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2.押し寄せる虚無

BEASTに襲われた龍、だがBEASTに似た『何か』が自分の体から飛び出し撃退。一命は取り留めたが……

 「……なんとか帰える事は出来た」


時計の針は夜中の一時半を示していて雨が降り始めていた。いつも規則で二十三時には眠っていたが眠気など微塵もなかった。未だに鼓動が落ち着かず息苦しさが続いていた。頭の中はさっきの生死を彷徨った出来事でいっぱいだった。渇いたのどを潤すために冷蔵庫から冷えた天然水を取り出しラッパ飲みした。水が喉を通過する快感は僅かに自身を安静に導いた。


(…落ち着けよ俺、大丈夫だ、冷静になれ。そしてあの二人、あれはBEASTだ。信じられねえが認めよう…大丈夫。後はあの尻尾……)



 『オレだよ』



聞き覚えのある声がまた聞こえた。この声は朝聞いた声と同じだ。暗い部屋を見渡すが自分以外誰もいない。いるはずがない。


 「…幻聴か?」

 『違う。聞こえてんだろう? オレの声が』

 「誰だ!? どこにいる!!」

 『オレは、お前だ。オレはお前の中にいる』

 「…意味が分からん。とっとと失せろ」

 『ご挨拶だな、命の恩人にそれを言うか? お前、オレが手を貸さなかったら今頃女の餌だ』


頭に一閃の光が横切った。塞がれた腹の風穴、尾骶骨あたりから飛び出た謎の尾。


 「……じゃあ」

 『そういう事だ』


どうやら今日起きた怪奇の正体は『オレ』で、命の恩人になるらしい。


 「お前は誰だ? 名は?」

 『名前か……周りは青龍とか呼んでいるな』


―――そしたらびっくり、こいつ『青龍』だったのよ!?


あの紅い翼を生やした女の顔が脳裏に浮かんだ。そして彼女を止めた謎の女も。

 胸の中で突っかかっていた重たい問いを何とか口に運んできた。この予感だけは外れてほしい。外れてくれないと本当に困る。


 「……俺とお前は、BEASTなのか?」

 『おお、素晴らしい!! どうやらオレの主様は察しが良いらしいな』


一気に全身が鉛のように重くなり、うなだれた。運命と言うものがあるならば今すぐにでも破壊したい。


『軍人という職に就いたのは人類の宿敵BEASTだなんてこんなおもしれえ話が他にあるか!?』


青龍は愉快そうに大声で笑い出した。奥歯にぐっと力が入った。


 『いいぜ、その顔。たまらねえぜ』

 「馬鹿にしているのか」

 『そんなつもりはねえさ。まあこれからお互い世話になるからよ、仲良く行こうぜ……それと、オレはずっとお前の味方だ、龍』


どういう事かと問いただしたが返事がなく、部屋には屋根が雨に打たれる音だけが響いていた。『オレ』を探すのをあきらめ、ベッドに座り込んだ。すると強烈な眠気に襲われ、枕に頭を沈めると一瞬で眠りについた。



 あの日から数日たつが朝起きるといつもと変わらない日常が待っていた。決められた時間に起き、勤務している部隊へ向かい何かと呼び出され上司に怒られる。ため息をこぼしながら部屋に戻る。そんな事の繰り返し。


 「おい吉隠、この前言っていた訓練ノートだが書き漏れがあったぞ、やり直せ。明日の終礼までだからな。あと、字が汚い」

 「あ、はい!! すみません」


そして班員全員の視線を浴びながら部屋長に怒られる。ここまではよくある事だ。


 『本当に怒られるのが好きだな、龍』


どこかから声をかけてくる青龍以外は。


 (黙れ。気が散る)


机に座ってパラパラとノートを開いた。よく見れば数日前の射撃訓練の所見が、最後まで書けていなかった。急いで鉛筆を走らせる。


 「まったく、清滝や高月は出来ているのに、なぜお前は出来ないんだ。不思議でならん」


鉛筆の芯が力んだ指に耐えられず真横に折れた。思わず部屋長を睨み付けた。目が合いそうになるとすぐに視線をノートの上に戻した。「お前は出来ない」「下手糞」「不器用」と言う言葉など子供の頃から嫌と言うほど聞いた。


 「終わったら事務室に行って俺の机の上に置いておけ、いいな」


部屋長が不機嫌な顔で部屋を出ていくと、苛立ち交じりのため息を吐いた。すると結衣が後ろからノートを覗き込んできた。結衣の長い髪から良い匂いがした。普段の俺なら緊張して心臓が暴れだすが、今は機嫌が悪くそれどころではない。早くこの厄介なノートを終わらせないと。


 「また怒られたわね。それにしても汚い字」


あえて何も返事をせずシャープペンに持ち替えて書き漏れを補った。


 「まあ、ああやってガミガミ言っているけど部屋長は龍のこと、陰では褒めていたわよ」

 「ウソつけ」

 「本当よ、真面目で一生懸命ないい奴だって」


俺は褒められて伸びるタイプだが、陰で褒めたって何の意味もない。なぜ本人に言わないのか、それこそ不思議でならん。段々苛立って来てペンの走りが荒くなり始めた。


 「ねえ龍、今みたいにイライラしている時一番いい解消法知ってる?」


黙ったまま首を傾げて知らない事を意思表示した。


 「それはねえ、沢山喰う!! 沢山飲む!! 沢山寝る!!」

 「……うん、で?」


結衣は親指を後ろに指した。


 「一緒に食堂行こう? ほら速く」


結衣が俺のノートを無理矢理閉じた。


 「こういう時はねえ、一旦落ち着いてからの方がすぐ終わるの。ほら」


昼食にしては少し早いが誘いを断る理由もない。ちょうど腹も減って来た。少々バタバタしながら筆記用具やノートをロッカーにしまうと食堂に向かった。


 『あ、ちょうどよかった。少し話がある』

 (何だ突然?)


