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3号塔より、弾雨が降る  作者: 雪原たかし
姿を現す、過去の者
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後編

「お前……なんでそっちにいる!?」

 ワタシは彼の存在を知った時と似た衝撃を感じた。彼はワタシと似た存在になっていたからワタシが見えたのだろうという推測を、その隊員がひと言で否定したからだ。

 隊員とワタシたちとの距離は、一五式のひと跳び分ほどしかなかった。互いにすぐにでも攻撃できたというのに、ワタシたちも、隊員も、そうしなかった。

「なんで《虚人》と一緒にいやがる!? 答えろ!」

 口調とは裏腹に、隊員は冷静だった。

「『ワタシが《虚人》を操っている』とでもお考えですか?」

「そう見えるぜ」

「そのとおり……とは言い難いです」

 やや回りくどく言ったのは、そこにワタシのこれまでの複雑さを読み取ってほしい、と無意識に思ったからだろうか。

「俺にはなんでそんなことしてるのかまったく理解できねえな。そもそもお前自身は《虚化》しねえのかよ」

「誰も、《虚人》でさえも、ワタシには(さわ)れませんよ」

 だってワタシは真の意味で(から)なのだから。

「じゃあお前は、それを悪用して、ずっと俺たちに《虚人》どもをけしかけていたのか」

 隊員の声に少しの震えが混ざった。恐怖からくるものではなかった。

「いいえ。ワタシは彼らとも、あなたたち人間とも、いかなる関わりも持ってきませんでした。持つことができなかった、というほうが正しいでしょうか」

 《虚人》の近くに現れ、どこかへと向かう彼らに付いて行き、数分と経たないうちに身体は消え、途方もなく長く感じる虚無の時を耐え、また違う場所へと現れる。そんな、生きているのか定義し難い循環が、ワタシの全てだった。

「じゃあ消えろ。そこの《虚人》を殺すのにお前はいろんな意味で邪魔だ」

「それはできません。ワタシにも目的があるのです」

 そう答えればこの時間は瞬く間に終わってしまうことは分かっていた。でも、ワタシはわざとそれを選んだ。

 そして、ワタシの返事を合図にしたかのように、隊員と一五式はワタシの狙い通りに戦闘を再開した。

 どちらが先に撃ったのかすらも判別し難かったが、初撃は両者とも外し、そこからは弾雨の応酬となった。

 最初の命中弾が出るまでは、互いに間合いを細かく変えながら撃ち続けた。だが、とうとう隊員の右脚を一五式の射線が貫くと、形勢が変わり始めた。

 隊員は移動できなくなったが、それでもその場に腰を据えて砲台のごとく一五式を狙って撃ち続けた。

 一五式は着実に隊員に接近してゆく。その距離が縮まるにつれて弾が頻繁に掠めるようになっていたが、それでも一五式は《虚人》の性質そのままに、隊員に近づいてゆく。

 そしてついに一五式の射線が隊員の急所を貫いた。隊員の弾雨はぱたりとやんだ。

 一五式はまだかろうじて息がある隊員の傍らに立ち、その身体に触れようとして――――その寸前で隊員が撃った最期の弾に真正面から砕かれた。

 低く重い銃撃音と、高く儚い破砕音が響きあう。そのまま力尽きた隊員の遺骸は吹雪の大地に横たわり、一五式の欠片がその上に降りかかった。

 ワタシは隊員と一五式の戦闘を最後まで見届けた。それでも、その余韻を感じる気はなかった。

 ワタシは目的を果たすために再び進み始めた。

 彼は3号塔の遥か上空、軌道基地にいるはずだ。ワタシは必ず彼に再会しなければならない。まだ消えずに追うことが許されているのだから、ワタシにはそうしない選択肢などなかった。

 塔のそばまでたどり着くと、つい数日前に見上げたあの場所が意外と高いところにあることが分かった。地上から中心部へ伸びる通路はどうやら瓦礫で行きどまりになっているらしい。ワタシが把握している侵入経路はあの遥か高い場所だけだった。

 ワタシは飛んだ。塔の外壁に沿って。

 速度はどんどん大きくなる。風の抵抗は感じない。目的の場所までいくらもかからなかった。

 やわらかく着地すると、予想どおりに中心部へと向かう通路があった。一瞬の静止さえもったいなくて、ワタシはすぐに通路へ入った。すぐに外の光が届かなくなった。その後一瞬だけ光のある場所をすれ違った。その光の正体は確かめず、ワタシはひたすら進み続けた。

 突然、巨大な空間に出た。ワタシはそこが塔の中心部だと直感した。見上げれば、その空間は果てが見えないほど高くまで続いている。

 ワタシは再び上昇し始めた。






 破壊された境界隔壁を抜けるとエレベーターシャフトが見えたが、ワタシはそれを使うことなく上昇し続け、底面にわずかに空いていた隙間を通って軌道基地の内部に降り立った。そこはホールになっていて、見回してみると鈍く輝く微粒子が線になって深部へと続いているのが見えた。

 ワタシはその道標をたどって進んだ。直線的に延々と続く道のり。次第に意識が惰性になってゆく。四囲を無機物が取り囲む時間がゆっくりと過ぎてゆく中で、ワタシはただひたすらにあのひとが描いた線に沿って進み続けた。

 なぜワタシはわざわざ通路を進んでいるのだろうか。なぜワタシは未だに消えずにいるのだろうか。疑問は鮮やかに浮かび、考察はぼんやりと消えてゆく。不思議な時間だった。

 やがてワタシは、自分がいつの間にか軌道基地の最深部に到達していることに気づいた。目の前には機械扉。青色灯がゆっくりと点滅している。道標は扉で切られていた。

 直感がパッと現れた。彼はこの中にいるという直感が。

 それに素直に従って、ワタシは機械扉をすり抜けた。

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