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下準備


 誰にだって、 苦手な事の一つや二つある。

 世の中、 万能な存在なんて無いのだから。


 得意になろうと努力するのは大事だけれど、 どうしても、 出来ない事もある。


 やってもやっても出来ないそれは、 最後は私にとって、 どうしても向かない事になった。


 仕方がないので、 そのままそっとしておく。

 出来ないからと言って、 死んでしまう訳じゃない。

 ただ、 ちょっぴり人生損したかも知れなくなるだけだもの。


 そう、 言い聞かせて。












 ユーダ国に向かうと決め、 アルミスを出発して十二日目の朝。

 検問を抜け、 国内には入った。

 ユーダは規模の小さい国である。

 中心にある「ザラト」と言う街を除けば後は小さな村ばかり。

 領土に対しての人口が少なかった。

 平坦な道のりを歩みながら、 街まで後少しと言う距離まで来た。

 野宿でも宿でも料理出来る環境下ではずっと料理当番だったキラを気遣って、 アジェルは一つ提案をした。


「明日の朝御飯は私が作るわ」


 事前に「苦手だ」と言う宣言を聞いてはいたが、 折角の提案を無下に断る事もせずキラはそれを承諾した。

 そして就寝したのだが。

 いつもより幾分遅い目の起床。 キラは眠い目をこすり、 ぼんやりとアジェルの作業を見ていた。

 眠そうにしながら、 再び目を閉じる。

 うとうととまた眠りそうになる彼女の傍で、 アジェルがぎこちなく作業を進める。

 何を作ろうとしているのか全く分からないが、 焚き火に小さな鍋をくべる。

 漂う香りに見当がつかず、 キラがまたぼんやりと目を開いた。

 同じタイミングで起こったのは、 爆発だった。


「……!!!」

「…………あ」

「……………………アジェル?」

「……えへ」


 流石に目が覚めた様子で、 キラは大層驚いていた。

 そんな彼女に、 アジェルは顔を黒く汚して困ったように笑った。


「ごめん……やっぱり失敗しちゃった」


 どう声を掛けた物かと悩んだが、 キラもまたアジェルを気遣う様に少しだけ笑ってみせる。

 調理に使用した用具は、 食材と一緒に炭と化していた。

 ところどころ、 焼け残ったと思われる残骸が薪があった場所に散らばっていた。

 其処から、 極々小規模であるが、 大地が黒く焼け焦げている。


「いや、 まあ良いよ。 苦手って聞いてて放置したオレも悪いし」


 何があったか聞かないことにして、 キラはふあ、 と欠伸をする。


「最初は皆失敗するもんだし」

「……」

「今度は、 一緒にやろうな」

「……うん」


 てきぱきと片づけを終わらせ、 今は携帯食料で朝食中だ。

 しょんぼりとするアジェルの横で、 キラは、 んーと伸びをする。

 ついでに暖めたお湯でお茶を淹れ、 アジェルに渡す。


「ありがと」

「うん。 あのさ……オレも、 最初は全然できなかったんだ」

「……そうなの?」

「いろんな人に教えて貰って、 ちょっとはマシになったよ。 練習もいっぱいしたし」


 だから、 大丈夫。 と、 小さく笑う。

 励ましてくれる事に感動しつつ、 アジェルも小さく笑った。

















 ばん!!


 力いっぱい開け放たれた扉が、 壁に衝突する。

 司書であるリアクトは苦笑気味に入口の人物に目をやった。

 凄い音をさせて図書館に来たのは、 燃える炎色の髪をした背の高い少年だった。

 名前はフェイ。 リアクト等と同じ精霊の一人で、 炎を司る。

 同じ精霊と言う割りに、 格好はどこぞのランプの精を彷彿とさせる。

 リアクトやシャール、 デスターは色みの落ち着いた服を着ているに対し、 彼は少々派手な色味である。

 本人の趣味なのかも知れないが、 ターバンを巻いていれば完璧だろう。


「フェイ、 久し振り。 扉の開け方もう少し工夫してくれない?」

「おー! リアクト! 久し振りだな!!」

「……扉の話は聞いてた?」


 ばん!

