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ワールドクライシス  作者: かたせ真
エリティアの人たちのお話
61/62

シアワセの形 6

「……ってて」


 もう踏んだり蹴ったりだ、 といじけそうになる自身を叱咤して彼は飛ばされた場所を観察していた。

 どうやら箱庭の世界の様である。

 見回すと、 ざわざわとしていて人が多い。

 何処かの広場のようであった。

 夕暮れらしく、 手を繋いで帰っていく親子の姿や肩を抱き合う恋人の姿。

 友人たちと酒場にでも繰り出すのであろう人々や、 勿論、 家路を急ぐ者の姿も見える。


「……なんでこんなとこに」


 よくよく見てみれば、 どうやら此処はアルミスの城下町の様であった。

 人に紛れてあてもなく歩く。

 暫く歩いていくと、 不自然に人の居ない道に出る。

 坂になっているらしく、 傾斜のついた石畳の続く道は赤く染まっていた。

 沈んでいく太陽は、 それだけで少し寂しい気持ちにさせる。


「……」


 そんな中、 坂の上で見知った女が立っている。

 彼女は彼を確認すると柔らかく笑ってみせた。

 一瞬、 本物なのだろうかと彼は警戒したが、 それでも一応傍に寄ってみる。

 あと数歩で手が届くかと言うところまで来て、 漸く彼女……キラは口を開いた。


「……これ、 夢かな」

「さあな」


 そうして彼女はよくするように困ったように笑った。


「眠ってた筈なんだけど」

「……じゃあ、 夢だろ。 ったく……余計な事しやがって」


 ぶつぶつと文句を言う彼を見上げて、 彼女はその深い藍の目を穏やかに細める。

 以前からそんな顔をする事があったが、 大人びた表情だ、 と彼は思った。


「誰かの悪戯なのかな。 何か伝えたい事がある? ……デスターは巻き込まれたのか?」

「……巻き込まれたっつーか。 その……」

「?」

「俺の所為と、 言うか」


 バツが悪そうに言うと、 彼はそっぽを向いた。


「ふぅん?」


 背けられた顔は、 何か思うところがあるようで。

 キラは空を見上げてみる。


「……此処はアルミス? ほんとの場所にはこんな道は無いけど、 綺麗だね」


 そうして、 楽しげに笑った。

 視界の端で様子を見ながら、 彼は目を伏せる。


「なあ」

「……なんだ」

「デスターは、 本物?」

「……その台詞、 返すぞ。 お前こそ、 本当にキラか?」


 訝しげに見遣る彼の目に映る彼女は、 何やら可笑しそうに笑う。


「……なんで笑ってんだよ」

「や、 だってさ。 そんな事気にするんだって思って」

「……聞いた癖に」

「聞いたけど。 ……気にするんだから、 デスターが何か伝えたいのかなって思った」


 まるで言葉遊び。 ……もしくは、 誘導尋問である。

 彼は柄にも無く顔を赤らめて、 ぴしりと固まった。


「あ、 違う?」


 間違ったろうかと慌てる彼女は、 心配そうに見ていた。

 幸いと言うべきか、 沈みかける日の光が染めるのは石畳だけでは無い。

 今ひとつ顔色の判別も付けにくいようで、 彼女にはよく伝わっていないようだ。


「うん、 でも……丁度話したいと思ってたところだから、 良かった」


 笑いかけると、 彼女は続けた。


「あのさ。 ……その……変だと思ったら御免」

「……」

「最近、 なんか辛そうに見えて。 悲しそうに見えてさ、 ……大丈夫かなって思ってた」


 夕日の中に溶ける様な錯覚。

 くるりと踵を返すと、 彼には彼女の背しか見えない。


「あの……言いたく無い事沢山あると思うし。 理由、 聞くの悪いからそこまでじゃないけど」


 言葉を選ぶ様にしながら、 ゆっくりと彼女は続ける。

 けれど、 少し迷うようで上手く言えないようであった。


「こっちに来て、 傍に居てくれるの嬉しいけど。 オレに会うと辛いなら、 その……大丈夫、 だから」


 言ってみてから、 違うな、 と付け加える。

 今一度くるりと回ると、 今度はしっかりと目を見て彼女は言った。


「迷惑、 掛けてたら御免。 でも、 一緒に居てくれるのやっぱり嬉しくて。 ……だけど辛そうなの、 悲しくて」

「……」

「デスターの事考えてたら、 苦しくて。 ……胸が痛くて」


 また困ったように笑いながら、 胸の辺りをぎゅっと掴んだ。

 けれど、 彼女はそれでも紡いでいく。

 たどたどしく繋げながら、 ぽつりぽつりと言葉を編んでいく。

 彼は言葉を遮る事も出来ずに、 困惑したように聞いていた。


「だから。 ……あー……、 えと……。 なんか、 そう……好き、 みたい」


 てへ、 と申し訳なさそうに笑った彼女の顔をつい、 まじまじと見てしまう。


「………………え」


 聞こえてはいたのだが、 上手く飲み込む事が出来ずに彼は己の耳を疑った。

 今しがたの台詞が頭の中をぐるりと回り、 漸く理解に至る。

 日はいつの間にやら落ちていて、 夜空が広がっていた。

 星の瞬きを頭上に感じながら、 彼女は言った。


