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短編いろいろ

俺がオオカミになる前のこと

作者: 道草家守

 


「修司、なんか面白いものあった?」


 放課後。

 屋上で空を見上げていると、ふわふわとした声にたずねられたから、俺は手すりに腕を乗せたまま答えた。


「握り飯の形の雲。かっこ唐揚げ付きだ」

「え、どこどこ!?」


 予想通り食いついてきた乙葉が、俺の隣に並んで手すりに身を乗り出した。


 その際、万が一ひっくりがえって落ちない様にブレザーの背中をそっと握っておく。

 曲がりなりにも女子高生に幼児レベルの対応を、と思うだろうが、空を見上げ過ぎて池に落ちたという前科があるため致し方ない。

 

 今日の昼休みなんぞ、校庭の紅葉が綺麗だから―! と、持参したレジャーシートと弁当を手に紅葉狩りを敢行していた。

 十月なのに真冬並みの寒さだったにもかかわらずだ。

 ……まあ、それに付き合った俺も俺だが。


「うわーほんとだ! おいしそう……」


 俺の配慮に気づきもせずに、乙葉は目をキラキラさせながら空を見上げ、ごくりとつばを飲み込んだ。

 そんな彼女は、いちおう、俺の”親友”ということになっている。


 全体的にふわふわとした雰囲気をまとい、言動もどことなく浮世離れした乙葉は、クラスメイトからはマスコット的な位置づけで愛されている。


 確かに、彼女とは妙に馬が合うというか、同じクラスになって以来、どこか危なっかしい行動や言動の乙葉がほっておけずにそばにいると、やはり助けに入ったり諌めたりすることが日常化し、また、彼女の方も異様に俺になついて一緒に居ることが当たり前となって一年半。

 お目付け役としての地位を確立してしまった俺に、クラスメイトから着けられたあだ名は”オカン”だ。

 不本意過ぎる。


「修司、じゃあ今日の夕飯は唐揚げとおにぎりにしようかっ」


 満足した様子で手すりから手をはなし、乙葉はこちらを向いて無邪気に言った。

 全体的にのんびりとした雰囲気でいて意外と行動派である乙葉は、言い出したことは確実に実行する。

 しかも、家事全般が大得意ときている。

 料理がうまい乙葉の唐揚げを食べてしまった俺は、惣菜のから揚げが食えなくなってしまったほどだ。


 だが、習慣になってしまったとはいえ、両親の帰りが遅い自宅に、そうナチュラルに誘ってくれるなと言いたい。

 

 一応、俺に面倒をかけているという自覚はあるらしく、一人暮らしである俺を夕飯に誘う、というのが乙葉なりの感謝の印らしい。

 それでもこの明け透けな感じは、俺が同年代の男だということを忘れてるんじゃないかと思う。

 まあ、こいつのことだ。

 恐らく俺は男ではなく”親友”という一種の生き物だという認識になっているのだろう。

 だが、俺だって例外ではないんだぞ、と懇切丁寧に説明したいもんだが。


「いいな、それ。ついでに、マカロニサラダもつけてくれ」

「りょーかい!」


 こんな最高の申し出を断れるわけない俺が、そう言った時の乙葉の笑顔はそりゃあもうまぶしかった。

 だが、全幅の信頼と、親愛の情のこもったこの笑顔が、今は少々憎く思えてくる。

 何時ものことであるが、いい加減気づけと思う。


 俺が、オオカミになりたくてうずうずしていることを。

 お前がどれだけ子羊かってことを。


 ゆるりと暢気に喜んでいるお前の、どんな表情を俺が見たいと思っているか。


 いっそ、このまま――――……


 俺が手を伸ばそうとした矢先、鼻歌を歌いながら夕飯の算段をしていたらしい乙葉がくるりと振り返って、ぎくりとした。


「修司、今日のおにぎりは、スパムにしようかと思うんだけど!」


 乙葉の言葉に俺は思わず突っ込んでしまった。


「いや、スパムは違うだろ……て言うかなんで肉」

「いやあ、この間テレビでハワイ特集やっていてね。コンビ二に並んでるスパム握りとやらがおいしそうだったから、修司に食べさせたいなと思って! 毒見で!」

「……おい、毒見ってなんだよ毒見って」

「だって修司がおいしくなきゃ、お弁当に入れられないじゃん。そろそろお弁当のレパートリー増やしたいんだよね!」


 あっけらかんと言い放った乙葉に、俺は一気に脱力した。


 ああくそ、この微妙な関係が変わんねえのはこの関係を壊したくない俺にも原因があることくらいわかってんだ。

 お前が離れていかないのがどんなに嬉しいか。

 俺の人生がどんだけ明るくなっているか。

 そのゆるい笑顔にどれだけ救われているか。

 お前は知らないだろう。


「……とりあえず、昆布と梅干も作らねえか握り飯」

「修司は意外とじじ臭いよね。趣味が」

「うるせえ、買い物手伝わねえぞ」

「あーそれは勘弁、今日は修司が来るからって買いだめモードのメモリスト作ってきたんだから」


 こっちの気も知らずに暢気に笑う乙葉に、いつか絶対に目に物言わせてやると内心で決意し。

 だが、結局は現状維持を望みつつ、俺は、軽やかに屋上のドアへ歩いていく乙葉の後に続いたのだった。




 そして。





「へくちっ!」

「風邪か?」

「ないない。だってあたし、超健康優良児で通ってるんだよ? それよか買い物だよ―っ!」







 この後、風邪で寝込んだ乙葉を見舞いに行った俺が、プツンと切れてやらかすまで、あと3日。








やらかしてしまった直後のヘタレオオカミ。

「~~~~……っ!!!!!」(あまりの暴挙に悶絶している)

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― 新着の感想 ―
[一言] 甘酸っぱいなぁ... 尚、私は苦い経験しかしてない模様
[一言] もしかしたら脱字かも? コンビに並んでるスパム握りとやらがおいしそうだったから→コンビニに ではないでしょうか?違ってたらすみません。 青春ですね~。雲をいろんな物の形に見立てるの学生時代…
[良い点] 甘酸っぺえ……
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