青龍を相手にしながらも、すれ違う上官への敬礼を忘れずに急かしてくる結衣についていく。


 『オレたちBEASTの主食、知っているよな?』


 (は? そんなの知っている訳――)


知っている訳ないと言おうとした時、脳裏に電極が走り一つの映像が再生された。暗い路地裏で目を紅く燃やしながら人の死肉を屠っていた、あの制服姿の女。全身に悪寒が走ると「その通りだ」と青龍が俺の予想を肯定した。


 『お前は人を喰わないと餓えて死ぬ。人が喰う物を喰っても何んともねえが、腹は膨らまねえし、喉は渇く』

 (おいおい突然なんだよそれ……聞いてないぞ!!)

 『今言った。なに大丈夫さ、人一人喰えとは言わねえ。腕や足を一本、最悪血を飲むだけで――』

 (そうじゃねえ!! 俺に人を喰い殺せってのか!?)

 『何を慌ててんだよ、お前は軍人だろ? 人を殺してナンボだろ。それに殺してやりたい奴なんて近くに腐るほどいるだろ、そいつらを喰えばいい。腹は満たされ害獣は駆除、一石二鳥じゃねえか』


ここで何も言い返せなかったのが無性に嫌だった。


 『とにかくそろそろ頃合いだって事忘れんなよ』


それだけ伝えると青龍の声は聞こえなくなった。代わりに結衣が俺を何度も呼ぶ声が少しずつ大きくなってきた。


 「ちょっと!! 龍?」

 「あ、ああ。何だ」

 「人の話聞いてた?」

 「……すまん」


結衣はもう、と呆れ顔になった。


 「龍って耳悪いの?」

 「悪魔のささやきが聞こえるんだ。最近な」


もめているうちに食堂に着いた。早めに来たせいか食事をしている隊員は少なかった。陸軍の木曜日の昼はカレーと決まっている。曜日感覚を見失わないようにするためらしい。カレーのほかにスープと水を貰っているうちに、結衣は既に空いている席に座っていた。結衣の隣に座りたかったがどうも勇気が出ず、結衣に対し正面の席に座った。


 「いただきます―――うん、美味しい!」


遅れて合掌しスプーンを手に取った。米は白く煌めく積雪の様でスパイスの香るルーを身に纏い、隣には沢山の野菜や肉が転がっている。一口、大きく口を開けて頬張った。そしてじっくりと味わうように沢山噛む。


 (……嘘だ)


カレーのスパイシーな味が米の甘さと絡み合って舌の上で広がるハーモニーを期待していた。だがその期待は大きく裏切られた。何かの間違いだと思いもう一口食べた。


 (何で味がないんだ…)


どれだけ噛んでも呑み込んでも口の中にあるのはただ純粋な『無』。味という存在がないのが当たり前と言わんばかりに、米もルーも肉も野菜も、何一つ味がなかった。これではただの固形物だ。

 「やっぱりここのカレーは美味いわね。肉は柔らかいし、ルーはいい香りだし、ね? 龍」

 「ああ――そう、だな」


コンソメスープが入ったお椀を手に取り中を啜った。


 (これじゃあ、ただの水だ)


近くにあった様々な調味料を入れても同じだった。スープの色が混沌としていくだけで何一つ舌を刺激するものはなかった。大量の調味料を入れる俺を結衣は不審な目で見ていたが俺は気にしていられなかった。何がなんでも目の前にある食べ物たちは俺がBEASTであり、青龍が言っていた事は本当であると認めさせようとしている。事実、大盛りのカレーを食べた後も妙な空腹感に苛まれた。その後自販機で飲み物を買ってみたが結果は同じだった。喉を心地よく刺激する炭酸料も、苦手なコーヒーも、普通の水にしか感じなかった。

 部屋に戻って残った書類の片づけに取り掛かったが、いつもなら数分もあれば済むものが十分以上もかかった。さっきの事が気になって鉛筆を走らせるのは骨が折れた。

暇そうにベッドに寝そべって携帯電話でゲームに勤しむ高月が「あ、そうだ龍」と何かを思い出したように俺を呼んだ。


 「今日の昼礼は隣の隊舎から朝礼場に変更だって連絡があったぞ」

 「そうか、ありがとう」


携帯電話を確認すると高月が言っていた通りの通知が来ていた。


 「なんか聞いた話じゃ表彰式をやるらしいぜ? そのあとそのまま格闘訓練だってよ」

 「へえ、誰が?」


知らねえ、とだけ言うと携帯電話に目を戻し、ボタンを連打し始めた。


 「なあ高月」

 「ん?」

 「……今日の昼飯、美味かったか?」

 「おお、美味かったぜ。いつもより少し甘い気もしたけどな」

 「―――そうか」


高月は「どうかしたのか」と尋ねてきたが何でもないと嘘をついた。胸の奥に何とも言えない重さがのしかかった。


補足


・吉隠龍 よなばり りゅう


主人公。高校を中退した後、清滝結衣を追うようにして軍に入隊。ネガティヴ思考でかなり嫉妬深い性格だが、本当は真面目で努力家。空手道二段で身体能力は高め。

清滝結衣の事が幼い頃から好きだが、告白出来ない日が続いている。


好きな物 魚介類全般(特に貝)

嫌いな物 アニメ等で出てくるロリ顔巨乳娘

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