99 戦いと治療
その一団が通り過ぎた後には、阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れていた。後の歴史書にはそう書かれているとか、いないとか。
強襲部隊は領境を越えて進軍してきたラザリ領軍に対して、後方から攻撃を仕掛ける際にあるアイテムをばらまいていた。
ジュンちゃん特製の失敗作の数々だ。しかも恐ろしいことに、この失敗作たちは全て効果が不明なのだとか。そのため……、
「ぐはあ……!ど、毒物を、使うとは、ひ、卑怯、なり……。げふっ!」
「うへはー!力が漲ってきたたたたたたた!!うへへへへー!」
「し、しびれ、しび、しび……」
「矢をつがえ直すこの無防備になる瞬間がたまらない!」
「…………」
まさしく大混乱の大騒ぎになっていた。
一応、発生した効果を説明していくと、一人目が、毒。状態異常の定番ね。
二人目は何かしらの身体能力の上昇があったようだけど、その直後に混乱か狂戦士化が発生した模様。手近にいた仲間に襲いかかっているわ。
三人目、麻痺。以上。
四人目、自己陶酔しちゃっているのか、おかしな癖に目覚めてしまったみたい。……これもスリルを楽しむっていうことなのかしら?
そして、五人目は昏睡。息しているわよね……?
「うわー、ジュンちゃんって本当に製薬師なの?実は劇物マスターとか危険物クリエイターだったりして」
「あはははは。面白いこと言うねー。メイプルさんもこれ飲んでみる?」
軽口を叩きあいながらも、私たちは少し離れた岩陰からそんな戦場の様子を覗いていた。
ところでどうして私とジュンちゃんの周囲から人がいなくなっているのかな?ダメよ、私たちは同じチームなんだから。被害を受ける時も一緒よ!
「あ、あー、それでは反撃阻害部隊チャーリーチームは準備を始めてください。我々の役目はブラボーチームへの敵の反撃を邪魔することです。敵前方からブラボーチームが抜けだした瞬間に、『暗幕』で敵部隊の目を塞ぎます」
そこに追撃部隊デルタチームの遠距離からの攻撃を加えて、私たちは一旦撤収となる。これで敵が諦めるならよし、しつこく進軍を続けるというのならウェルサス常駐軍と連携して挟撃する予定となっている。
「ブラボーチームが敵前面に移動!もうすぐ抜けます!」
「チャーリーチーム、『暗幕』準備!」
今回は発動する範囲の広さが重要になる。さらに多少薄くなっても人数が多いので十分カバーできるはずだ。暗闇が敵軍を包み込むようなイメージで広範囲に広がるように魔法を構築していく。
「ブラボーチーム、先頭が抜けてきました!」
「『暗幕』発動までカウントダウン開始!十、九、八……」
攻撃を成功させた仲間たちが次々と敵軍から姿を現す。中には怪我をしている人もいるようだけど、幸いにして脱落者はいないようだ。
「四、三、二、一……零!!」
「『暗幕』!!」
巨大な黒い塊が敵軍を包み込む。しかし、距離が離れていたためか、発動位置に多少のずれが生じていた!
それでも作戦は止まらない。否、止まれない。
矢と各種属性魔法が『暗幕』によって視界を閉ざされた敵軍に向かって雨霰と降り注ぐ。
ブラボーチームの数人がそれに巻き込まれかけたようだけど、何とか無事に逃げ延びたようだ。
これで私たちの役目は終わりだ。反撃される前に撤収しなくては。
「チャーリーチーム、撤退を始めてください。自陣に着くまで魔物への警戒は怠らないように!」
「さあ、帰りますか」
敵の様子を探るのは斥候部隊のアルファチームに任せておけば問題ないだろうし。こうして私たちの最初の奇襲作戦は大成功で幕を閉じたのだった。
結論から言うと、ラザリ軍は侵攻を諦めることはなかった。重症の者たちを最低限の応急処置だけでその場に残し、軽傷や無傷の者たちだけで再度ウェルサスへと向かって行ったのだった。
「懲りないわね」
「そりゃあ、このくらいで懲りるくらいなら、最初からこんな喧嘩を吹っかけてはこないでしょ。策のためとはいえ、村を一つ潰している訳だし、あちらとしてはその分だけの利益を奪わないと、気がすまなくなっているのかも」
「そんな自棄に付き合わされる兵士たちもたまったものじゃないわね」
しかもその先ではウェルサス常駐軍が既に展開を終えて、手ぐすねを引いて待っているらしい。
当初は私たちがその背後を再び突くという予定だったのだけど、敵軍が激減した――半数以下になっている――ため、常駐軍だけで当たることになった。
まあ、冒険者の一団に美味しいところを全部取られてしまっては、正規の軍隊の面子が立たないという部分もあるのだろう。
なんにせよ、無理だけはしないでもらいたいものよね。
「それで手の空いた私たちは、今度は何をしたらいいの?」
「あれ?もう終わりだと思わないの?」
「ログアウト時間が迫っているならともかく、ほとんどのプレイヤーにまだ時間の余裕があるみたいだし、もう一つくらい指示が飛んできそうな気がするのよね」
「正解。置いて行かれた重傷者たちを包囲して投降させろだって。もうじき隊長たちから発表されるはずだよ」
「確かに、情報源をみすみす逃がす必要もないわね」
「そういうこと。問題は捕虜になるのを良しとしないで、徹底抗戦された場合かな」
その様子を思い浮かべたのか、ジュンちゃんの表情が曇っていく。
「司令部の佐介さんや多恵ちゃんから、細かい指示が出ていたりはしないの?」
「現場の判断に任せるって」
それって責任放棄じゃないの?と思ったのだけど、ジュンちゃんいわく、指示に従おうとするあまり無理をしては本末転倒だから、ということらしい。
目標や到達地点は明示するけれど、そこに至る道のりは各自が判断するべきだ、ということかな?違うか。
「そういうことなら、最初に回復魔法で怪我を治して回ってみる?もしかすると信頼してもらえるかもしれないわよ。もちろん回復量は反撃されないくらいに抑える必要はあるけど」
「いいかも。隊長に話してみる価値はあると思う」
という訳で集合して新たな指示が言い渡されたところで、回復大作戦について提案してみたところ、即採用されて『昨日の敵は今日の友』という作戦名まで付けられてしまった。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
そして私はなぜか一人でラザリの重症兵たちを回復して回っていた。
いや、別にそんな深い理由があった訳じゃないし、ましてやいじめられている訳でもないからね。
単純に回復魔法を使える人間がいなかったのだ。私を含めて全部で三人だけ。
いまさらながらにそのことに気付いて、ブラボーチームの人たち――彼らは自前の回復薬で怪我を治していた――などは顔を青くしていた。
そして何かあった時のために二人は温存することに決まり、話し合いの結果、提案者である私がその役に付くことになったのだった。
現場に着いた当初、置き去りにされたということもあって兵士たちは茫然自失としていて懸念していたような事態は起きなかった。
一人回復していくごとに彼らの目に光が戻っていき、三人目を回復して終えたころにはお礼の言葉が聞こえてくるようになっていた。
幸いにして四肢欠損――特殊な状態異常として扱われていて、回復させるには面倒な手順が必要。当然高ランクの回復魔法が使える必要がある――となった人はいなかったので、私程度の回復魔法でも十分な効果が発揮できたのも大きかったと思う。
彼らは抵抗もなく、捕虜になることに応じてくれ、『昨日の敵は今日の友』作戦は見事に成功したのだった。
「ありがとうございます!あなたは、あなたは聖女様だ!」
そしてそれは、私に新たな二つ名が付いた瞬間でもあった。




