13.夫婦喧嘩
大分更新が遅れてしまい申し訳ありません。仕事の方で時間を見つけ出せずにいました。今回は戦闘シーンなし
「どうしたんスか清滝さん? 難しい顔して」
高月はうどんを啜りながら、いつもと様子が違う結衣の姿を不思議そうに見ていた。
「さっきの会議がどうもねえ……」
「ピンと来ないっスか?」
―――2時間前 F4 会議室
会議室はいつもの様に糸が張っているような緊張感に包まれている。山田や他の支局官の葬式が終わってからはどこにいても同じような感じだった。結衣や高月、水瀬など雲母坂が率いる班員は会議が始まる時間の15分前には着席し、資料に目を通していた。会議が始まる時間が数分前になると席は全て埋まり、遅れて一人のスーツ姿の男が入ってきた。背が低く額や目元に深いしわがある事から中高年に見える。
「総員気をつけ!!」
雲母坂の号令で全員が背筋を伸ばして立ち上がり、敬礼した。スーツ姿の男が「休ませ」と言うと全員それぞれ席に着いた。
「おはようございます。今回の会議ですが、局長が急用で参加できないとの報告を受けましたので、この烏丸准特等支局官が務めさせていただきます。ではさっそく会議を始めます。お手元の資料の4ページをご覧ください」
紙と紙が擦れる音があちこちで聞こえると、資料を開いた。4ページには事件とその時間と場所、それらをまとめたグラフがある。
「図の5番をご覧ください。花園班が集計したデータです。それでは花園上等支局官、あなたの方から説明を」
烏丸から指名された花園は席から立ち上がり、前へ出てきた。やや小太り気味で眼鏡をした中年男性だ。
「先日ヨナバリを含むBEASTの亜種4体が当局の破壊工作、逃走をしてから2週間の間、ABR支局がBEASTによる襲撃を受けたとの報告が急激に増えています。それもエペタム製造工場やBEAST収容所を狙って襲撃しています」
図を見てみると書かれている数値が異常だった。これまでにBEASTがABR支局を襲撃した事件は何度かあるが、数自体は大変少ない。BEASTとは言え人間と同じ脳を持っているのだ。わざわざ敵の城に正面から飛び掛かるほど馬鹿ではない。いるとしても余程力のあるBEASTが腕試しのために来るぐらいだ。実際それで数十名の支局官が殉職した事件もあるがどれも被害は少ない範囲で収まっている。
だが今回は被害の数も内容も違う。侵入に気付いた時には収容所や工場を破壊されており、彼らを取り押さえようと向かい、返り討ちにあった支局官の数が以前のものと比べ物にならない。
「また、図の6番の地図から見てわかるように、同時期から民間人や支局官が殺害されたり、捕食された事件も増えています。これらの事件もヨナバリによる仕業でほぼ間違いないかと」
地図には周辺の図が書かれ殺害及び捕食事件があった場所にマークが書かれている。
この時結衣は資料を見て顔に僅かに暗みを帯びていた。ヨナバリ。吉隠龍。幼少期からほとんど同じ時間を過ごしてきた友。弱虫で、学校でいじめられては泣きながら帰る姿が懐かしい。不器用だけど心優しい青年で、真面目な努力家だ。
そう再認識する度にあの日の事が鮮明に蘇る。目を紅く光らせ、大蛇とも恐竜とも似つかない太く長い尾を振り回し、襲ってきたBEASTを倒した。その数日後にはABR支局で実験台になり、廃人と化した幼馴染。そんな彼が今回の様な事件に関与しているとは思いたくはなかった。資料を持つ手に僅かな力が入った。
結衣は決して私情によって認めたくないと言っているわけではない。だが会議の内容はどうもすっきりしない。
「俺もっス」
(…やっぱりね)
結衣は会議の途中で高月の様子を見て不審に思っていた。話を聞いて顔を顰めたり、何度も資料を開いたり閉じたりしていた。もしかしてと思っていた結衣は確信に変わった
「この資料を見ていると、ヨナバリの仕業とは言い切れないと思うんスよねえ」
結衣は食い入るように高月に注目した。
「ちなみに何故そう思う?」
高月は片手でページを捲りながら解説した。
「収容所や工場はわからないっスけど、同時期から増えた殺害や捕食は関係ないと思うんスよ。破壊工作の時に出た負傷者の様態ですが、軽傷や重傷色々ありますけど、死者と捕食された支局官は1人もいないっス。そしてこの印がついている殺害、捕食現場ですがどれも死体周辺の土地が荒れ放題っス」
「つまり?」
「ヨナバリなら、こんな雑な殺し方をしねえだろうって話だよ」
