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1.目覚めた獣

初投稿です。

隣に引っ越して以来、俺はずっとあいつの近くにいた。一緒に遊んで、学校へいって、部活動に参加して、家族より同じ時間を過ごしたかもしれない。

気付けば俺の視線の先は、いつもあいつの、清滝結衣の斜め後ろ姿だ。そう、俺はあいつの事が好きだ。憧れていた。俺は昔から貧弱で気弱な性格だったから、よくいじめられていた。運動も勉強も平凡……もあったか怪しい。あいつは俺を反対にした感じだ。男勝りの性格と言うか、とにかく元気、活発な奴でいじめられた俺を何度も助けた事もある。成績優秀、運動神経抜群、おまけに美人と来た。

そんなあいつに憧れて、追いつきたくて、振り向いてもらいたくて自分にできる限りの努力をしてきた。でもそのたびに無能な自分が嫌いになって、憎たらしくなって、悲しかった。こんなに頑張ったのに、真面目に生きてきたのに、世の中は残酷だ。世の中は弱者をゴミクズ扱いし、あいつの後ろ姿はどんどん遠ざかり小さくなっていく。



 『これだから人間は……』



誰か知らない人の声が聞こえ、思わずベッドから飛び起きた。息が荒いまま辺りを見回すが整理整頓されていない部屋には自分一人しかいない。腕時計を見ると朝の五時半。


 「……夢か」


今俺が所属している部隊は夏期休暇中だ。二度寝して昼まで寝るのも選択肢にあったが、どうもそんな気分じゃなかった。そのままベッドからおり、着替えはじめた。台所へ行って冷蔵庫から水が入ったペットボトルを取り出し、喉を鳴らして一気飲みした。寝起きでがさつく喉に冷えた水は最高に美味い。

テーブルの上にあるリモコンを取ってテレビをつけた。見た事のあるアナウンサーがチラチラと原稿に視線を変えながら読んでいく。その間に朝飯の準備を進めた。昨日の残りの米と味噌汁をそれぞれ茶碗に入れ、卵を一つ割って米と一緒にかき混ぜた。卵かけごはんにワサビと海苔の佃煮を一緒に入れるのは、最近見つけたオリジナルの調理法だ、これがめちゃくちゃ美味い。勢いよく飯をかきこんだ。

アナウンサーが読む記事はどれも似たようなもので、共通して暗い話だ。治療方が見つからない病気で死にゆく病人、犯罪や事件、加速していく不景気、外国では紛争や飢餓で死ぬ幼い子供たち。人類滅亡も案外近いかもしれないと思った――


『続いて次のニュースです。一昨日の午後六時ごろ〇〇駅近くの路地裏で死体が発見されました。死体で発見されたのは二週間前に出所した守谷義人(もりたによしと)四十六歳。発見当時、腹部より下は獣に喰い散らかされたような状態でした。警察はBEASTによる食殺事件として調査を進めています』

「またBEASTか」


―――BEAST(ビースト)。人を喰らう怪物。漠然とした不安はあるがあまりピンとこない、そのような微妙な距離感があった。何せこれだけテレビや新聞の記事で挙げられているのに今まで見た事が一度もないのだ。

その時インターフォンが鳴った。玄関へ向かいドアノブを捻じり、扉を開けた。


 「おっはよ~ 元気にしてた?」

 「ぼちぼち」

 「おいおい覇気がないぞ吉隠 龍(よなばり りゅう)三曹?」

 「休みの日ぐらい静かにさせてくれ」


これだけ長い年月が経ったとしても好きな人を目の前にするとどうしても口数が減るし、あまり目と目を合わせて会話できない。


 「で、何か用か?」

 「何言ってんの、十一時からボーリングからの飲み会があるじゃないの。忘れたの?」


約束した当日の風景が脳裏に浮かび、腕時計を見た。時刻は十時二十四分、今から用意して徒歩で現地に向かえば約五分前に着く。


 「悪い、用意してくるから先に行ってくれ」

 「え~、一緒に行こうよ」

 「待たすぞ?」

 「待つわよ?」

 「……そうか」


扉を閉めて急いで部屋に置いてある箪笥を開けて私服に着替えた。机の上に置いてある財布と身分証明書を首にかけた。家を出ると鍵をかけて目的地に向かって歩き出した。楽しそうに数歩先を歩く結衣は野原に飛び出た可愛い小動物みたいだった。

