21.悲しみの連鎖
弟を殺された南原陽菜は激昂する中、白い悪魔は冷たく微笑む
「うしとらああああああああああああああああ!!」
艮が大きく後ろに飛び退くとそれを追いかけるように南原が飛び出した。元々備わっている人外の力と憎しみの力がより南原を促進させ、蹴りだしたコンクリート地面がひび割れるほどの怪力を生み出していた。
この時、南原は目で見るのが困難な死が張っている事に気付いていなかった。
―――「死」 遠回しに言えば罠だ。南原の目の光で紅い煌めきが細く横一線に反射する。プツッと何かが切れた音がした途端、南原を挟んでいた2本の支柱が爆裂の悲鳴を上げた。支柱が吹き飛び、炎が燃え広がった事でスプリンクラーが作動した。爆風によって生み出された黒煙から、雨に疑似した水が降り注いでいた。辺りに広がる火薬のにおいが鼻を撫でた。
「……まあ、そうきますよね」
艮は黒煙が大きく揺らめき、南原が飛び出すのを見るとどこか安堵したような柔らかい顔を見せた。
煙から抜け出した南原は両肩から朱雀の翼を生やしていたが、片翼がズタボロでもう片方は完全にもがれていた。さらに体の一部は抉れて出血している。爆発の瞬間、翼で衝撃を和らげたと言うのは誰からの目で見ても一目見れば分かる。南原は歯を食いしばると、翼と負傷した部位を瞬時に再生させた。翼は鮮やかな赫色を広げ、体は若々しい女体へ戻る。
艮は指をパチンと鳴らした。するとあちこちの支柱の影からスーツ姿の男女が飛び出した。橙色の小さな炸裂が高速で鳴り響き、南原は咄嗟に飛び上がった。怒りで頭の中が灼熱感にさらされていても、音からして短機関銃が放たれていると言うのはわかった。天井に張り付くとバネの様に飛び出し、鉛玉の突風をかいくぐると、銃口の少し奥の人間に向かって拳を突き出した。すると低く鈍い音が鳴り響き、拳には異様に硬い感触が伝わった。目の前にはメカニカルで複雑な構造をしている大型の盾が、南原の拳をものともせず立ちすくんでいた。
「久しぶりお嬢ちゃん」
雲母坂がイージスに仕込んでいる片手剣型のエペタム「ヒドゥン」を引き抜き、南原の首を刎ねんと言わんばかりに大きく薙ぎ払った。南原は素早くバックステップする事で避けた――その瞬間だった。
「清滝!!」
南原の視界が陰った。南原は頭上から見て確認するより、翼で覆い被って守りの体勢を取った。その南原の翼に結衣が、人の身程の長さと幅を持つ大型の両刃剣「ヒサシ」を突き立て襲い掛かった。
(く、浅い!!)
結衣は落下速度とヒサシの重量をそのままのせて切っ先に乗せたが、僅かに喰い込んだだけで強靭な赤い羽毛には効果が薄かった。翼が大きくひらめくと結衣は大きく吹き飛ばされた。だが結衣は心の中ではまだ余裕があった。
「そこよ!!」
結衣が叫ぶと南原の右太ももに黒い矢が刺し貫いた。支柱の影から高月がボウガンでE仕様矢を放っていた。高月は素早く次の矢をつがえた。
「おらああ!!」
南原が乱暴に刺さった矢を引き抜くと、その隙を狙って柊が正面から襲い掛かった。彼女の両手には蠍の触肢によく似ている双剣エペタム「カオリ」。柊は南原の肩から横腹にかけて袈裟切りにした。
「アアアアア!!」
激痛と怒りが折り重なった咆哮を上げながら南原は拳で反撃に出た。柊は体を大きく傾けて避けると同時にカオリを薙いだ。南原の下腹部を喰いちぎり、血飛沫が上がる。南原が怯んだ隙を柊は見逃さず、そのまま後ろ回し蹴りを放った。南原の顔面に蹴りが直撃し、大きく体をよろめかせた。
(よっしゃ!! もらっ――)
この時、南原が何事もなかったかのようにむくりと体勢を起き上がらせた事に柊はぎょっとした。更に南原の傷口から血が噴き出た事で返り血が顔に掛かり、視界を潰された。
「うわっ」
南原は柊を翼で横殴りにし、大きく横へ弾き飛ばした。柊は地面の上を勢いよく転がり、壁に背中を打ち付けた。清滝は急いで柊の前に立ち追撃を防ぐためにカバーした。
「柊上等!!」
清滝は柊を呼びかけた。清滝は柊が呻きながらゆっくりと立ち上がっていくのが見えて安心したのと同時に柊の負傷を心配していた。
BEASTはその名の通り、動物の特性を含んだ怪人だ。この南原陽菜は霊獣だが、基本的にはBEASTと同じ。そして獣器からみて南原陽菜は「鳥類」のBEAST。特に白鳥など翼が大きな鳥類は羽ばたく力が強く、はためかせた翼に直接あたると大人でも骨折する事もある。
「ああ、痛って~」
どうやら柊は無事だったようで、今度こそ結衣の胸に安堵がやってくる―――はずだった。
ぞわりと、背中に大きなムカデが這いあがってきた様な悪寒が走った。それはなんとも異質で、奇妙な音の震え。
「―――柊、上等?」
笑い声。柊上等がかたかたとカオリを震わせ、肩を跳ねつかせながら笑っていた。
「……血だよ」
「は?」
「血だよ……血だよ血だよ!! ああヤベエ、この臭い、油みてえなぬめり、錆び鉄の味!! ヤベエよ久々にイッちまうかもしんねえ!!!!」
柊は息が荒くなり、足を内股にしてガクガクと震えだすと喘ぎだした。その顔には狂気とそれに任せる快楽、色欲が織り交ざりトリップを作っていた。
(なに、この人!?)