声に振り返ると紙袋を持った柊がいた。「どっこいしょ」と年齢に似合わない事を言いながら、結衣の2つ隣の席に座った。紙袋から中身を足りだすとハンバーガーと特大サイズのコーラが現れた。柊はジャンクフードをよく食べる習慣があった。
「現場周辺が荒れているってことは戦闘があったって事だ。少なくともアタイらにエペタムを握らせる時間はあったわけだ。敵の巣に突っ込んで1人も殺さず、破壊と逃走を成功させるような奴だ。そんな奴が我武者羅に暴れ回った挙句、死体をあちこち喰い散らかすとは思えねえな」
柊はハンバーガーを大きく齧り付くと口にソースを付着させたままコーラを飲んだ。
「それにしても新米2人が仲良く探偵ごっこか、おめでたいねえ」
柊が毒を吐いて高月は苦笑いをしていたが、結衣はただ黙って柊を見ていた。柊は「おお怖い怖い」と、からかうような笑みを見せるとまたハンバーガーを齧った。柊は結衣の視線から彼女の心境を感じ取っていた。その上でこの様な仕草を見せた。
「そんな怖い顔していると老けるぞ? 清滝2官」
「お気遣いどうも。ではアタシからも一つ、そんなものばかり食べていますと…豚になりますよ?」
この時、高月は脊髄が凍り付いたような気がした。年下とは言えど相手は上等支局官。縦社会のなかで結衣は上官に対して爆弾を投げ込んだのだ。
だが柊の反応は結衣と高月の予想に反していた。柊はとても楽しそうに笑っていた。2人は目をぱちくりとしていた。
「上官に歯向かうぐらいの元気と根性はあるようで安心したぜ。さっきの会議で中身がスカスカな内容に黙ってうなずいている連中になるんじゃねえぞ」
警告しながらも笑みを見せている柊を見て、2人はいつの間にか力んでいた肩を降ろした。
携帯電話のバイブレーションの音が聞こえると柊はポケットから携帯電話を取り出した。誰かからの着信だ。
「はい……ああ、晴海か、どうした…………マジか、分かった。艮特官にはアタイから知らせておく。晴海はそのまま監視を続けておけ。ぜってー手を出すなよ」
柊は通話を切るとさっきとは比べ物にならない速さでハンバーガーを食べ終え、喉を鳴らしてコーラを一気飲みした。
「何かあったのですか?」
「なに、ちょいとヤボ用が出来た。精々頑張りな新米ども。口より手足を動かして、現場では五感を信じる事だな」
柊が立ち上がり席を後にしようとした時、「あ、そうだ」と何かを思い出した。
「さっきの探偵ごっこだが、この連続殺害と捕食はアタイの勘では『朱雀』か別のBEASTの女だ」
それだけ言い残すと走り去っていた。
「すげえ…」
「何が?」
「柊上等が言った2つは、これから俺が言おうとしたものっス」
結衣は柊の背を探したが、彼女の姿はどこにもいなかった。
(…馬鹿ではなさそうね)
勘の鋭い高月と同じ意見と言う事ならまだ信憑性はある方だ。
「続けて」
「まず『朱雀』からなんスけど、すごく好戦的で正直、遊ばれていた気がするっス」
「それが?」
「殺されたり捕食された人の半数近くはABR支局官です。戦いたがりの朱雀だからこそ、この人数が出ていると思うんスよ」
高月は湯呑に入った茶を飲んだ。
「二つ目の『別のBEASTの女』なんスけど、殺された人全員が男性、しかもその半分以上はABRの訓練生です。発見場所もABRの養成所を中心に広がっているっス」
(……ホントだ)
資料の地図を見てみると高月の言った通りだった。本支局と養成所を囲むように印がある。
「色仕掛けで油断させて殺した。戦うとしてもまだ若くてヒヨッコな訓練生を狙ったと思うっス」
「面食いだったわけね……鋭いじゃない高月」
「いや、あくまで予想ですから。それにこの仮説だと『なぜこのタイミングなのか』がわからないっス」
高月は後頭部を掻いた。結衣も言われてから気付き頬杖をついて思考を廻らせた。確かに、今の仮説だと何故わざわざ警備が強化されたこの時期なのかが不可解である。
(……口より手足、現場では五感、か。あの人口悪いけど案外そう悪い人でもなさそうね)
初めて会った時は人を見下す感じ悪い女に見えたが、その印象は大分色褪せた。実際に話してみないと人はわからないものだ。
「よし、ここで考えるより資料の見直しと町の巡察をしましょう」
高月は急いでうどんを食べ終えると結衣と一緒にオフィスへ向かった。
「……おはよう」
聞き覚えのある声に反応して眠りが覚め目を開く。視界に入って来たのは、俺の顔を覗き込む短髪の少女の顔だった。
(近っ!?)