 まだ前と比べれば涼しくなってきたがそれでも太陽が放つ光は十分に熱く、皮膚を焼いていた。結衣はご機嫌そうに鼻歌を歌う。


「ねえ、ニュース見た? またBEASTが人を喰い殺したんだって」


話題を振るためにこちらに振り返った結衣の姿に参りそうになるが、なんとか意識は保ったままでいられた。落ち着いて「ああ、あれか」と意思表示した。


 「最近になってそんな事件ばっかだから、その内出動するかもな」

 「それはないんじゃないの? ABRアンチ・ビースト・レジメントがいるし」

 「でも、人手が足りないからな。俺達やSAT《特殊急襲部隊》の手を借りないと厳しいらしい」


“ABR” 対BEAST連隊の略称の事だ。BEASTを専門に駆逐、捕獲をするスペシャリストの集まり。気密性が高いためか、名前と存在していることぐらいにしか一般人には伝わっていない。俺達軍人の様な組織でも詳しい事はあまりわからない。


 「BEASTって文字通り化け物の様な奴もいれば人の姿をしてる奴もいるらしいわよ」

 「へえ、それは知らなかった」


車の騒音をBGMに歩き続けるとボーリング場が見えてきた。入り口の周辺では人が14人くらい集まっていた。その中の一人がこちらに気付き手を振って来た。こちらも軽く手を上げて返答した。


 「おっす吉隠、今日も暑いな」


俺と同じ部隊に所属している高月 吟(たかつき ぎん)は半分ぐらい減っているペットボトルを片手に、額に汗を浮かべていた。こいつは俺と同じ三曹だ。


 「全くだ」

 「こんにちは清滝さん、今日もキレイっすねえ」

 「何も出ないわよ。それよりどう? 全員集まった?」

 「さっき本日の主役から連絡があったんスけど、電車が遅れているみたいであと6、7分ぐらいは遅れるみたいっすよ」


今日は俺達の隊長、水瀬 崇(みなせ たかし)三尉の昇任祝いでボーリング大会と飲み会を開く事になっている。昇任祝いだから現在は二尉、まだ二十四歳と言う若さなのに恐ろしいもんだ。


 暫く時間が経ち、時計をちらちら見ていると、こちらに走ってくる人影がふと視界に入った。


 「お、やって来たっすよ本日の主役!!」

 「ごめん、電車が遅れてしまって…待たせたかな?」


この憎たらしい高身長高学歴イケメンが本日の主役だ。


 「大丈夫ですよ隊長。さ、皆集まった事ですし早速行きましょう」


結衣が隊長の腕を引いて店の中に入っていた。二人を先頭にぞろぞろと今日の参加者が入っていく。俺も入ろうとした時、高月に肩を掴まれた。


 「おいおい、怖え顔になってんぞ」

 「なってねえよ」

 「いや絶対になっていた。人殺しの目みたいだったぞアレは」


否定はしているが自分でもわかっていた。結衣が他の奴と仲良くしているところを見ているといつもこうなる。今回は相手が相手だから余計に憎い。胸はモヤモヤした謎の違和感に苛まれ、こめかみ辺りは熱を帯びているような感じだ。別に結衣と付き合っているわけでもないし、彼氏彼女の関係でもない。ただ幼馴染なだけだ。


 「そんな顔するなよ、相手はオレたちと違って頭も顔も身長も手に入れたボンボンだ。WAC(女性隊員)から大人気なのも仕方ねえよ」

「ありがとう高月、気分がどんどん冷たい深海に沈んでいくよ」

 「大丈夫だ吉隠、今日のボーリング大会でいいとこ見せつけて、清滝さんのハートを取り戻そうぜ。応援しているからよ」

 「……おう」


背中を強く叩かれると後を追うように店に入った。

 聞いたこともない洋楽が店内に大音量で響き渡っている中、1つのボールが全てのピンをなぎ倒した。そこには爽やかな笑顔で結衣を含めた隊員とハイタッチする本日の主役がいた。


 「…おいマジかよ、隊長ストライクかスペアしかとってねえぞ」


画面に映し出される隊長のスコアを見て呆気にとられた。その時結衣が隣からやって来た。


 「ねえ、龍のスコア見せてよ」


結衣が画面と睨めっこをすると顔が曇った。


 「龍、やる気ある? 何このスコア」

 「…球技は苦手なんだよ」

 「これじゃあ相手にならないじゃない。勝負しようかと思ったのに…」


興味が失せたのか隊長がいる隣のレーンに戻っていった。思わずため息を吐いて手を顔に当てた。


 「お、落ち込むなよ!! ボーリングが何だ、ストライクだかガーターだか知らねえが死ぬわけじゃないんだからよ!!」


何の励みにもならない声援を横に結衣を見つめた。楽しそうな笑顔は相変わらず俺の心をうずかせた。そしてその笑顔を見る距離も昔から変わらない。変わらない風景、そして変わらない俺の心。これは一途と言うのか、それともただの意気地なしか、俺には分からない。

