むかしばなし -百年前のある出会い-
怖い怖い、 夢を見た。
皆同じ創造物達なのに、 違いを見つけて仲間外れにしてしまう。
違いが怖くて、 自分達が負けてしまうから。
そんな恐怖が呼んだ、 悪の所在無き戦い。
仲間外れになった創造物は、 他の子達に殺される。
そんな夢を見た。
辛くて悲しい、 きっかけの夢。
見たのはもう、 随分とむかしのことだけど……。
沢山の命が奪われる。
私達が作った、 命。
可愛い、 私達の創造物達。
ああ、 それなのに、 何故。
……何故?
憎しみ合い、 殺し合う。
仲良くしてくれたら嬉しいと思うのに……上手く行かない。
‘幸せ’を幾ら夢見てみても、 それだけはあっさりと壊れてしまう。
「……ルディア」
「フォート……怖い、 夢を」
「僕も見た」
「……悲しみが渦を巻いている」
「憎しみが溢れているね」
「バランスが取れなくなるよ……」
「……仕方ないよ……そうして、 彼らは歴史を作るのだから」
「どうして、 仲良くしないのかな……」
「……ルディア」
フォート、 と呼ばれた銀の髪の少年は、 悲しそうに目を伏せ息を吐く。
ルディア、 と呼ばれた銀の髪の少女は、 涙をぽろぽろと零す。
だが、 二人にはどうしようもない。
それが世界に生きる、 創造物達の意思なのだから。
創り手である彼等は、 それを見守るしかない。
夜の森を走り抜けていく影が見えた。
鬱蒼と茂った木々や背の高い草の間をすり抜け、 一際暗い場所へと身を潜めた。
影はどうやら男の様だった。
目深に被ったフードの奥から獣の様に漆黒色の目を光らせ、 追っ手が迫っていないかと辺りを伺う。
ぜい、 ぜい。
荒だった呼吸を整える様に息をしながらも、 手には抜身の剣を携えている。
臨戦態勢である事は容易に想像が出来た。
「…………巻いた、 か?」
気配がしないことを確認し、 少しだけ強ばった体から力を抜きフードを取り去る。
思いの外白い顔は、 血の気が引いて青白い、 と言うのが正しいか。
瞳と同じ色の漆黒色の髪は少し長い。
だが、 一番目を引くのは何といっても長い耳だろう。
所謂エルフ族と呼ばれるそれだ。
剣を一度傍らに置くと、 そのまま己の脇腹を押さえた。
服に血が滲んで、 変色している。
痛むのか、 顔を歪め、 背を丸めた。
けれど放置する訳にもいかず、 止血しようと強く押さえた。
「……っ」
素手で止まらない事は重々承知しているが都合良く当てる物も無い。
仕方なくマントの裾を引き裂いて、 きつく結び付けた。
よく見れば男は傷だらけであった。
男はいつもこんな調子で追われながら、 独りで行動していた。
この世界には沢山の種族が居るが、 彼の種族は特に嫌われている。
長い耳が示すように彼はエルフである。
しかし、 普通のエルフとは違う。
瞳と髪が黒いのは、 魔力が異常に高いことを示す。
侮蔑の意味を込めて‘ダークエルフ’と呼ばれていた。
強すぎる力は存在自体が世に災いを齎すと言われ、 無条件に殺される対象とされていた。
彼にしてみれば、 理由も分からず追いかけ回されるのである。
いつも、 血が、 身近にあった。
数が少ないなりに集落を作って同朋と暮らしていた時代もある。
今から数えて何百年も昔。 まだ彼が子供だった頃だ。
けして目立つ事も無く、 ひっそりと暮らしていた。
けれども、 そんな生活すらも一方的に奪われた。
生きるか、 死ぬかの選択を幼少期から突きつけられた。
生きるのは困難で、 死なないにしろ、 理不尽に嫌な経験も沢山した。
そして行き着いたのは‘殺されたくなければ、 殺すしかない’と言う思考。
遅かれ早かれ、 彼等はそれを選ばなくてはいけない。 そう、 生まれながらに決まっているかの様に。
「……まずい」
血が足りないせいか、 ぼんやりとしていた彼の耳に届くのはいつの間にか降り出した雨の音。
聞こえて来るのは、 怒気を孕んだ誰かの声である。
「いたぞ……!!!」
追っ手の怒声が響いた。
このままではいけない。
茂みに身を隠したままで、 次の行動を考える。
けれど雨は血を流し、 熱を奪った。
意識が朦朧としてくる。
「……」
死が迫ってきた気がして、 自嘲気味に笑った。
それでも良いか、 なんて一瞬脳裏によぎったが、 しかし。
「殺されて死ぬなんて、 それだけは嫌だ。 ……癪に障る」
呟いた音は強く、 己を飲み込みそうだった死への思いを払拭する。