驚くのも無理なかった。かなり顔が近くて西の吐息が俺の鼻先を撫でるくらいだ。少し起こせばヘッドバットが決まる距離だ。
「お、おはよう……あと、どいてくれるか? 近すぎ」
そういうと西は黙ったまま離れ、俺は体を起こしてベッドから降りた。なんだこいつ、不思議少女か? 時刻は0650時。閉じかけているカーテンの隙間から細く眩い日差しが差し込んでいる。
第5ABRの研究所から4人で逃走してから2週間が経った。逃走した後、北条がアジトを紹介してくれた。アジトと言っても見た目は普通の一軒家で住宅街のど真ん中だった。勝手なイメージでしかないが、アジトと聞くと人目が付かない廃墟みたいな所かと思っていた。地下1階と上に2階の3階建ての家で、2階の空き部屋を貰った。あの時北条に交渉された部屋でもある。
大きな欠伸をしながらも部屋をでて洗面所に向かった。その際これまでの2週間の事を思い出していた。
脱走してからたった2週間しかたっていないが色々な事をしてきた。ABR支局にあるBEAST収容所の襲撃、エペタム製造工場の破壊工作。また必要があればABRとの戦闘。知らない間に自分は本当に人類の敵になり、あの時北条の考えを否定した自分自身は完全に死んだのだと改めて認識した。
(でも、後悔や罪悪感はない。随分気が楽だ。これでいい…)
『ああ、これがお前だ』
そうだ。俺はいつも真面目を振る舞い、己が思う虚像を守ろうと必死だった。だからこそ、俺は弱かったんだ。でも今は違う。知らなかっただけで俺には力がある。俺をここまで陥れた人間など、今ではただの餌でしかない。
(俺は、強い)
心の中で自分自身に言い聞かせると洗面所の扉を開けた。
「はあ~さっぱりし――」
するとそこには開けた扉の向こうには全裸の南原陽菜が濡れた体をタオルで拭いていた。目が会うと氷像の様にピタリと固まり、口を半開きにして暫くの間静止した。
「あ、すまん」
「なっ……な――」
咄嗟に出てきた謝罪と共に南原の顔が耳まで一気に赤くなった。
「なにしてんのよおお!!」
耳を突き破りかねない怒声と共に蹴りが飛んできた。南原の踵が俺の腹の奥底までねじ込まれ、壁まで吹っ飛んだ。腹と背中に重苦しい激痛が駆け回り吐き気を催した。扉が勢いよく閉められる。
「サイテー!! 信じらんないこの発情エロトカゲ!!」
「ああ!? お前みたいなお子様体型如きに発情しねえよ、鏡見てからもの言え」
「殺す」
体中の毛が何かを感じ取り咄嗟に地を這うように伏せると、頭があった位置に赤い刃が複数通り過ぎた。硬い音が鳴ると壁には鮮やかな赤い羽根が壁に突き刺さっていた。蜂の巣になった扉が大きな音を立てて吹き飛ぶと、下着姿の南原が現れて、地に伏せている俺を見下ろしていた。その顔と瞳には色が無かった。完全にキレている。
「惜しい。避けなきゃよかったのに」
「確かに。そうすりゃお前の荒野みたいなパイオツを見ずに済んだな」
途端南原の瞳に色が蘇った、それも残光が残るほどの紅い瞳が。
(…ちょっと言い過ぎたかも)
「大きな物音がしたから来てみたら、なんだいこれは?」
「あ、北条さん」
気付けば北条が騒ぎの様子を見に来ていた。彼の細い目は寝ているのか起きているのか、見分けがつかないほど目が細い。
「こいつ覗いてやがったの」
「覗いてねえ、運悪く見ただけだ」
「同じだって」
「いや違う」
北条は俺と南原の二人を見て愉快そうに笑った。
「仲が良さそうで安心したよ。着替えと夫婦喧嘩が終わったら部屋においで。話があるんだ」
「誰が夫婦よ!!」
「冗談だよ」
先に俺と西は北条が待つリビングに行き、南原は遅れてやって来た。南原はタンクトップにホットパンツと言った露出度の高い服ですらっとした足が、風呂上がりのせいか艶めいて見えた。
