状態が続いている。我々も今回の作戦に参加した時点で公式並びに外部の掲示板の閲覧や書き込みが禁止されただけでなく、フレンド登録をしている『神殿』関係者以外のプレイヤーに連絡を取ることすらできなくなっていた。
「援軍待ちという可能性も否定はできないがな」
「でも、『神殿』は動く気配がありませんよ?」
邪神のことだ、おおかたこの砦を全滅させておいて、それを魔族にでも擦り付けるつもりなのだろう。
エナム神殿騎士団長を正気に戻すことはできたが、未だ上層部のほとんどの人間はやつの操り人形の状態であるようだし、タクローの言う通り『神殿』からの援軍の追加派遣は絶望的だといえた。
「援軍を『神殿』からのものだと限定する必要はあるまい」
「え?」
「我々がこのサウノーリカ大洞掘に集められた理由を覚えているか?」
「魔族を倒すため、ですよね。それくらいは覚えていま、す……。まさか!?魔族が助けに来てくれるって言うんですか!?」
タクローが驚くのも無理はない。なにせ他の種族――ドワーフはどこの町にもいるし、獣人やエルフは『神国』に行けば確実に会うことができる――とは異なり、全くと言って良いほど接点がなかった種族だ。
数か月前にあったアナウンスも魔王の誕生についてだけで、魔族のことには一切触れられていなかった。
今回も討伐目標として魔族が掲げられていたが、プレイヤーの間では何らかの隠喩ではないかという噂がまことしやかに囁かれていたりもしていた。
「まあ、その可能性もある、くらいの話だ」
そう言って私は言葉を濁した。数時間前であれば「その可能性は高い」程度のことをもう少し自信を持って口にすることができたのだが……。
前述した通り魔王のものと思われる援護攻撃がなくなってからかなりの時間が経過しており、本気であちらからも見捨てられてしまったという可能性も大きくなってきていた。
しかしながら、あの魔王がそんなことをできるはずがない、とも思ってしまっていた。別に彼が恐らくプレイヤーであるからとか、情にほだされたからという訳ではない。
魔王の元に潜入してつぶさに観察してきた結果、非常に善良な性格をしていると私は判断していた。魔王となったこと自体には不明な点が多いが、魔族たちを束ねることになった経緯などは、彼の優しい性格――極めて悪く言えば、甘っちょろい――を如実に表していたように思う。
そのためか、私は珍しく期待してしまっていたのだと思う。このまま我々が敗れて邪神の思い描いたとおりの未来になるなどということは絶対にないのだ、と。
……それがまさかあのような形で盤面を引っくり返してくるとは思いもよらなかった。
タクローと話していると、にわかに陣の一画が騒がしくなってきた。あちらは……、確か感知能力が高い面々が集められて周囲の警戒を行っている辺りだったか。
同時にオートモードだった者たちが次々とログインしてきていた。
「どうしたんでしょうか?」
「分からん。……だが、すぐに通達がありそうだ」
私の視線の先では一人のプレイヤーが慌てた様子でこちらに向かって走って来ていた。
「で、伝令!前方より『ミュータント』を超える巨大な何かが高速でこちらに向かって移動中!各自各班は十分に警戒されたし!」
「強大な何か!?もっと詳しく分からないんですか?」
「よせ。詳しく分かってからでは警告が間に合わなくなると踏んだんだろう」
あやふやな伝令に噛みつくタクローを宥めながら前方を見つめていると、予想よりも少し上方、つまり空の中に何かが見えた。
「は、速い!?」
小さな粒のようだったそれはあっという間に大きくなっていく。それは移動速度が尋常ではないことを示していた。やがてその輪郭がはっきりし始めると、
「ドラゴン!?」
陣のあちらこちらから同じ単語を叫ぶ声が聞こえてきたのだった。
「どうしてドラゴンが?」
「考えるのは後だ!今はすぐに動けるように準備しておけ。飛べるということは我々を無視して後方のNPCに攻撃をしかけられるかもしれん!」
そんなことにでもなれば、何のためにこの二日間死に戻りを繰り返してまで戦い続けてきたのかが分からなくなる。
しかしその心配は――恐らくだが――杞憂に終わった。高速で近づいてきたドラゴンが、なんと無防備だった二体の『ミュータント』の背後からブレス攻撃を仕掛けたのである。
その衝撃につんのめった際に何人かのプレイヤーが巻き込まれて下敷きにされそうになっていたが、それは周りの変化に目を向けていなかった本人の責任でもあるので、今は不問にしておこう。
攻撃を終えたドラゴンは速度を落とすとゆっくり旋回しながら高度を落としていく。
「人が飛び降りた!?」
そして『ミュータント』の前を通過した時、その巨体から幾人もの人影が飛び降りたのだった。覆面で顔を隠したそれらの者たちは着地と同時に『ミュータント』へと攻撃を繰り出していた。
一方、ドラゴンは我々の後方、ちょうど半壊した本隊と我々の間に降り立つと、こう言ったのだった。
「勇敢なる神殿騎士たちよ!援軍を連れてきたので、今しばらく耐えてくれ!」
その言葉に陣の各地から歓喜の叫びが巻き起こる。
が、私は、いや私やタクローを含めた一部の者たちは別のことに驚いてしまっていた。
なぜならそこにいたのは、
「スピリットドラゴン……!?」
狂将軍の怨念との戦いの際に出会い、さらには加護を授けてくれたあのドラゴンだったのだから。