けれど、 彼はこれだけ傷つけられても命を無駄に奪う事を躊躇する。
ゆっくり立ち上がると、 重たい体と愛用している剣を引きずり森の奥へ、 奥へと進んだ。
この森の奥から先は、 雪と氷の大地が待っている。
彼が目指しているのは、 まさに其処。 最南の地ディフィアである。
だが、 急がないと。
折角此処まで来たのに、 敢無く捕まり殺されるなんて無様にも程がある。
「……はあ、 ……っ」
吐き出す息が白く見えた。
出血の所為で既に意識は大分朦朧としている。
降っていた雨は霙に変わり、 いよいよ意識が切れてしまいそうになりながら彼は歩みを進めた。
けれど。
「もう……」
どく、 どく、 どく。
痛い程、 鼓動が早くなる。
ああ、 不味い。 実に不味い。
もう何処が痛いのか分からない状態で、 崩れ落ちる。
彼の意識は、 其処で途絶えてしまった。
表と裏は入れ替わる。
守られるべき者は内側へ。
生き延びる為に、 君は外へ。
地面に倒れ込む事だけは避け、 彼はまたゆっくりと立ち上がった。
「はあ……っ」
ダークエルフの青年は、 しかし、 先程とは目付きが。
いや、 顔つきも違うだろうか。
逃げる事を止め、 ゆらり、 と剣を構えた。
「……ったく、 酷い出血だな。 どれだけ我慢するんだよ。 ……馬鹿か、 アイツ」
人が変わったように悪態を付きながら、 意識を前方に集中させる。
暫し待つと、 武装した男たちがやってくる。
「……見つけたぞ!」
「手こずらせやがって。 いい加減、 死ね!」
剣を、 斧を、 弓を。
思い思いの武器を構え、 青年に向けた。
青年はそれを挑発する様に笑う。
「人間如きが、 そんな程度の武器で俺に勝てるって?なめんなよ」
愉快そうに笑うと、 彼は己の胸に手を当てる。
「こんな雑魚に手間取るなんてな。 ……ほんとに、 アマちゃんだ」
殺らなきゃ殺されるだけだろうが、 と独りごちるとまた前方に視線を投げる。
「覚悟しろ! ダークエルフが!!」
これを隙と見て、 人間が威勢良く吼えた。
だが、 それだけだった。
「……一人目」
距離を詰め、 懐に飛び込むと躊躇無く青年は己の剣で相手の胸を突き上げた。
無駄な動きは一切ない。
一撃で確実に殺していく。
あまりの速さに、 追っ手の仲間には動揺が見えた。
けれど、 殺し合いの場に置いて集中力を切れさせた方が負けだ。
乱れた動きは急所を大きく開けて攻撃する形になり、 それはまるで狙ってくれと言っているような物。
「……ほら、 どうした。 殺してやるから、 掛かって来いよ」
雨の中、 血だまりを作り倒れる同朋を見、 人間たちは恐怖した。
対照的に、 青年の口の端が自然と釣りあがる。
愉快そうに歪んだ笑みを浮かべながら、 くつくつと笑った。
「ばっ、 化け物が!!」
向かってきた最後の人間は、 それを最後の言葉にして屍に加わる。
勝てないと判断したのか、 他の者は逃げ出していった。
「ちっ」
青年は舌打ちしながら、 剣を払った。
言うほど体力も無いので、 追いかけず見逃す事にしたようだ。
散らかった屍を見ながら、 青年は呟く。
「……弱い」
侮蔑するように見、 それからくるりと身体を反転させた。
重たい体を多少引き摺りながら、 休めそうな場所を探す事にする。
兎に角場所を変えねば行けなかった。
追っ手がこれで終わりだとは限らないし、 逃げた者が仲間を連れてくるかも知れない。
考えて、 体の痛みに顔を顰める。
彼は心底苛立った様子で、 また悪態をついた。
「……くそ。 ……せめてもう少し怪我しないようにしろよな。 俺も痛いだろうが」
そして、 よろよろとまた歩みを進めた。
私が住んでいる里は、 とても深い森の奥に在る。
人間との交流もあまり無く、 自然を感じ、 動物と暮らす。 それだけの、 ただただ静かな場所だ。
毎日が穏やかで平和だと思った。
私達エルフ族は、 争いごとが嫌いな種族だ。
秩序と自分の領域を守り、 内に篭る。
時折人と関わりたがる者も居るみたいだけれど、 変化よりは保守をモットーにしているような人が多い。
かく言う私もそうで、 診療所を営んでいる事もあって、 きっと里の外には出る事は無いと思っていた。
もう一つ言うなら。 長い時間を過ごした後、 他の皆の様に自然に還るのだと思っていた。
そんなある日。
私にとっては運命と呼ぶべき日が訪れる。