 来た時同様、 力いっぱい閉められる。

 扉の悲鳴を聞いて、 リアクトは思わず耳を塞いだ。

 だが、 彼はそんな事お構い無しに、 ずかずかとリアクトが居るカウンターまで進んできた。


「もー……。 それでどうしたの? フェイがこっちに居るなんて珍しい。 向こうは良いの?」


 こちらの空間に居るのは、 基本はリアクトとシャール、 デスターの三人だ。

 地水火風の四大元素を司る精霊達は彼等三人よりもキラ達が居る世界の生物たちに関わりが深く、 普段は向こうに居る。

 こちらの空間に来る事自体、 珍しかった。


「ん? うん、 まあ、 たまには来ないといけねーし?」


 そうしてくるりと図書館内を見回し、 深紅の色をした瞳を彼女に向けた。


「シャールは?」

「今、 仕事中」

「……邪魔したら怒られるかなぁ」

「用件によると思うけど。 シャールに用事?」

「用事って程でもないけどさー」


 ごにょごにょと言葉を濁しているつもり、 ……らしい。

 だが、 それも束の間。

 直ぐに困った様に顔を顰めてリアクトを見た。


「あのさ……」

「なあに?」

「近々、 また戦いがあるのか?」























 雪の大地、 ディフィア。

 十年前の戦いの舞台となった、 極寒の地。

 ディフィアの最奥には、 断崖絶壁の崖と海があった。

 そんな崖の一角に、 朽ちた古い城。

 管理が放棄されて、 もう何年経つだろう。

 ぼろぼろになった外壁、 内装ももう大分と痛んでいる。

 だが、 それだけだ。

 時間以外に、 何も此処を侵食するものはない。


 そんな城の扉を開け、 中に入っていく男が一人。

 ぼろぼろのマント。

 下に装備した防具品も、 傷が目立つ。

 足早に進む彼のブーツも年季が入ったもの。

 足音に合わせてがちゃがちゃと鳴る剣の鞘だけが、 少し新しく見えた。


 薄暗い城を迷うことなく進んでいく。

 そうして、 男はある扉の前に辿り着いた。

 城の中心部。

 石壁がむき出しの、 広い部屋。

 きっと昔は玉座として使われたであろう大きな椅子、 長い階段、 そしてホール。

 謁見の間、 と言うやつだろう。

 息を正して、 男はその部屋に続く扉を開けた。

 小さな音がし、 扉が開く。


 途端、 視界に飛び込む光景。

 部屋の中央にそびえる、 大きなクリスタルの柱。

 その中に眠るのは、 エルフの女。


 そっとそのクリスタルに触れる。

 目を閉じ、 額をくっつける。


「クレシェ……ただいま」














「戦い? どうして」


 本の整理を中断して、 フェイに尋ねた。

 カウンターに乗っかる彼にそれとなく椅子を薦めながら、 自分も椅子に座る。

 そうして、 カウンターを挟んで対面していた。


「空気がざわざわしてる……気がしてさ」


 そわそわと落ち着かない様子で言った。

 彼は、 炎の精霊。

 そして戦いの神として奉られる。

 そんな彼だから、 争い事の気配は誰より敏感に感じるのだろう。


「私は、 ……今は何も聞いてないけど」

「そっか。 リアクトが知らないんだったら、 無駄足だったかな」

「……うーん」

「ほら。 主様達が時を作るけど、 今、 寝てるし? 勝手に作られるなんて事は無いから、 覚醒したのかなと」

「成る程。 それでシャールね」

「まあ、 でも、 そんな気配がないならいいや。 気のせいかも知れねぇし」


 そうして、 彼は立ち上がる。


「帰るの?」

「ああ。 そろそろ行かないと、 怒られるのヤだし」


 そう笑って、 扉の向こうに赤毛が消える。

 一応最初の苦言は効果があったようで、 できる限りそっと扉は扱われていた。

 彼の言葉に多少の引っ掛かりを覚えはしたが、 ふむ、 と息をつきリアクトは考える。

 主様達がなんの前触れも無く、 しかも、 また戦いが起きるだなんて夢を紡いで覚醒したとあれば。


「……まあ、 半狂乱でシャールは来るでしょうね」


 それ程の一大事なのだ。

 だが、 しかし。 それも無いし、 何より覚醒したら自分だって何か感じる筈。

 とすれば、 やはりフェイの予感は気のせいと言うことになる。


「でも、 私達に‘気のせい'なんて感覚あるのかしら……?」

















 とっぷりと日が暮れ、 キラとアジェルはまた野宿となった。

 と言うか、 朝からさして位置も移動していなかった。


「……」


 本当に突然の思いつき以外の何者でもなかったのだが。

 アジェルが、 朝食のリベンジを申し出たからだ。


「……本気か?」

「本気よ」


 袖を捲くり、 任せて、 と微笑む。

 だが、 朝の一件もある。

 キラはどうしようかと少し考えた末に、 かしゃりと肩の防具を外した。


「じゃあ、 下準備から」

「宜しくお願いします! キラ先生!」


 そうして、 彼女等の旅は少しずつ脱線していくのであった。





















 夢を見る。

          夢を見る。


 どんなに幸せな夢を紡ごうが、 「何か」がそれが邪魔をする。


 黒い点。

 それが広がり、 幸せな夢に穴を開ける。


 夢を何度見ても、 怖い物に変わる。

 ああ、 まただ。

 ……また失敗した。


 頭がおかしくなりそう。


 真っ赤に染まる。

 世界が染まる。


 ああ、 止めなくては。

 ……止めなくては。


 どうしたらいいの?

 でも、 これは話せない。


 共有してはいけない。

 でも、 話したい。


 怖い。 怖い。 怖い……。


 夢を見るのが、 怖い。


 でも、 起きられない。

 私一人じゃ、 起きられないよ……。


    あああああああああああああああ……!!!



 もう、 ……。


 変えたいよ……怖い未来なんて、 やだ……。




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