後編
『S型装備は、隊長のみが適合した《虚人》側の狙撃兵器である』。
あの時、僕とソウ先輩に知らされていた情報はそれだけでした。
隊長がS型装備を起動した時、僕は――――おそらくソウ先輩も――――目の前の状況が信じられませんでした。
隊長の持つ狙撃銃の表面に光の筋が走り、隊長の腕にまで伸びました。そして、そのまま体全体に光の筋が張り巡らされ、その瞬間、隊長の体は半透明になりました。
その姿はまるで《虚人》のようでした。見た目の違いは、身体が白く濁っているくらいでした。
隊長はスコープも使わずに、侵攻する《虚人》に狙撃銃を向けました。その姿は、塔の壁に据えられたライトの光に映えて、きらめいていました。
隊長が第1射を撃った瞬間、僕とソウ先輩は双眼鏡で《虚人》を確認しました。《虚人》は消し飛んだ自身の右腕をじっと見つめていました。
その断面は不規則に尖り、まるでガラスのようでした。そして、そこからはなにも出ていませんでした。
ほとんど間を置かずに、隊長は第2射を撃ちました。次は左腕でした。
すると、両腕を失った《虚人》が突然、まっすぐ塔上部の僕たちを見据えながら、猛スピードで前進を始めました。
《虚人》が塔まで1000を切った瞬間から、隊長は狙撃銃で連射を始めました。
もはや『狙撃銃』としての使い方ではないにも関わらず、どの弾も正確に《虚人》の身体を捉えていました。
双眼鏡の中で身体を散らしてゆく《虚人》を見て、僕は気持ちが高ぶるのを感じました。
飛び散る欠片一つすらも逃さないような弾丸の軌道。側で聴こえる連続の銃撃音。その規格外の『狙撃』に、僕は精神を支配されてしまいました。これほどの圧倒があることを知らなかったのです。
気がつけば、《虚人》は撃破されて狙撃は終わっており、元の姿に戻った隊長が側にしゃがんで僕の顔を覗いていました。
その時、僕はさっきまで隊長が《虚人》のような姿になっていたことを思い出しました。
高揚が恐怖にすっと置き換わりました。この確かな肉体を持つ隊長は幻で、もし触れられたら、僕は《虚化》してしまうのではないか。そう考えて、そこから僕が隊長にナイフを振るうまではほんの一瞬だったように思います。
そして、ナイフは隊長の腕を掠め――――しゅうっと細く、血が紅い線を描きました。