その日の明け方は、 昨晩から引き続き、 雨が降っていた。
強い強い雨は、 冬の里を更に冷え込ませると同時に霧が出て。
誰も外に出なかった、 そんな日。
私の診療所の扉を叩く音がした。
……いえ、 叩くと言うか、 何かぶつかったような。
昨晩私が帰らなかったから、 もしかして妹が訪ねて来たのだろうかと扉を開いてみる。
「……きゃっ」
ずぶ濡れのフードを被った男の人が、 倒れこんできた。
床に水溜りを作りながら、 その人は苦しそうに蹲っている。
「大丈夫ですか……?」
「…………ぅ……」
尋ねても返るのは呻きだけで。
引き摺る様に中に入れて、 扉を閉めた。
揺らめく蝋燭の明かりの下、 取り敢えず床に仰向けに寝かせる。
裂けた衣類のあちこちに血が滲んだ後と、 酷い怪我が見える。
特に腹部が酷い様で、 当て布をしてあるけれど、 それでは止まらないみたい。
血が布にじわりと広がっていく。
「……」
これはまずい。
頭がぴりぴりと痛む様な気がした。
早く処置をしなくては。
一気に緊張感が身体を駆け巡る。
質問は全部後回しにすることにして、 消毒の準備をした。
「……今、 治しますから」
ぜいぜい、 と、 そんな呼吸が聞こえた。
男が転がりこんできてから数時間。
雨は止んでは居なかった。
相変わらず酷い雨が降る中、 私は、 途方に暮れていた。
「……」
フードを外すのを頑なに嫌がった怪我人に、 風邪を引くからと無理に脱がせたまでは良かったのだけど。
ベッドに横たわる彼は、 黒髪と黒い目。
時折、 魔力の強い人間がそんな色を持つと聞いたけど。
彼の耳は、 私と同じ長いもの。
……そういう特徴を持つのは、 一つしかなく。
ダークエルフだと知って、 気まずい空気が流れていた。
「その……貴方、 ダークエルフ?」
「……以外に……、 何だと思うんだ……」
ダークエルフと言うのは、 長年生きていて初めて見た。
私が里から出ないのも原因だとは思うし、 この種族が極端に少ないのも要因の一つだろう。
族長がいつも子供に聞かせるのは、 凄く怖いけれど。
この人からはそんな感じはしない。
弱っているから?
……そういう物では無い気がしていた。
「……何を、 見ている」
一番酷かった腹部は傷を塞いだけれど。
彼は見える範囲以上に傷だらけだった。
相当体力を消耗していたのか、 疲れた様に私を見ている。
けれども、 腰につるしていた剣は鞘ごと脇に置いた。
これで少しでも安心して貰えればと思ったからだ。
「……警戒しなくても、 大丈夫ですよ」
「…………」
「傷ついた人を傷つける趣味はありませんから」
「…………お前」
「クレシェ」
「……?」
「私の名です。 ……貴方は?」
「……聞いてどうする」
「分からないと、 どう呼んで良いのか迷いますわ? 旅人さん」
「…………」
「言いたくなければ無理には聞きませんから」
「…………」
「……お腹すいてません?」
「……変わってるな」
「そうかしら?」
笑って、 キッチンへと向かう。
まぁ、 まだ怪我も完治するまでに時間がかかるし、 ゆっくりお話出来たら良いかと思う。
その日の深夜。
怪我人を残しては帰れないので、 クレシェは家に一人で残している妹を心配しつつ、 ベッドで眠っている彼を見た。
結局名前は頑なに言わなかったが、 彼女が出した食事は疑いつつも食べていたし。
余程疲れていたのか、 それとも……痛みを我慢していたのか、 意識を失うように今は眠っている。
そんな様子を見て、 彼女は少しだけ安心したように微笑んだ。
無事に一日が終わるだろうか、 そう思った時だ。
扉を激しく叩く音に、 身体を震わせた。
「……なんですか?」
「クレシェ! 此処を開けろ!!」
彼女が扉を僅かに開けると、 エルフ族長を筆頭に数人の剣を携えた男が目に入った。
慌てて扉に鍵を掛けると、 毅然とした態度で制する。
「夜中ですよ! 何をお考えですか!」
「どきなさい。 ダークエルフを匿っているだろう!」
激しく扉を叩かれると、 壊れんばかりの勢いで軋んだ。
ちらり、 とベッドを見やる。
まだ彼は眠っているようだった。
彼女は覚悟を決め、 震える手をきつく握り締めた。
居るなんて言ったら最後、 彼は殺されてしまう気がしたからだ。
「そんな人居ません!」
「……隠すのか?」
「隠していません。 誰も居ないから、 帰ってください!」
がっ……!