ボーリング大会は夕方まで続き、飲み会は近くの和食店で行われた。会計はボーリング大会でダントツのビリである俺が持つと言うオマケつきだ。皆席に着くとビールを持ち出した。


 「え~では、水瀬崇二尉の昇任を祝して、乾杯!!」


全員同時に乾杯と口にするとコップを全員にぶつけ合った。


 「いやあ、皆ありがとう。僕のためにわざわざ」

 「気にしないでいいっすよ隊長!! 今日はお祝いっすから!!」

 「そうですよ、今回は龍が持ちますから!!」


結衣が強く俺の肩を叩いた。ドキッとしたがそれ以上に肩が痛かった。


 「いいのかい吉隠君、無理しなくていいよ?」

 「平気ですよ、ボーナスも出ましたから。お気になさらず」


顔に電極を流されたかのように自動的に笑顔が出て来て、言いたくもない言葉が流水のように出てきてしまった。後から反吐が出そうなくらい気分が悪くなった。なんでこんな奴に金なんか出さなきゃならねえんだ。そう思うとやけになってビールを一気飲みした。こんなにも不味いビールは初めてだった。

それからも次々とテーブルに並べられる料理は好きな物ばかりで、どれもうまそうな見た目と香りをしていたがどれも味がないように感じた。そりゃあ目の前で結衣が水瀬と楽しそうに会話しているのを見せられていい気分なわけがない。他の隊員たちは和気藹々として楽しい雰囲気に包まれていたが、自分は愛想笑いばかりで酒の減りだけが加速していくだけだった。追加のビール瓶がやって来て蓋を開けると新たにコップに注いだ。


 「ねえ隊長、隊長は結婚とか考えていますか?」

 「僕かい? したいなあとは思っているけど多忙で相手が見つからないのが現状だね……それより清滝さん酔っぱらっているでしょ? 顔赤いよ」

 「大丈夫ですよ~これぐらい。まだまだいけますから」


結衣が水瀬の肩に体を寄せた。


 「おい結衣、隊長に迷惑かけるな。離れろ」

 「何よ怖い顔して。あら~? ひょっとしてアタシと隊長が仲良くしているから妬いているの?」

 「……オマエなあ」


図星を付かれただけに何も言い返せなかった。


 「まあまあ二人とも。僕は大丈夫だよ吉隠君」


だろうな。でもこっちはそうじゃないんだよ。


 「ほら~隊長もそう言っているんだから」


今度は隊長の腕に抱き付いた。結衣の豊かな胸に水瀬の腕が沈んでいった。高月も酒が入り陽気になっていて、俺の肩にじゃれついてきた。脳天で湯が沸いてきた気がした。


 「いよ、お似合いカップル~!!」

 「でしょでしょ? ちょっと写真とってよ」

 「いいっすよ」


高月が携帯電話を取り出し二人に向けた。湧いてきた湯が沸騰を通り越して爆発した。


 「行くっすよ、はいチ――」


ビールを注ぎたかったから瓶を掴んだ。それだけなのに俺の指は瓶を粉々に握り潰し、ビールと血が拡散した。あれほど賑わっていた客席が静まり返った。


 「……龍?」


結衣の言葉でふと我に返った。破片を握りしめている手からは血が溢れてきた。


 「―――あ、いや、すまん。手洗ってくる」


静寂に包まれた席を後にトイレに向かった。まずは水で真っ赤になった手を洗い流し、刺さった破片を引き抜いた。地味に痛い。


 「!? 何だよ、これ…」


その時の俺の目は落ちそうなくらい見開いたと思う。確かにさっき大きな破片が深く刺さっていた。それなのに傷口が一つもない。


 「…おかしい、いやおかしいってこれ」


何故か妙な畏怖感を覚え、居てもたってもいられなくなり帰る事を決心した。水瀬の顔も見ずに済むしちょうどいい。客席に戻ると先程の陽気な高月は消え失せ、真剣な眼差しで迎えに来た。


