4.無力の咆哮
格闘訓練で水無瀬に完敗した龍は、医務室で目を覚ます。
*今回は戦闘シーンもグロテスクもありません
『あ〜あ、コテンパンにやられたな』
青龍の声が聞こえ目を覚ました。そして今いるそこは自分が住んでいる世界でないと一目でわかった。
「どこだ•••ここ」
足元は水面が広がり、水は恐ろしく透き通っているのに底は見えない。宙に浮いているような錯覚を起こしそうな足元だった。建物や植物などない。見上げれば蒼天の空が果てしなく世界を包み、鰯雲は流れる氷河の様にゆったりと過ぎ去っていく。
『ここはお前の深層心理の世界。オレとお前だけの世界だ』
「どこにいる?」
『後ろ』
ゆっくりと振り返った。そこには誰が見ても「龍」の一文字しか浮かび上がらないであろう、神話上の巨大な生物がいる。大蛇を思わせる太く長い胴は鱗を纏い、鋭い爪を持った短い2本の前足が生えていた。
『あまり驚かねえな』
「もう慣れた、お前のせいでな」
ナマズのような長い髭を生やした鼻先から青龍の体を舐める様に視線を辿る。爬虫類のような鱗は光沢があり柔らかい鎧にも見えた。俺の視線を止めたのは尻尾だ。先端は偃月刀のような鋭い刃が暇そうに振られていた。それは激痛と供に皮膚を突き破って出てきた尻尾と全く同じだった。
「それより深層心理? とか言うのは何だ?」
『さっき言っただろう、オレとお前だけの世界だって。お前がこの空間を作って、オレを生み出した』
「は?」
謎が謎を呼ぶ説明で段々苛ついてきたが、今この状況で納得のいく説明を探すのは無理そうだと判断した。諦め混じりの溜息を吐くと別の疑問を投げ掛けた。
「BEASTは俺みたいに人から産まれるのか?」
『おいおい、オレをあんなBEASTと一緒にすんなよなぁ』
「人を喰う時点で同じだろうが。名は違えど池と湖は同じ水だろう」
『違うんだなぁこれが。まあそのうち教えてやる、今はお呼びだぜ』
ちょっと待ってよと怒鳴ると突然空間全体が眩い光に包まれて、目を閉じた。
瞼をとおして差し込んでくる光が収まっていき、そっと目を開くとあれほどのだだっ広い空間が一気に狭くなり、白い天井に手が届きそうな気さえした。
ーーーえ? 天井?
「あ、気がついた!!」
心配そうな結衣の顔が、俺の顔を覗き込むようにして様子を伺った。
「あれ、俺って確か格闘訓練で……」
ゆっくり視線を廻らすと結衣の隣に水瀬が隣に立っていた。どうやらここは自室だ。
「大丈夫かい? 脳震盪で倒れたんだよ」
「…はい」
俺の無様な様子を鑑賞しに来たのか、心配して来たのかそんなことはいい。ただ今は水瀬の顔だけは見たくなかった。今すぐにでも飛び掛かりたい気持ちだか結衣を目の前にしては、惨めにベッドの上で横たわるしかなかった。
「大事に至らなくて良かったよ。今日はゆっくり休んでくれ。僕から教官に行っておいたから。じゃあ失礼するよ。結衣さん、さっき言った連絡事項伝えておいてね」
「はい、お任せください」
水瀬は軽く会釈をすると部屋を出た。
結衣と二人切りの部屋。手を伸ばせば触れられる程の距離。本当の俺ならきっと変に緊張しているだろう。でも今はその様な甘酸っぱい時間も空間もない。胸に渦巻く屈辱とずっと意味のない睨み合いを続けていた。結衣に背を向けて横になった。
「……組手に負けたくらいでそんなにへこまなくても良いじゃない、負けても得られる物だってあるんだから。経験値が上がって良かったんじゃないの?」
「……」
今、結衣がどんな言葉を投げかけても俺にはきっと響かないだろう。悔しさや憎しみはどれ程の好意や愛を超える。今まで生きてきて何度も体験して得た経験だ。
結衣がため息を吐くと、パラパラとメモ帳をめくった。
「じゃあ明日の予定伝えるわね。明日から特別警戒週間が始まって警察とかABRとかと協力して町を周回するから。時間と場所は別時示されるみたい……何か分からない事があれば聞いてね」
扉の開閉の音と結衣の気配が完全に消えると、乱暴に枕を投げつけた。悔恨の泥沼に溺れるたびに衝動を抑えられなくなる。
気付いた時には頬を伝う暖かい雫が膝を濡らした。
昔から変わらない、泣き虫の自分。そんな自分も憎い。
「……ちくしょう」
補足
・清滝結衣 きよたき ゆい
ヒロイン。吉隠龍とは幼馴染みで小学校から高校まで同じ学校だった。学力、体力はともに高く、高校卒業後はその能力が評価され、面接だけで軍に入隊した。母とは幼い頃に死別している。
スタイル、顔も標準以上なことから色々な人から人気だが彼氏なし。Eカップ
好きな物 スイーツ、梅酒
嫌いな物 細いくせに「最近太った」と言う女