今度こそ扉が壊れるかと思うほど、 強い力が加わり乱暴に開かれる。
そもそも彼女の細腕では勝てるはずも無く、 鍵などあって無い様な物。
僅かな猶予だったのだろう。
「行け! 殺せ!!」
踏み込むと同時に、 狭い診療所内を人が埋め尽くす。
ベッドの方が見えないが、 それでも彼女は呆然としては居られなかった。
「……駄目!!! やめなさい!!!!」
「五月蝿い!!!」
泣きそうになりながら叫んだ彼女は、 腕を引かれてそのまま壁にぶつけられる。
ずるずると床に座り込む。
痛みですぐに動けない彼女の前で、 彼が拘束されかけているのが見えた。
「やめなさい! ……やめて!!!!」
振り上げられた剣が煌めく。
涙を零し、 見ていられないとぎゅっと目を閉じる。
同時に、 金属がぶつかる音がした。
「…………このっ!」
見上げると、 剣を振るう姿が見えた。
そのまま、 なんとか彼が逃げる姿までを目で追って。
「……良かった」
殺される事は無かった事に安堵して呟いた音が、 めちゃくちゃになった診療所の中に消えた。
次の日は大変だった。
私は裏切り者として里を追放されるらしい。
与えられたほんのわずかな時間に、 妹に手紙を書いた。
好奇心旺盛な子だから、 私が裏切り者だとして追い出されたなんて知ったら、 あの子は里を飛び出しかねない。
心配しないようにと別れの言葉を書いて、 それから旅に出る用意をした。
きっとこれは慈悲だったのかも知れない。
そうして私は、 族長の前に突き出されていた。
「クレシェ。 ダークエルフを匿った罪、 軽くはないぞ」
「……」
「気高きエルフの血を持つ同士として、 恥ずかしくないのか?あのような者に情けをかけるなど」
「私は治癒師です。 怪我をした者はどんな種族であれ助けよと教えを受けました」
「……アレは、 生かしておくだけで危険な種族。 里に居るだけで問題だ」
「けれど、 彼は危害を加えておりません」
「同士がやられた」
「……族長達が先に攻撃されたではないですか……」
平行線をたどる。
こんなに口答えしたのは、 多分、 後にも先にもこれっきりだろう。
多分、 此処で弁明なりなんなりすれば許して貰えたのかも知れないのだけど。
間違った事をしたとは思っていない。
族長は怪訝な顔をして、 熱した印を手にした。
裏切り者に捺される烙印だ。
「……そんな考えを持つものが同族に居たとはな」
「…………残念です。 我が一族を纏める長とあろう方がそのようなお考えとは」
「……。 ……クレシェ、 私も残念だよ」
左肩に押し付けられる焼印の熱さは、 気を失うには十分すぎる程だった。
目を覚ました時。
てっきり集落の入り口にでも捨てられているのかと思ったのに。
なんだか暖かい気がして。
目を開けると、 視線の先には焚き火が揺らめいていた。
「……っ」
痛む左肩を押さえながら起き上がる。
どうも、 此処は洞窟の中らしい。
見知った苔が生える土壁に影が揺らめいている。
視線を反対側に向けると、 私のと一緒に、 別の荷物が置いてあった。
「…………?」
誰の荷物だろうかと思っていた時、 さくり、 と聞こえた音。
「……あら」
見上げた先に居たのは、 ダークエルフの彼。
何処から仕入れたのか、 ローブを着ていた。
「あ、 起きたんだね」
両手に抱えていたのは、 何かの果実らしい。
一つを私に渡して、 向かいに彼が座る。
「……無事だったんですね」
「…………」
「良かった」
頷いた彼ににこりと笑うと、 彼は私をじっとみる。
何か言おうとしているみたい。
「……。 ……何故……外に?」
尋ねられた質問は、 きつい感じではない。
と言うか、 診療所で見た時よりも柔らかい印象を受ける。
どうしてかしら……?