「だから、 ……デスターの事好きみたい。 ……やっぱり、 変かな。 間違ってる?」


 不安そうに俯くキラであったが、 彼は彼で見たことがない程不自然に視線をさ迷わせて居た。


「それ、 本気で言ってるのか?」


 冷静でなど居られないのだが、 搾り出した声は比較的落ち着いていた。

 頷いた彼女を見遣り、 彼は心を落ち着けようと一度大きく呼吸をした。


「……なんだよ……とんだピエロだ」


 苦笑する彼の声を聞きながら、 キラはちらりと視線を上げる。

 泣きそうな顔をして彼は笑っていた。

 心配で手を伸ばしたキラは、 そのまま腕を掴まれる。

 そして痛くないようにと配慮されながら、 腕に収められた。


「え、 ちょっ……」

「悪いな、 心配かけた」


 慌てる彼女を制して、 彼は言った。


「有難う」

「……うん」

「……ついでだから、 俺の話もしても良いか?」


 抱きしめられたままであったが為に緊張で身体をこわばらせたキラではあったが、 泣いてしまいそうだった顔が過ぎって小さく頷いた。


「お前はさ、 俺が人だった時に愛した女と同じ魂を持っていて。 俺は、 その魂の所有者が幸せであるようにと願ってた。 出来れば傍で見たかったけど、 幸せに過ごしてくれてたら良かった。 ……そう思ってた。 でもいざ会ってみたら、 やっぱりどうしてか好きになっちまってさ。 あいつにも悪いなと思ったし、 お前にも悪いなと思った」

「……それは、 なんで?」

「そりゃそうだろ。 魂が同じだから惹かれたのかも知れないなんて、 理由としては最悪だ。 だから見ていられる事が幸せだと思った」


 ふむ、 と息をついてキラは目を閉じる。

 彼は少しだけ身体を離し、 小さく笑った。


「でも周りの連中に、 そんな幸せ歪だとかなんとか言われてな。 挙句、 お前にちゃんと言ってこいって言われてこのざまだ」

「……だから、 デスターの所為だと」

「ああ。 ……でも、 結果的には良かった」

「?」

「死んでも治らない事もあるんだな……。 あと少し早ければ違う道もって思ってた。 俺が居なければ、 それで丸く収まったんじゃないかって、 思った。 出会わなければ殺される事も無かったんじゃないかって」


 それは懺悔の様でもあった。


「でも、 好きだったんだろ? 相手も、 デスターも、 お互いに」

「……多分な」

「じゃあ、 全部否定したら駄目だよ。 死んでしまったのは悲しい事だし、 欲しかった幸せが手に入らなかったのは悲しい事だけど。 根っこのとこ否定したら、 好きになった気持ち全部否定する事になる。 ……それが一番悲しいと、 思う」

「……」

「好きなのは好きのままで良い。 でも、 それが痛いなら、 痛くない様にして欲しい。 ……オレは、 デスターに幸せになって欲しいと思うよ。 そうやって責めて忘れないで居てくれるのも良いかも知れないけど、 笑っていて欲しいと思うんじゃないかな」


 わかんないけど、 と付け加えてキラはほろりと涙を零した。

 彼は少し驚いた様に目を見開いた後、 また、 今度はきつく抱きしめた。

 涙が溢れた気がしたが、 彼女は何も言わなかった。
















「どうだった?」


 再び戻った場所で、 銀色の少年は言った。


「……ああ、 確かに自分勝手なシアワセの形だったんだな。 それで良いんだって信じてたけど……赦されて来てしまった」


 苦笑した青年に、 今度は銀色の少女が言う。


「起こりうる事は必然。 ……結局は、 この形が最善だっただけ」

「……デスター。 もう決まった?」

「ああ。 ……でも良いのかよ……ほんと、 俺に甘くないか?」


 再び口にした疑問に、 少年少女は揃って首を横に振る。


「貴方の願いは、 条件が揃って初めて叶う物」

「ほんとは条件が揃うのかどうかも分からなかった物」

「だから、 ちゃんと叶う日まで待てたご褒美」

「これは、 諦めなかった君が得る当然の権利」


 交互に話して、 彼等は笑う。

 青年は息をついて、 それから辺りを見回した。

 彼等が立つのは、 少年少女が夢を紡ぐ場所である。

 複雑な魔法陣が床に描かれ、 呼吸するように光を放っていた。


「……ところで。 後は誰がやるんだ?」

「もう決まっている」

「最適の人が居る」

「……もう拾ってきたのかよ。 早いな」

「拾った訳じゃない」

「既に居た人」


 ほら、 と揃って手を掲げる。

 ふわり、 と降りてきた人物に見覚えがあり、 彼は目を見張った。


「……マジかよ」

「最適でしょう?」

「だから、 安心して」


 そう言うと彼等は、 今度はそれぞれ左右に分かれてデスターを手を繋いだ。


「じゃあ、 ね」

「有難う」

「そりゃこっちの台詞だ。 ……アイツ等に宜しく言ってくれ」


 こくり、 と同時に頷いたのを見届けて彼は目を閉じる。

 もうこの光景を見ることは無い。

 それは少し寂しくて、 少し残念だなと、 心の隅で思っていた。


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