 「おい大丈夫か?」

 「……ああ、大したほどでもない」

 「お前顔色良くねえぜ? 何かあったろ?」


こいつは昔から妙に鋭い。結衣が好きな事にいち早く気づいたのもこいつだ。


 「何でもないって……隊長、すみませんけど急用がありましてお先に失礼します。お代はここに置いておくので」

 「え? 吉隠君?」

 「失礼します」


店を出ると外はだいぶ暗くなっていた。これから真っすぐ帰る。今日は一刻も早く帰って早く寝たい、そんな気分だった。俺はビール瓶を握りつぶした手を見た。酒と鉄の臭いはするが傷口はどこにもない。


 「どうなってんだよ…」


確かに大きく鋭い破片が沢山刺さっていた。あの時の手から伝わる痛みも、流れ出てきた血も思い出せる。


「―――!?」


手をまじまじと眺めている時、俺の早足を止めたのは僅かに聞き取れた悲鳴だった。確かに聞こえたが、周りの人間は気付いていないのか知らんふりをしているのか悲鳴に見向きもしない。思わず悲鳴が聞こえた方へ走り出した。方角だけを頼りに後は本能に任せて探し出した。


 「どこだ、どこかに……」


細く薄暗い路地裏は迷路のように複雑だった。目の前の右の角を曲がった途端、足が止まった。体全身が凍てついたと言ってもいい、全く動けなかった。動けるわけがないだろ、目の前で制服姿の女が血の海の上で散らかっている肉片を屠っているのだから。女がこちらに気付き振り向いた。


 「あちゃ~見つかっちゃった。まあいいか」


茶髪女の顔を見て皮膚がざわめいた。この薄暗い路地裏の中、目が残光の尾を引いて赤く光っている。


 (こいつだ……ニュースで言っていた、“BEAST”!!)


間違いない、こいつだ。女の横に転がっている肉片は男の上半身と言うのがわかる。


 「大人しくしてなよ?」


考えるより凍り付いた体が動いた。女から少しでも遠くへ逃げようと走った。人生初めて死の恐怖を味わった。あの茶髪女の足元に転がっていた男の顔を思い出した。あの虚ろな瞳、ああなると思うと息が上がり冷たい汗が噴き出してきた。


 「ダメだって逃げちゃあ」


速すぎて気付くのが遅れた。赤い目の化け物がいつのか回り込んでいて、拳を引いて待ち構えていた。


 (やばい!!)


化け物が繰り出した拳が俺の腹部を深くとらえた。そのまま勢いで数メートルは吹き飛ばされ、冷たい地面を転がった。内臓に響いた衝撃に悶え、息がつまり動けなかった。


 (なんて馬鹿力だ、ちくしょう…!!)


女は小走りで近づいてきた。腹から肺に向かって広がる激痛を、歯を食いしばって立ち上がった。


 「へえ、案外根性あるんだ」


女が鋭い回し蹴りを放った。ここは避けず蹴りをガードして足を掴んだ。そして一気に体をぐるりと一回転して女を転倒させた。


 「こうみえてCQC(近接戦闘)が得意なんだよ!!」


女の足首を脇に挟んで渾身の力を込めて体を捻じった。枝が折れた様な軽い音が鳴り、足首が自力では向けられない方向に向いた。これで足とその激痛で動けなくなり、かなりの時間を稼げる。そう思い心に僅かな余裕ができたからこそ、女が何食わぬ顔で俺の胸倉を掴んだ時は訳が分からなかった。


 「CQCか何か知らないけどさあ…」


女は片手で体格やで差がある俺を片手で放り投げ、壁に叩きつけた。


 「力でねじ伏せられたら意味ないよ?」


壁に打ち付けられた衝撃で、視界が眩んだがその中でも気が付いた。女の足は先程折ったはずなのに、いつの間にか綺麗に真っ直ぐになっている。


 (もう治ったのか!? 化け物が……)

 「さて、ウチの美脚に手を出した代償はデカイからね……イキテカエサナイカラ」


茶髪の女がうずくまると骨がきしむような音が聞こえ、やがて肩甲骨あたりが弾け飛び、鮮やかな紅を放つ翼が生えた。不気味な音を立てて大きくなっていく。


 「何だ……これ」

 「キレイでしょ? この『朱雀』の翼、これウチも気に入ってんだよねえ。あんた空なんか飛んだ事ないでしょ」


禍々しさと同時にどこか神々しい姿に、ほんの僅かな間だけ女が化け物と言うのを忘れさせた。


 「なにじっと見てんの? ひょっとしてウチに惚れたとか? マジキモイんですけど!?」


女が高笑いすることで現実に戻った。


 (ダメだ逃げられねえ。でも逃げるしかねえ!!)