状況は多少違うけれど、 それだけじゃないような……。
そう言えば、 ‘ダークエルフ'については、 何かの文献で大事な記述を読んだ事があるような……。
ふ、 と視線をあげると、 私を見つめる漆黒の瞳。
私の答えを待つように、 じっと見ている。
考えに浸りすぎて、 言葉を返すのを忘れてしまった。
申し訳ないと思い、 少しだけ笑ってみせる。
「ええと……追放されてしまいました」
「僕を庇ったから?」
「族長に逆らったからです」
「……すまない」
「貴方の所為ではないですよ。 それに、 私は間違った事をしたと思っては居ませんし」
「……」
「気になさらないで下さいね?」
気にするなと言ったところで、 無理かも知れない。
私の左肩の烙印を見て、悲しそうに顔を曇らせていた。
見つめていたのが分かった様で、 なんとなく気まずそうに視線を漂わせるのを見て申し訳なくなった。
暫くの沈黙。
その間私はと言うと、 きっかけを探したまま黙ってしまっていた。
大した会話も無いままに、 段々と夜も深け寒さが増してくる。
忍び寄る冷気に、 体が震えた。
「……これ」
そうして体を震わせる私に、 彼が、 おずおずとではあるけれどローブを貸してくれる。
「……良いんですか?」
「君、 肩を出す様な服装だし……女性が体を冷やしてはいけないだろう? 昨日の恩もあるから」
言いながらも、 わざわざ私にローブを掛けに来てくれた。
直前まで彼が使っていただけあり、 温かい。
「ありがとう。 ……お優しいんですね」
やはり族長が言っていたダークエルフのイメージとは、 到底かけ離れていた。
もっと恐ろしくて、 残虐で、 怖いと言われていたのに。 全く、 そんなことない。
ますますもって、 彼が狙われていた理由もわからない。
「そういえば。 お怪我はもう……?」
「あぁ……うん。 まぁ、 動けるから」
「そういうものですか……」
ぱちぱち。
炎が揺らめいていた。
「君は……」
「クレシェ、 と教えた筈ですよ?」
「……クレシェ」
「はい」
「これから、 どうするんだ……?」
「……貴方は?」
「……僕は……南のディフィアに行こうと思う」
「ディフィア? 何故?」
「あの場所なら、 誰も来ないし。 狙われないから」
「……」
「僕等は居るだけで命を狙われるからね。 でも、 放浪するのも疲れてしまったから」
僕等、 と言うと他にも誰か居るのかしら?
そんな疑問も湧いたけれど、 今は触れないでおく。
「だから、 ディフィアに? ……お住まいになるんですか」
「そのつもりだよ」
何でも無いように言うけれど。
それは、 多分。
あの何もない、 雪と氷だけの大地にしか居場所が無いと言う事。
普通の場所では生きていけないと言う事。
「……そう、 ですか」
ぱちり。 炎が弾ける。
「……あの」
炎が照らす彼の顔が、 凄く印象的だった。
そして同時に、 酷く寂しそうに……悲しそうに見えた。
「もし、 良かったらですけど」
「?」
「付いて行っても構いませんか?」
「…………、 ……え?」
「そんなに驚かなくてもいいと思うのですけど」
「……昨日の一件の後に、 どうしてそういう発想に……」
「どうしてと言われても。 ……強いて言うなら、 興味があるからです」
興味が湧いたのは事実だった。
族長が言うダークエルフと、 目の前の人は違っているし。
どうして彼が狙われているのかもわかりかねる。
それとも、 世間とはそういうものなのだろうか……?
「…………来たいというなら構わないけど……。 ……楽ではないし、 ………………殺されそうになる事も少なくないよ?」
「構いません。 付いて行きたいのです」
「…………そうか」
頷く顔は、 取り合えず怒ってる感じはしなかった。
「……あの……」
「……何かな」
「いつもそんなに不機嫌そうなのですか?」
「…………。 そういう訳ではないんだけど。 その……」
「はい」
「僕を殺そうとしないで、 ただ話している人は……凄く久し振りだから」
「……?」
「……どういう顔をしたらいいのか」
これは、 意外。
「…………ふふっ」
「……何故、 笑う?」
「いえ。 やはり、 貴方を助けて良かった」
「……イリアス」
「……イリアス?」
「……僕の、 名」
背けられた表情に、 変わりは無いけれど。
多分、 これは旅の同行者として認めてくれた証かなあと思った。
「では、 イリアス様。 これから、 よろしくお願いします」