結衣は狂い始めた柊に寒気がしそうなほどの恐怖を感じた。
「ハハハハハハハハハハハハ!!」
柊は涎をだらしなく垂らすと南原に向かって疾走した。
「ちょ、柊上等!?」
南原が翼をはためくと赤い羽根が彼女の周囲を囲むように舞い上がった。真っ先に嫌な予感を感じ取ったのは雲母坂だった。
「隠れろ!!」
彼が叫んだ途端、舞っていた赤い羽根が周囲に勢いよく拡散した。それぞれが得物を盾にしたり、支柱の影に隠れる事で間一髪蜂の巣の運命から逃れた。黒い感情によって弾丸より早い速度で拡散した羽は周囲の壁に深く突き刺さり、破片をまき散らした。
その中でも柊は、赤羽の嵐の中、エペタムを盾にして突っ走っていた。羽が数か所足を掠めて血が飛んでも柊は意にも介さず、南原に向かって走り続けた。柊はエペタム「カオリ」を振りかぶりながら飛びかかる。南原はひらりと避けるが柊は攻撃の手を緩める事はなかった。一撃避けられたとしても、もう一撃、エペタムだけでなく体術も織り交ぜあらゆる角度から攻め続けた。
「もっとお!! もっとくれよ血おおおお!!」
結衣は戦闘に入り込むタイミングを完全に見失った。朱雀はスピードと飛び道具を駆使した戦い方で隙が無く、柊は己の身体能力とエペタムの軽さで手数が多い戦い方。一方結衣のエペタムはパワーと攻撃範囲の広さが売りで、決して遅いわけではないが前者の2人に比べれば速さの面では劣る。下手に割り込むことは出来ない。何より、柊の狂乱した人格が結衣の戦意を奪いかけていた。自然と息が上がり、肩が大きく上下していた。
「大丈夫結衣ちゃん? 深呼吸して」
肩に手を掛けて心配してきたのは東雲晴海だった。
「……ええ、少し驚いただけ」
結衣は大きく呼吸して上がる息を何とか落とそうとした。
「無理もないよ、あの人血液性愛者だから、血を浴びると頭のネジが吹っ飛ぶんだ。僕も最初は驚いたね」
東雲はMP5の弾倉を捨て、新たな弾倉を装填した。
「大丈夫、いつも通り僕らは僕らの仕事をするんだ。特等支局官が2人もいるし、何より僕がいるから。死んでも君を守る」
彼は「あの日」からしょっちゅうアプローチをして来たり構って欲しさにくだらないイタズラを繰り返す様になった。元気になったのは良いが、幼稚なやんちゃ坊主になった事には少々呆れていた。
そんな彼の瞳は子供でも、ましてや男の瞳でもなかった。死を恐れず愛する人を守ると言う使命を心に秘めた「戦士」だった。
結衣は鼻で軽く笑った。自然と硬くなっていた肩の力がだんだんと抜けていった。
「あんな根暗野郎もかっこいいセリフを言えるようになったのね? 知らなかった」
「でしょ。ああそれにしても、結衣ちゃんが濡れたスーツを着ている…良い! とってもいいよ!! しっとりと濡れたスーツが透けて、可愛い下着――」
結衣は東雲の顔面に肘打ちを入れた。ごんっと重い音が鳴り東雲の顔面が跳ねた。
「高月、援護頼むわね」
「り、了解ッス」
結衣はエペタムを改めて握り直し、息を整えると2人の戦闘を見つめた。未だに2人の激しい攻防の嵐は続いている。
南原は翼で叩きつけるが、柊は両手を交差させて受け止めた。動きが止まったこの瞬間を狙って柊は南原の腹に蹴りを入れた。お互いの間合いが広がり、2人の睨み合いが始まった時だった。
「東雲くん、手榴弾を下さい」
「え? あ、はい!」
東雲はジワリと痛む鼻を抑えながら腰にぶら下げた手榴弾を1つ、数メートル先の艮に向かって投げた。艮は受け取ると戦っている2人の間に向かって投げた。この時結衣は目を疑った。
(え!? 安全ピンを抜かずに!?)