「ちょっと事情が変わってね。暫くは君たちに偵察を頼みたいんだ」
「偵察?」
北条はテーブルの上に地図を広げた。そしていくつかの箇所を指さした。
「ABRの動きが活発になって来ているんだ、範囲も広がりつつある」
「そりゃあ、あちこちで蜂の巣をつついたら働き蜂も出てくるに決まってんじゃん」
北条は「まあね」と言って申し訳なさそうに苦笑いした。西は相変わらず黙ったまま話を聞いていた。
「だからこそ、飛び回っている蜂の規模をある程度知っておきたいんだ」
「ウチらじゃなくても良くない?」
南原は手鏡で自分の髪の毛を整えながら聞いた。シャンプーの香りが僅かに鼻を撫でた。
「悪いけど私は別の用があって、そっちに行かないといけないんだ」
別の用と聞いて妙に気になったが不必要に首を突っ込まない事にした。
「…わかりました。で、具体的にどうしたらいいんですか?」
北条は微笑みながら「そんなに気張らなくていいよ」と言って手を振った。
「簡単な仕事さ。今日1日町をブラブラするだけでいい。蜂を見つけたら数、場所を大体でいいから報告してほしいんだ」
「……了解」
「……とりあえず、今日は鈴盟ちゃんと吉隠君はバディでお願いするよ」
「分かりました」
西と組む。正直どうしたものかと思っていた。彼女は無感情、無表情の少女。南原と違って口を叩きあったりしなくて済むが、これはこれでやりにくい。
ふと西と目が会った。普通に見れば髪で団子を2つ作っている可愛らしい少女だ。だが彼女の瞳は薄暗い闇を纏っているようで、どこか悲哀感があった。
「えっと…よろしく、西」
「……」
彼女は何も言わず扉へ向かい部屋を出た。思わず肩をすくめた。どうもわからん。
「いつもあんな感じだからね、気にしなくていいよ」
「まあ……裸見られたぐらいでぎゃあぎゃあ喚く奴よりかは可愛げがあっていいですよ」
「ウチもエロトカゲと組まなくてよかった」
「そうなのかい? 鈴盟ちゃんと組むって言った途端、残念そうな顔してなかった?」
すると南原は頬を赤くして、手からするりと落ちた手鏡を床の上で破砕する前につかみ取った。
「そ、そんなわけないじゃん!! マジありえないし!!」
そういうと南原はどこか変でぎこちなく笑いながら部屋を後にした。
重いため息を吐くと支度を始めた。支度と言っても、顔をごまかすための帽子や財布ぐらいしかないが。
「難しい女の子2人も、よく面倒見切れますね」
「こう見えて妻子持ちだからね。『元』だけど」
思わず手が止まってしまった。僅かに揺れた心を止めると、そのまま軽い着替えを済ませに掛かる。
「……聞こうとしないんだね」
「人は詮索されるのが嫌いでしょ」
「人じゃないよ、私たちは」
「はは、そうでしたね。では」
玄関へ向かい扉を開けると眩しい日差しが目を萎めさせた。そのなかでも、数メートル先でどこか遠くを見つめているアオザイ姿の美少女ははっきりと見えた。
西がこちらへ振り返ると目を細めた。いわゆるジト目とか言う奴だ。
「……遅い」
「すまん、北条さんと話してた」
行く当てもなくただ前に伸びている道を歩き出す。会話もなくただ、ただ歩く。西は俺と並ぶように歩いていた。
「……」
「……」
(やっぱりやりにくい……)
特に会話など必要ないのだが、どうも心地悪い。そう思うと南原と罵り合う方がまだマシだったかもしれない。ちらりと視線を向けても前を向いて黙ったまま歩いている。
「西って――」
「鈴盟でいい」
珍しく反応が早い返答に戸惑いながらも続けた。
「じゃあ俺は龍で。鈴盟はいくつなんだ? 随分若いが?」
「……19」
「へえ、おれと2つしか違わないのか――いつからなんだ?」
いつから―――それは俺の様に、突然人類の天敵であるBEAST、霊獣に化けたのかを意味している。
