後編
「待てやめろ!――――」
ジュパッ、と重く湿った音を立て、放たれた射線。
扉をすり抜けたワタシの目の前で、彼より若いだろうか、ひとりの隊員が自らの頭蓋を撃ち抜き、身と血を散らしながら床に崩れ落ちた。
そして、彼もまた床に膝をつき、うなだれた。
『もう一度……また来るから!!』
そう言ったワタシの姿を、彼は覚えているだろうか。
……いや、もはやそのようなことが彼の中にあると思えない。
「なん……あぁ……あっ……えあっ…………」
自決した隊員の遺骸に這い寄り、欠けて鋭い刃のようになった腕で、刺し貫いてしまいそうなほど激しく揺する。みるみるうちに隊員の皮膚が裂傷にまみれ、それでも彼は揺するのをやめようとしない。
こんな姿を目の当たりにして、ワタシはいったいなにを信じたらいいのだろう。
触れたらいいのだろうか。
こんなふうに――――
「っ……!」
彼が跳ね上がり、後ずさった。
「誰か……誰かいるのか……?」
その反応と言葉とで知る。
「ああ。ここにいる。ワタシはここにいる」
この言葉は彼に届かないのだと。
「誰っ……誰か……」
それでも、触れられるのだと。
そして、彼に触れた瞬間、ワタシは感覚に教えられた。
ワタシはもう消えないのだと。
「見えっ……見えないのに……なんで……」
きっと彼だけに触れられるのだろう。彼はもはや唯一なのだから。ワタシもまた唯一なのだから。
それはもう確かめようがないことだが、確かめる必要などないことだ。
「ヘクト……ヘクトなのか……? それともソウか……?」
彼が望むならなんだっていい。
「私は……お前たちを守っ……守れっ……」
ワタシはこれから永久に彼と共にあり、彼はこれから永久にワタシと共にある。
「すまない……えあっ……あぁ……」
ただ、ほんの少しだけ、彼のほうがより孤独なのだ。
「っ!?」
ワタシは彼の背に指を当て、言葉をなぞる。
彼は背に意識を集わせ、そしてその言葉に気づいた。
「あぁ……約束しよう。今度は、必ずだ……」
言葉は、伝わる。言葉だけなら、伝わるのだ。
彼は立ち上がる。肌はもう人間のそれには戻らない。自決した隊員の遺骸の上にベストをそうっと掛け、彼は部屋を出る。
振り返らずに進み続け、基地を去り、塔との境界上でようやくひたと立ち止まる。
そして、彼は見送る。広大で空疎な宇宙へ旅立つモノを。
地に降り立つと、彼は隊員たちを埋葬する。失われた腕の断面で、地に這いつくばって掘った穴に。決して遺骸に直接触れることなく。
最後のひとりは、一五式と共に散ったあの隊員だ。彼はその隊員を埋める前に、ウェアの上着をそうっと掛け、ひとすくいずつ埋めゆく。
こうして、彼はひとつの時に別れを告げ、そこからまた、新たな時間を始める。