このままでは起爆しない。だがそれに気づかなかったのか、あるいは知らなかったのか、南原は手榴弾から逃げるように大きく後ろへ飛ぼうとした―――艮はこの瞬間を狙っていた。
「はああああ!!」
柊は後を追うように突っ込み距離を詰めるとカオリを振り降ろした。南原は反応に間に合わず2つの双剣に切り裂かれた。更に血が飛び散り、南原は体勢を大きく崩した。
艮はあえて手榴弾の安全ピンを抜かずに投げた。兵器に詳しくない南原でも手榴弾を見て「起爆する物」と言う認識はあり、すぐさま離れようとする心理を利用した。今となっては周りが見えていない柊なら追撃をすると艮はわかっていたからだ。
「今です」
艮の合図で銀の光が空間を駆け、南原の胸を貫通した。南原は大量に吐血しその場で倒れた。
「がっ……は」
「―――いいタイミングでしたよ、水瀬准特等」
水瀬は前髪を整えながら微笑んだ。あらかじめ決めていた作戦通り、水瀬はフィニッシャーとして前半は待機していたのだ。
「ABRの白い悪魔に褒められるとは、光栄だね」
「アタイの獲物横取りしないでくださいよ」
水瀬の右手には片手剣型のエペタム「フラガラッハ」が握られている。先ほど南原の胸を貫いたのは彼のエペタムだ。ケルト神話の宝具の名を持っているだけあって、能力も酷似していた。白銀に輝く刀身を飛ばすことができ、飛ばした刀身は自動的に持ち主の元へ帰ってくる。飛ぶ速度は高速で、優れた動体視力を持つ水瀬だからこそ持つことが許された。
「……てよ」
南原から僅かに声が漏れてきた。その声は先程の戦闘の様な憎悪は含まれていなかった。艮は冷たい視線を注いだままだった。
「…仁人を返してよ……!!」
血の海を少しづつ広げている南原だったが僅かに動く体を精一杯動かして立ち上がろうとしていた。水瀬は笑みを崩すことはなかったが、心は驚愕していた。
(大した生命力だ、さっきのフラガラッハで心臓を確実に潰したのに。霊獣恐るべしだね)
「……仁人は何も悪い事していないじゃん、学校行って、友達作って、テスト勉強頑張って……殺される理由なんかないよ」
南原の震える声はもはやBEASTの形を残していなかった。彼女の嘆きとスプリンクラーの蒔く水音だけ
が地下駐車場に虚しく響いていた。
「訳もなく殺される恐怖、考えたことある? 親や兄弟が虫けらのように殺されて、残された人の気持ち、あんたたちわかる? あんたたちさえ…いなければ、こんな事に!!」
近くの支柱を支えにして何とか南原は立ち上がった。ズタズタの胴体から出た血が着ている服を赤く染め
ていった。
「無残に喰い荒らされた家族を見た人の気持ち、考えた事はあるか? 亡骸の『一部』しか見る事の出来ない葬式、参加したことあるか?」
雲母坂の面は優しそうな中年男性だが、その巨体からあふれ出る殺気と闘志は露骨に見えていた。
「君たち自身が悲しみの連鎖を作ったんだ」
「あんたらは…あんたらはウチたちの立場なら同じことが言えんの!? 人しか喰えない体なのに、どうやって正しく生きろって言うのよ……!! ウチだって…あんたらみたいに、平和に生」
何の前触れもなく、柊が南原の胴にカオリを深く突き刺した。結衣は目を大きく見開いた。
「ゴチャゴチャうるせえんだよ。さっさと死んでエペタムの素体になってろ」
荒々しく南原を蹴り飛ばしてカオリを引き抜いた。南原が倒れた地面には彼女が散らした赤い羽根があった。辺りに散らばる赤い羽根と血が彼女の最後の姿を濃く彩っていた。