痛む腹をこらえつつ走り出そうとした時だった。女が紅い翼を羽ばたかせると鋭利な羽が散弾銃のように放たれた。反射的に顔を腕で覆ったが、体のいたるところに突き刺さり、全身激痛に包まれた。のたうち回り叫ばずにはいられなかった。


 「どうせ悲鳴を聞きつけたとかで変な正義漢ぶってここに来たんでしょ? ダッサ~」


女は俺の髪を掴んで持ち上げた。顔が苦痛に歪み嫌でも立つしかなかった。女が腕を引くと一気に突き出し俺の腹を抜き手で刺し貫いた。爆発的な激痛が走り、口から血が噴き出てきた。女が腕を引き抜くと腹からバケツをひっくり返すぐらいの血が出てきた。痛みがあるものの意識はどんどん遠のいていった。


 「これだから人間は。カッコつけようとするからこんなダサい事になんのよ、偽善者が」


―――わからない。わからないが今の一言で急に意識が戻って来た。それどころか風通しのいい腹の痛みすら感じなくなってきた。そして頭がじわじわと熱を帯びてきたような気がした。



 『これだから人間は……』



朝目覚めた時の謎の声が蘇った。


 「……けんな」

 「え? 何――」


その時女は唖然とした顔で言葉を失った。槍衾に貫いた腹が、ビデオの逆再生のように塞がっていくのだから無理もない。


 「ふざけんなああ!!」


怒声が響き渡ると女の顔を渾身の力を込めて殴った。女は勢いよく吹っ飛んだが翼を使って宙を舞い、体制を整えた。女の右頬辺りの肉が弾け飛んでいたが、それもすぐに塞がった。


「どいつもこいつも偽善偽善って!! 人の好意を何だと思って―――!?」


突然尾てい骨辺りに奇妙な痛みが走り呻いた。その痛みは徐々に大きくなり、その痛みが頂点に達し悲鳴を上げた。それと同時に皮膚を破いて、太くて長い尻尾のようなものが生えた。蛇の様な鱗に、尾の先は鋭利な偃月刀のような刃が鮮血を纏っている。


「な!? まさか()()()()!?」


もう訳が分からない。わかるのは鮮明な怒りと痛みだけが身体中を支配していることだけだ。

足が勝手に動き出して地面を蹴飛ばした。勢いよく走り出し、近くの壁を駆け上がった。


 「こいつ…!!」


女子高生は翼を羽ばたかせ、紅い羽の刃を雨のように降り注いだ。咄嗟に反対側の壁へ飛び移って避け、更に壁を蹴って女に向かって飛びつきしがみついた。


 「ちょっと!! 触んないでよ、マジキモイ!!」


振り落そうと暴れ回るが、掴んだ腕と襟は意地でも放さなかった。


「何でもかんでも偽善者扱いしやがって!!」


そして尾をしならせ女の背後から串刺しにした。女の胸から尾の先端と血が飛び出た。声にならない怒声を上げて尾をさらに喰い込ませた。女は激痛に声を荒げ、更に暴れ回った。どんどん高度が下がり、やがて二人もろとも墜落した。血で手が滑り地面に落ちた衝撃で投げ出された。女は血を吐きながら立ち上がり、胸の大きな傷は僅かな時間で塞いだ。


 「超ムカツク!! よくもやったわね!! 手足全部もいで――」


突然俺と女の間にどこから来たのか一人の人影が降り立った。


 「…何をしているの? 時間よ」


ぼそぼそと小さな声で翼の生えた女を止めた。目深いフードを被っているせいで顔はよく見えない。だが声や袖から見える細長くてきれいな肌から見て、多分女だ。


 「飯食っていたらこいつが邪魔してさ、そしたらびっくり。こいつ『青龍』だったのよ!? しかもウチの美脚を折るわ、胸に風穴開けるわ」


フードの女はゆっくりとこちらに振り返った。俺はそれを見て固まった。フードの奥の影から紅い光が二つ光っていた。翼の生えた女子高生と同じ目だった。


 (あいつも…BEAST!?)

 「…そう……ここは一旦退く」

 「はあ!? 何で?」

 「仲間同士争っても得がない、退いて」

 「無理!! こいつを――」

 「退け」


突然口調が変わり、女子高生は口が詰まった。


 「……はいはい、退けばいいんでしょ退けば」


舌打ちをすると空高く羽ばたいてビルの奥へ消えてしまった。フードの女は踵を返して走り出すと、とんでもない跳躍力で飛び上がり、建物の奥へ姿を消した。


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