「……生まれた時から」
「え? そうなのか」
「…そもそも親がBEASTだった。私は獣の娘……両親がABRに殺されてから、気付いたら霊獣になっていた……」
「そうか…悪いな」
「どうして謝るの…?」
昔から悪くないのに謝るのも自分の悪いクセだ。人を捨ててもクセは残るらしい。鈴盟は瞳に僅かな疑問の色を浮かべたが表情には相変わらず起伏も色もない。
「どうしてって、嫌な事思い出させたかなと思ってよ…」
もしかしたら気のせいかもしれない。だがもしそうでないのならこの時、鈴盟の幼顔にほんの僅かな笑みが見えた気がした。
「……変なの」
「ありがと」
気付けばアジトから随分と歩き、車や人の通りが多い町の中まで来ていた。やはり話しているだけでも時間は飛ぶ矢の様に進む。
目の前の信号を待っている時に、俺は今までの会話を思い出し、一つの疑問が浮かび上がった。
「なあ、さっき『気付いたら霊獣になっていた』て言ったよな? そもそもBEASTと霊獣の違いって何なんだ?」
「…声を抑えて」
「あ、すまん。で、どうなんだ?」
今は人通りの多い町の中だ。会話も考えてしなければ。
「……いくつか違いがある。1つは『霊獣』が体の中にいる。龍も、南原も、北条も」
俺ははっとして後ろを振り返った。そこは青い空とそれを反射して映るだだっ広い水面の二つだけの景色。そこでは青龍が意味ありげな笑みを浮かべて太く鋭い牙をちらつかせた。その顔が妙に俺をイラつかせた。
「……何も聞いていないのね、青龍から」
「照れ屋なんだよ、きっと。で、他にないのか?」
信号が青へと変わり、また歩みを進めた。
「……あるけど、また後で話す」
「今でいいだろ」
「……後ろに3人ついてきてる」
「え?」
慎重に後ろを覗くと、スーツ姿の男女が3人確認できた。その男たちは真っ直ぐこちらを見て視線を逸らさなかった。そして彼らの手にはBEAST殺しの武器エペタムがあった。
北条さんの話によると、ABR支局官のみエペタムの携行が許されていて、この様な街中武器を堂々と持っていても問題ない。そういう意味では敵の判別は容易だった。
「とりあえず何か仕掛けてこない限り、今は無視して歩き回ろうぜ。向こうも民間人が多いところではやり合いたくないだろうし」
鈴盟は黙って頷き、そのまま俺と歩き続けた。鈴盟に3人の臭いの特徴を教えてもらい記憶する事で、見失った時の対策も立てた。時間をおいて後方を確認して気付かれないようにしながら、3人の動向を探った。ついでにメールで北条さんに報告だけ済ませておくようにした。時間と数、場所を大まかに記し送信する。
時計を確認するともう昼を過ぎている。あれから随分と歩いたが思っていた以上に尾行がしつこかった。簡単に終わるとは思わなかったが、それでも少し予想外だ。今は思い当るところを適当に歩き回っているがこれ以上敵に情報を与えるのも具合が悪い。鈴盟の肩を肘で軽くついて自分の方へ向かせた。
「こっちから仕掛けよう。このままじゃらちが空かない」
「……どうするの?」
「簡単さ。俺達が雰囲気ある場所に行けばいい」
辺りを見回し、人気が少ない場所を探した。その時ふと目についた細い路地裏があった。ビルとビルの間の細い道で人気も少なそうだった。そちらに歩みを変えてその道をずんずんと進んでいく。ビルの高さで日差しが遮られ、薄暗い陰りが辺りを包むと記憶していた臭いが強烈に感じ取れた。近づいている証拠だ。
「――俺は後ろの2人、鈴盟は先頭の高身長を頼むそれと、鈴盟の男は生け捕りにしよう。こっちから奴らの情報を盗む」
「……わかった」
2匹の霊獣の背後から足音が早く、大きくなって近づいてきている。
「さて、行くか」
薄い暗闇の中で紅い光が淡く光りだした。




