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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
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シアワセの形 7

「……は?」


 アジェルは遅めの朝食を自宅で食べながら、 怪訝そうに呟いた。

 その様子を見遣りながら、 キラは苦笑する。


「え、 何。 私が寝ている間に何があったの?」

「だから……話せば長いんだけど。 気持ち、 ちゃんと伝えたよ?」

「……えー……」


 柔らかに笑うキラを前に、 アジェルはまた顔を顰めてカップを手にした。

 温めたミルクをこくりと飲みながら、 尚もブーイングは続く。


「傍に居たのに、 どうして私気付かなかったのかしら……。 それでアイツなんて言ってたの」

「それは、 秘密」

「……えー」


 二度目の非難の台詞もどこ吹く風。

 くすくすと笑ってキラもカップに入ったミルクを一口。


「でも、 キラちゃんがそんな顔出来るくらいだから良いお返事だったのよね」

「うん」

「なら良いわ。 許してあげる」


 むぅ、 と唇と尖らせてアジェルは言い、 そしてはて、 と首を傾げた。


「……あら。 でも……」

「何……?」


 手を伸ばし、 キラの頬に触れる。


「デスターとの契約は切れたのね。 ……目の色が少し明るくなってる」

「……ああ、 うん。 そっか……切れちゃったんだ」


 寂しげに言いながら、 閉じた目の上をそっと撫でた。


「……キラ」

「え?」

「……ううん。 なんでもない。 ちゃんと伝えられて良かったね」

「うん。 アジェルの御陰だよ、 ありがと」


 そうして幸せそうに笑う。

 アジェルはその顔を見ながら、 ふむ、 と息をついた。




















 少しの間だけ、 全てを忘れて旅をしていた。

 記憶は無く、 ただ歩いている。


 けれど、 どうしてもいかなくてはいけない場所があって。

 それが、 何処かも分からないまま突き動かされる様に歩いた。


 ある夜。 声が聞こえた。


「長い間待てたのだから、 あと少しだけ」


 子供の様な声だった。


「ほら、 もうすぐ 出会えるから」


 優しい声を聞いて、 何故だか泣きたくなった。


 ああ、 そうだ。 ……自分には会いたい人が居るんだった。





















 あれから一年が経過しただろうか。

 キラは再び、 アルミスへと足を運んでいた。

 アジェルから「子供が生まれたので近くに来たら見に来て欲しい」と手紙を貰ったからである。

 わくわくしながら歩いていると、 城下の広場へと出た。

 どうやら今日はお祭りか何かがあるらしく、露店も出ていた。

 人が行きかい賑やかなのはいつでもそうだが、 今日は一段と楽しげに笑っている人が多い。

 そんな様子を見ていたキラの傍を通り過ぎる人影があった。

 沢山の人の中で、 その影が気になった。

 自然と振り返り、 目で追う。

 けれど、 影は人混みの中に紛れて消えていく。

 気が付けば走っていた。

 追い掛けて、 奥へと進んでいく。

 漸く追いついた時、 くるりと、 振り返った人物にキラは思わず苦言を呈する。


「……気付いてたんだろ?」


 逃げる事無いのに、 と息をつき膝を曲げる。

 呼吸を整える彼女の頭上で、 くつくつと笑う声。


「ああ」

「……意地悪だな」


 じ、 と見上げる彼女の頭をわしわしと撫でて、 青年は言った。


「先に見つけたかったんだよ。 そう怒るな」

「……なんだそれ」

「些細なこだわりだ。 ……久し振り、 だな」

「うん、 久し振り」


 撫でられながら、 彼女が笑う。

 彼は手を止めて、 優しげに目を細めた。


「なあ」

「何?」

「一年の間に、 後悔は無かったか?」

「……後悔するくらいなら追いかけたりしないよ」

「そりゃそうか。 ……待っててくれて、 ありがとな」


 立ち上がろうとする彼女に手を差しのべる。

 この言葉を。この声を。この手を。 ……待っていた。

 手を掴みやっと立ち上がったは良いが、彼女はそのまま手を握っている。


「……キラ?」

「あ、 うん。 ごめん」


 繋いだ手を離し、まじまじと彼を見た。


「あったかいなと思って」

「……生きてるからな」

「ほんとに、 人なんだ」


 良かったね。 そんな台詞を聞いて、 彼は再び手を取った。

 見つめる瞳は少し不安げに揺れている。


「キラ」

「……何?」

「俺は、 お前の事好きだと思ってるから」


 きょとんとしてキラが聞いていると、それでも彼は言葉を続けた。


「傍に居たいと思ってる、 から」


 消え入りそうな声だった。

 不安げに揺れる声音を受けて、 彼女は安心させるように微笑みかけた。


「大丈夫、 気持ちは同じだよ。……これからも宜しく。 デスター」

















「結局、 転生を選んだんだね」


 リアクトはいつかの黒い装丁の本を傍らに置いて、 不機嫌そうにカウンターに頬杖をついてた。

 話し相手はシャールである。

 彼等はデスターが請け負っていた仕事を分担してこなしていた。

 今は休憩中らしい。


「人に成る事を選んだのは、 予想外と言えばそうでしたけど。 これから沢山幸せになると良いですよね」

「ねー。 びっくりしちゃった。 私達が言っても反抗してたのに、 キラちゃんが言ったら一発でしょ? 失礼しちゃう」

「……それ怒るところなんですか?」

「怒るわよ! ……うじうじするんだったら、 さっさと当たって砕け散れば良かったのに!」

「砕け散ったら駄目でしょう。 ……新しい門出のお祝いなんですから、 そんなに怒らないで」


 宥めるシャールを前に、 リアクトは唇を尖らせる。

 けれど、 ふ、 と息をついて黒の本を撫でた。


「まあ、 良いけど。 ……折角人にもなって好きな人の傍にいられるんだから……幸せになるのよ」

















「彼は新たな道を歩む」

「彼女と共に、 今度は二人でまあるいシアワセの形」

「苦難もあるかも」

「辛い事もあるかも」

「でも、 一緒なら乗り越えられる」

「二人だから、 支え合える」


 嬉しそうに言い合って、 銀色の少年少女は笑い合う。

 そして、 彼等の前に控える女に「ね?」と同意を求めた。

 彼女は穏やかに笑い、 頷いてみせる。

 少し長い赤い髪がさらりと落ちていく。


「彼の後任は貴女にお願いする」

「心配はしてないけど、 平気?」


 尋ねられて、 女は形の良い唇を開いた。


「ええ」


 浮べる笑みの様に穏やかな声音で了承すると、 少年少女は安心したように目を閉じた。

 箱庭の世界も、 神の住まう世界も緩やかに魂は巡っていく。

 デスターは箱庭へと旅立ち、 後に据え置かれた彼女は箱庭から神の世界へとやってきた。

 彼女の魂は摩耗し、 もう二度と転生する事が出来なかった。

 それを彼女は罰だとして、 受け入れていた。 そんな彼女は後任として今を得た事を不思議に思いながら歩みを進める。

 再び姿を得たら、 会いたい人達が居た。

 感動の再会を果たすべく歩みを進める間、 思い浮かべるのは新たな旅立ちを果たした彼の事である。


「……キラちゃんの事、 頼んだわね。 泣かせたら許さないんだから」


 そうして呟いた声は楽しげに空気を震わせ、 消えていった。

















 歪だったアナタの形。


 形はまあるく丸まって、 今はとてもあたたかな形。


 どうか、 今を大切に。 ……これはきっと、 ほんとのアナタのシアワセの形。


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