97 ウェルサスの町
旅を始めて数日の間は特に問題もなく、さらに多恵ちゃん――「多分年下だから、そう呼んでください」とのこと――たち『料理研究会』や調理系の技能を持った人たちが作ってくれる美味しいご飯のお陰で、和気藹々とした雰囲気で進んでいた。
倒した動物型の魔物を喜々としてお肉に解体していたのにはちょっと引いたけど。いや、美味しかったけどね。
トラブルが発生したのはズウォー領の南部、王弟派が実効支配するラザリ領に近い町に着いた時だった。
「なにあれ?」
「戦いの跡、か……?」
町を囲む城壁は煤けていて、入口の門の周辺には人だかりができていた。状況が分からないので遠巻きに見ていると、町の方から一人の男性が走ってきた。
「み、皆さんは、冒険者、ですか?」
「そうですけど、あなたは?」
息も絶え絶えになりながら尋ねてくる男性に、多恵ちゃんが代表して答えるアンド尋ね返す。
「私はこのウェルサスの冒険者協会の職員で、ジムと言います。急なお願いで申し訳ないのですが、手を貸して頂けないでしょうか?あ、もちろん『冒険者協会』からの正式な依頼となります」
いったいどういう事なのか?といぶかしく思った直後にインフォメーションが表示された。
〈クエスト、避難民への炊き出し。謎の一団に襲われて近隣の村から逃げてきた避難民たちへの炊き出しのお手伝いをしよう〉
「ちょっと、相談させてもらっても構いませんか?」
「もちろんです。それでは私は町の入り口にいますから、参加して下さる方は私に声をかけてください」
ジム氏が町へと戻って行くのを見送って、私たちは相談に入った。
「佐介さん、どう思う?」
「ここはまだズウォー領ですから、罠の可能性は低いと思います」
多恵ちゃんの問いに、戦闘指揮官の佐介さんが答える。
「それじゃあ、ウチらの足止めを狙っているというのは?」
「……今の段階では情報がないので、どうとも言えませんね。ただ、このまま進むのは危険な気がします」
佐介さんも『諜報局UG』のメンバーだから、情報の重要性は身に染みているのだろう。さらに実地で鍛えられた直感もバカにできないものがある。これまでの旅で、その実力の片鱗を見せられているためか、特に反対意見も出ない。
その様子を見て、多恵ちゃんがまとめに入った。
「それじゃあ、今日のところはこれで解散にしましょう。依頼を受けるかどうかは個人の判断で。可能であれば何が起きているのかを探ってください。佐介さん、悪いけど『諜報局UG』の何人かは町中で情報収集にあたってください」
「あの、町の周辺の探索に行きたいんですけど?」
「それはちょっと待って。町の警備の人たちが警戒して回っているかもしれないから、ジムさんに話を通しておこう。もしかすると、そちらもクエストとして受けられるかもしれないし」
と、いう事でジムさんに話をすると、町の外の探索は〈周辺の警戒〉、町の中での情報収取は〈警備手伝い〉というクエスト扱いとなり、〈避難民への炊き出し〉と合わせて三つのグループに分かれることになった。
「メイプルさん!こっちの三つの竈に『着火』お願いします!」
「分かった!」
「怪我したところを洗うための水を『湧水』でお願い!」
「あ!スープ用の水もいるわ」
「はいはいはい!」
私はもちろん多恵ちゃんと同じ炊き出し班。いまみたいに『着火』や『湧水』を始めとして、生活魔法の出番はたくさんあるからだ。
同じく、ジュンちゃんも調薬技能での活躍が見込めるので、こちらに残ることにしたようだ。
さて、避難してきた人たちはウェルサスのすぐ近くの村の人たちだそうで、皆着の身着のままで、疲れ果てた顔をしていた。
彼らや、先に炊き出しを行っていた町の人たちから聞いた話をまとめると、昨晩寝静まったころに突然、謎の一団に襲われて慌てて逃げてきたのだそうだ。
幸い死者はいなかったのだけど、住み慣れた家や土地を追われてひどく落胆していた。
「うーん……。どうにも向こうの狙いが分からない」
一段落したところで、私たち三人は集まって集めた情報を交換し合った。しかし、二人が得た情報も私のものとほとんど変わらず、揃って頭を悩ませる結果となっていた。
「狙いもだけど、そもそも相手がどこの誰なのかも分からないっていうのが困りどころだよ」
襲ってきた連中は顔が分からないように覆面を被っていたそうだ。
「順当に考えるならラザリの王弟派が嫌がらせのような攻撃を仕掛けてきている、ってところじゃない?」
「確かに順当に考えるならその通りなんだけど……。真っ先に疑われるのは自分たちだって分かっているはずだよ」
「そうだね。別の派閥が彼らの評判を落とすためにやった、という方がしっくりくるかな」
「でも、それなら目立つところに王弟派だって分かるように印か何かを付けておかないかしら?」
私の疑問に二人とも「それもそうか」と頷く。うーん、ふりだしに戻ってしまった。
そんな風に三人でうんうん唸っていると、ジムさんが早足でやってきた。
「あの、薬師の方はいますか?」
「何でしょう?」
「疲れからか、熱を出してしまった子どもがいまして……。解熱剤などをお持ちではないでしょうか?」
「ありますけど、このままだと子どもにはきついかもしれません。様子を見てみたいんですけど、その子はどこに?」
「あちらの天幕にいますので、よろしくお願いします」
天幕へと向かうジュンちゃんを見送っていると、ふと違和感を覚えた。
「そういえば、避難民の人たちと、ジムさんたち町の人たちって着ているものが少し違いますよね」
とはいえ、この時は会話のためのほんの話題程度のつもりだった。
「さすが、冒険者の皆さんは目の付け所が違いますね。実は彼らの村はラザリ領にあるのです」
「ええ!?」
私と多恵ちゃんは二人して大きな声を上げていた。何事かと周囲の視線が集まっていたけど、それどころじゃない。
詳しく話を聞いてみると、領境と言っても通行が制限されいることもなく、この付近ではウェルサスが一番大きな町のため、ラザリ領のいくつかの村の人たちは頻繁に訪れていたのだそうだ。
「それって問題ないんですか?」
主に税収とかの面で。
「はい。ラザリ領は税をお金で納めさせているので、高く売れるのであればそれに越したことはないという考え方なのです」
他領であれば収穫量だけでいいところが、売上金額も確認しなくちゃいけなくなるのだから、その分管理が大変そうな気もするけど……。まあ、とにかくそうした事情もあって、彼らは越領して、このウェルサスへと避難してきた、ということらしい。
一応納得できたけど、同時に何やら嫌な予感がしてきた。
「すぐに皆を集めて!誰か、警戒に出ている人たちに急いで帰ってくるように伝えて!」
それは多恵ちゃんも同じだったようで、ウェルサスの門の外、避難民たちの天幕が立ち並んだ一画に、彼女の声が鋭く響き渡っていった。




